一話
ハーメルンに掲載している作品をオリジナルにしたものです。
優しく見守ってください。
主人公になりたかった。
その願いは、いつまで経っても変わらない。
でも――それが不可能であるとすぐ気づいた。
いや、気づくことができた。
見上げる空は遙か高く、掴む空は遙か遠い。
そんな単純なことに気づいた。
――でも、それでも。
僕は主人公になりたかった。
○
「――ちゃん、起きて」
甘い声が聞こえる。耳を溶かすような甘い声。
心地が良いまどろみをさらに深くするよう声だ。
あぁ、駄目だ。意識が――
「お兄ちゃん、起きて!」
ドカッ。
鈍器で殴られたような刺激に目を開ける。
「……痛っ!」
遅れてやってきた痛みに思わず頭を抱えて転がり込む。
惨めだと言われようが気にしてなんていられない。
「やっと、起きたね!」
天使のような微笑みを向けられるが、それを拝む余裕はなかった。
「なにが、『やっと、起きたね!』……だ!」
頭に響く痛みで上手く言葉をつなぐことができない。
「起きないお兄ちゃんが悪いの」
「それでも、起こし方ってものがあるだろ……」
不満をこぼしつつも頭を優しく撫でる。
「えへへ……」
……爆発してしまえ
「よし、そろそろ起きるか」
賑やかな朝。妹とのイチャイチャ。
これが僕たち、夕月家の日常である。
「「「いただきます」」」
鮭の塩焼き、ご飯、味噌汁と朝食の定番メニューが並んでる。
朝食は何時も妹が作っている。
気立てが良くて、可愛い。
そして、料理ができる。
こんなテンプレをこれでもかと積み込まれたのが僕の妹である。
「今日も美味しいな」
自然と口から出てきた感想。
「えへへー」
妹の頬もだらしなく緩んでいる。
……やっぱり爆発しろ。
ここで僕たち、夕月家の紹介をしよう。
一人目はこの子。
夕月家の一番下の妹にして、朝日に照らされた絹糸のような艶のある黒髪はキラキラと輝き、天使と見間違えるような美しい顔立ちの美少女。
夕月 冬美
そして次はこの人。
夕月家の長男にして、中性的な整った顔立ちで主人公を体現したかのような男。
夕月 優斗
最後に――「あー! もうこんな時間だ!」
どうやら時間が来てしまったようだ。
時計の針は八を指している。
僕たちの家から学校までは歩いて行くと二十分近くかかってしまう。
学校が始まるのが八時三十分なので、あまりゆっくりしていると遅刻する恐れがある。
「それじゃあ行くよ、お兄ちゃん!」
「おう」
玄関の鍵を閉め、学校へと向かう。
空は雲一つなく冴え渡っており、肌を撫でる風が心地いい。
このような陽気だと気分も良くなり足取りが軽やかになる。
「おはよー!」
前の方から声が聞こえる。
さらさらした茶色の髪を肩まで伸ばし、目鼻立ちのきりっとした美しい顔で大輪の花のように美しい女性。
そんな声の主の名は、朝倉 優芽。
生まれた頃から家が隣で、今も僕たちと一緒の花山高校に通う二年生の幼馴染みである。
そんな彼女とは、毎朝登校を共にしている。
「おはよう! 優芽姉!」
優芽さんに勢いよく抱きつく冬美
「おっとっと……いつも元気だね冬美ちゃん」
それを受け止めて冬美の頭を優しく撫でる優芽さん。
……百合の花が咲いてるな。
「おはよう、優芽」
その光景を微笑ましそうに眺めながら挨拶をする。
「あ……おはよう、優斗くん」
少し頬を赤らめながら返事をする優芽さん。
……爆発しないかな。
「――っと、もう時間だな。 早く行こうぜ」
「「「うん!」」」
少し早足で学校に向かう。
この速度で向かえば十分間に合うはずだ。
八時二十五分頃に学校に着いた。
ここからは、妹たちとクラスも別れ一人になる。
「おはよー!」
クラスメイトたちに挨拶をする。
「おはよー」
「おはー」
「はよー」
様々な挨拶が返ってくる。
挨拶をするとちゃんと返ってくる。
良いクラスメイトたちだ。
「今日も美少女たちと登校かよ!」
友達の男子Aがうざい感じに話しかけてくる。
優芽さんもそうだが、冬美も超が付くほどの美少女だ。
「まぁね」
一応ドヤ顔で返しておく。
こんな美少女たちと登校できているだけでもありがたい。
「でも、お前は可哀想だよな、あの二人の目当てが――」
キーンコーンカーンコーン。
HRのチャイムが鳴り響く。
「おっと、席にもどるわ、じゃあな秋斗」
そう言って男子Aは自分の席に戻っていった。
そう言えば自己紹介がまだだった。
僕は、夕月 秋斗。
夕月家の次男にして普通を歩む高校一年生。
この物語の語り部さ。