2話
妹が苦手だった。
自分より何でも出来てしまう
そんな妹が苦手だった。
でも、いつからだろうか。
この子を妹として見なくなったのわ。
○
キーンコーンカーンコーン
「これで授業を終わります」
授業終わりのチャイムが鳴り、担任の号令が教室中に響く。
現在は朝のHRから四限目が終わり、お昼休憩に差し掛かろうとしていた。
「さてと……」
今から兄さんたちのいる屋上に行かなければならない。
普段から兄さんたちとお昼を共にしている。
このことは冬美のためにしていることだ。
冬美はとにかくモテる。
モテすぎるが故に快く思わない人たちが出てくる。
特に冬美の同級生の女子がそうだ。
妬みや嫉みでハブられ、最悪いじめにまで発展してしまう。
それを防ぐために、兄さんからの提案でお昼を一緒に食べることになった。
そうこうしている内に屋上にたどり着いた。
屋上の重い扉を開けると、既にみんながそろっていた。
「あー! やっと来た、秋兄遅いよー」
冬美が頬を膨らませて、いかにも”怒ってますよ”のアピールをしてくる。
……うん、可愛い。
そんな仕草も可愛く写ってしまうのが冬美である。
「まぁまぁ、秋斗も悪気があった訳じゃないんだから」
兄さんが冬美を宥めてくれる。
流石は頼れる兄貴だ。
「でも……」
「ほらほら怒らない怒らない。 可愛い顔が台無しだ」
頭を撫でる兄さん。
「えへへー」
そしてあっさり籠絡される妹。
……ナチュラルにイチャつくな、この兄妹。
「こほん、もういいかなー? 優斗君、冬美ちゃん」
ほとんど空気だった優芽さんが耐えかねたのか話しかけてきた。
「ごめんねー、優芽姉」
「悪い、優芽」
二人して優芽さんに謝る。
「別にいいけどー、私のこと空気扱いだったのなんか気にしてないし」
唇を尖らせ、少し拗ねたように言う優芽さん。
「ごめんな、今度何か奢るよ」
すかさずフォローに回る兄さん。
「……二人でならいいよ」
「え、あ、うん、別にいいけど、どうして?」
「それは……」
「うん」
「もう! とにかく、二人っきりがいいの!」
「ああ、分かったよ……」
どうやら兄さんと優芽さんのデートが決定したようだ。
「むー」
その代わり冬美の方が拗ねそうだが。
……頑張れ兄さん。
「それで、どうして秋斗は遅かったんだ?」
兄さんが聞いてくる。
「えーと、それは――」
ガチャ
後ろから扉の開く音がする。
「みんな、こんにちは」
「あ、歩ちゃん!」
扉の開いた場所には、兄さんたちと同じクラスで、優芽さんの一番の親友の幸宮 歩がいた。
「歩先輩、こんにちは!」
冬美が元気よく挨拶をする。
「今日も元気ね、冬美ちゃんわ」
そんな冬美に微笑みながら頭を撫でる歩先輩。
容姿端麗で、腰まで伸びた髪が太陽に照らされ艶やかに光る。
そんな容姿の歩先輩と冬美が話しているだけで眩しく見える。
「さっきぶりだな、歩」
「えぇ、そうね、さっきぶりね優斗君」
少し頬を染めながら兄さんと話す歩先輩。
誰がどう見ても恋する乙女だ。
「どうした、歩。 顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」
それに気づかず、見当違いの心配をする兄さん。
流石だ。
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
「そうか、しんどくなったらいつでも言えよ」
「ええ、ありがとう」
兄さんに心配をされて嬉しそうな歩先輩。
見ていてもどかしくなってくる。
「こんにちは、歩先輩」
「あら、秋斗君もいたのね」
実を言うと、僕は歩先輩が少し苦手だ。
いつも僕のことを目の敵にするので、正直面倒くさい。
心当たりがないことはないが、そのことはまたどこかで語ろう。
「はい、初めから居ましたよ」
「ごめんなさいね、存在感が薄すぎて気づかなかったわ」
ムカッ
我慢だ我慢。
ここで言い返すと負けだ。
そうさ、争いは同じ土俵でしか起こらないんだ。
我慢、我慢……
「それは大変ですね、眼科に行った方がいいですよ?」
あっさりと言い返してしまった。
どうやら僕と歩先輩は同じ土俵のようだ。
「なんだすって……?」
「いえ、なにも」
バチバチっと、音が聞こえそうなくら睨み合う。
今からでも喧嘩の開始のゴングが鳴ってもおかしくない。
「もう! 秋兄も歩先輩も、ストップ! ストップ!」
冬美が間に入り込んでくる。
「喧嘩は、めっ! ですよ!」
冬美は口元に人差し指でバツを作りながら言ってくる。
「ごめんなさい、冬美ちゃん。 秋斗君を見るとつい……」
歩先輩も冬美の仲裁に毒気を抜かれたのか、あっさりと引いていった。
「ごめんな、冬美。 歩先輩もごめんなさい」
そんな僕も毒気が抜かれたのですぐ謝る。
「いいよいいよ! そんなことよりご飯を食べよう」
「ええ、そうね」
「そうだな」
冬美の言葉で昼ご飯の準備をする。
そんな光景を兄さんと優芽さんが微笑ましそうに見ていた。
昼の賑やかな時間は過ぎ、放課後に差し掛かっていた。
下校する生徒や、部活動に励む生徒で賑わっていた。
そんな有象無象の中で一際目立つ姿が見えた。
そう――冬美である。
こそこそと校舎裏の方に向かうのを見て、少し好奇心が湧いたのでこっそりと後を付けてみる。
すると、冬美が向かう先には一人の男子生徒がいた。
……どうやら告白を受けているようだ。
冬美に告白している男子は端から見たらイケメンの部類に入る。
それを自覚してか、告白も自信ありげにしている。
――イケメンなんて滅んでしまえ
「――で、どうかな? 付き合ってくれるかな?」
そうこうしている内に、冬美が返事をするようだ。
まぁ、返事なんて分かりきっているけどね。
「何やってるんだ」
「あ、兄さん」
後ろを振り向くと、兄さんが怪訝そうな表情で立っていた。
どうやら、冬美が告白されていることは知らないようだ。
「冬美が告白されているんだ」
隠すことでもないので正直に答える。
「あぁ、いつものことか」
そう、冬美はよく告白される。
容姿端麗で、人当たりもよく、男子の理想を体現している。
そんな冬美がモテないわけがない。
「ごめんなさい!」
予想通りの冬美の返事。
兄さん大好きっ子の冬美は、やはり断っていた。
冬美に気づかれる前にとっとと帰ろうかな――
「きゃっ!」
冬美の短い悲鳴が聞こえる。
「どうして駄目なんだ! 僕じゃ駄目なのか、なぁ!」
告白してきた男に腕をつかまれ、恐怖から声が出ない冬美。
助けなきゃ……!
そんな思考とは裏腹に足が前に出ない。
動け! 動けよ! 僕の足!
「何とか言えよ」
いよいよ、冬美が殴られかけていた。
ドンッ!
鈍い音が響き渡る。
冬美を襲おうとしていた男は顔面に拳の痕をつけ、吹き飛ばされていた。
「俺の大事な妹に、何しやがる!!!!」
兄さんが、今まで見たことがないほど怒りの形相を浮かべていた。
拳を強く握りしめ、その指の間から血が垂れていた。
「な、なにを……!」
ガッと男の胸ぐらを掴み叫ぶ。
「二度と冬美に近づくな!! 次に近づいてきたらどんなことをしてでもお前を潰す!!!」
「ひっ……」
男は腰を引きながら、這いずって逃げていった。
「お兄ちゃん……!」
兄さんに抱きつく冬美。
「あぁ、もう大丈夫だ、兄ちゃんが守ってやる。 絶対だ!」
冬美の頭を優しく撫でる兄さん。
「怖かった、怖かったよ……! もう駄目かと思った……!」
「あぁ」
「誰も助けてくれないかと思った……!」
「あぁ」
「でも、でも、お兄ちゃんが来てくれた……!」
「あぁ……!」
「うわぁぁぁん……!!!」
ダムが決壊したかのように泣き叫ぶ冬美。
そんな冬美を兄さんは、抱きしめながら撫で続ける。
今回は兄さんのおかげで冬美は助かった。
もしも、兄さんがあの場所に居なかったらどうなっていたのだろうか。
もしも、僕が動けていたならどうなっていたのだろうか。
もしも……もしも……
そんな、どうしようもない思考ばかり思い浮かぶ。
すると、兄さんの胸の中の冬美と目が合った。
その瞳には涙が溜まっている。
……どうして秋兄は助けてくれなかったの
そう言われているよう気がして仕方がない。
だから、だから僕は――
その瞳から目を逸らした。
あぁ、だから僕は主人公にはなれない。