第三話『ティーナ王女が受け継ぐ意志』
今回も長めです。
出来れば毎回これくらいの文章量を継続していきたいです。
「長過ぎる」などの意見があれば感想欄にてよろしくお願いします。
ルトラスは現在馬車を近場の岩場の麓に留めて、二人と二匹を置いて薪を採りに木々が生茂る森の中を歩いていた。
薪を拾っては背中に背負ってる籠に入れていく。短い木、細い木、長い木、太い木。この状況だから薪の状態に文句は付けていられない。乾いている気がするあれば積極的に優先して拾ってはいくが……。
「平穏な旅になると良いのだが……」
ルトラスの口からボソッを漏れた独り言は明らかに少しの疲れを帯びていた。その疲れは過去のものによる疲れよりかは未来に対する疲れに見える。
正直、ルトラスはこの後どのようにティーナ王女に対し、旅に連れていくということを伝えなければいけないが、説得できるという自信は皆無であった。
食糧庫でのあの二人の態度を見て、そう簡単には信用してくれないと考えているのである。特にメイドの方である。
ルトラスがあの場面から助けたとはいえ、最初に見たあの状態から見ると今この状況のルトラスを信用はしてくれなそうだった。
手段はある。普通の人になら騎士は自らの剣を忠誠の証として主君に捧げ、主君のために剣と共に戦地をかける。
だが、今の自分の身なりは、軽さを重視したものであって騎士の正規の装備ではなく、剣を忠誠の証として捧げてもあのメイドのことだ、きっと「そんなものは信用ならない」などと言って一蹴されてしまうだろう。
それゆえの悩みだった。普段は悩む必要のない悩みゆえにルトラスは頭を悩ませていた。
「はぁ」
結局、それと言った答えは出ず、大きく深い溜息を吐きながら馬車の停車場所『キャンプ』に戻った。
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良い匂いが辺りに漂い、起き上がる人影が一つあった。
髪は纏めず、流していて目の色は澄み切っている。
体つきはまだまだ子供の類に入っているが、それによって引き締まっているスタイルがある。
馬車の床に手をつき、起き上がる。少し伸びをしてから、匂いの方向に自然と足を向ける。
そこにはホラーチックに一つの顔が浮かんでいた。
「ひっ」
人影はその浮かび上がる顔に驚き、一歩後ずさるもホラーチックに浮かび上がる顔の本人が意外に優しそうな顔をしていたので何とか踏みとどまることができた。
「誰でしょうか……」
人影はホラーチックに浮かび上がる顔にそう質問する。
「クァーレント国王陛下からティーナ王女の護衛の任を承ったルトラスと申します」
ルトラスは手に持っていた肉を皿代わりにしていた葉に包み、座っていた場所に置き、忠誠の証に膝をついて、名を言った。
「ティーナ王女。最初にお詫び申し上げます。クァーラント国王陛下を救えず、大変申し訳ありませんでした」
ルトラスはさらに頭を深く垂れて、謝罪を述べた。俯いた顔には悔しさ、悲しさなどとネガティブ方向の感情によって支配され、口も血を滴らせながらも固く閉じられていた。
「顔をあげてください。そんなに唇を噛んでいては、口内炎で味の濃いものが食べられなくなりますよ……」
冗談めいた言葉、しかしそれにはルトラス以上の悲しさなどが募っていた。親、きっとティーナにとっては親以上に偉大で、尊敬していた人が殺されてしまったのだ。
涙をボロボロと流し、遂にはルトラスの存在を無視して泣き始めてしまった。
焚き火が岩に反射し、ティーナの悲しげな頬を流れる涙に反射する。
焚き火の火力が落ち、ルトラスが追加の薪を持って来ようと腰を上げた時、ティーナから声をかけられた。
「……お礼を申し上げます。私を助けていただき本当にありがとうございました。……一つお聞きしたいのですが、陛下……父を助けずに私を助けたのは何故なのですか?」
ティーナ王女はルトラスの方に視線をやり、そう尋ねた。その目には嘘は許さないという念が込められていた。
「……クァーラント陛下のご意志です」
ルトラスはその真摯な視線から目を背けぬよう、事実をそのまま答えた。しかしまだティーナの視線は変わらなかった。
「それを証明するものはお持ちですか?」
ルトラスはその言葉に応えるように懐に手を伸ばし、クァーラントからの最期の手紙兼王命書を取り出し、ティーナに手渡した。
ティーナはその手紙を読み、再び涙を流した。頬をつたる涙は口横を通り、地に吸い込まれていく。
ティーナはふぅと深く大きな息をし、涙を押さえた跡に手紙をルトラスに返した。きっと配慮いたのだろう、ルトラスの手に戻ってきた手紙に一切の涙の跡は残っていなかった。
「疑ってしまい申し訳ございませんでした」
ティーナはルトラスに向かって頭を下げた。普通の王室の人間にはできないことだった。
「あっ、頭を上げてください。あなたは王女なのですから、私みたいな人間に頭を下げてしまっては王女の名に傷がつきます」
ルトラスは目の前に広がった光景に焦りつつ、すぐにティラーンを諌めた。そしてティーナは少しの苦笑いを浮かべた後に近くに偶然あった小枝を拾い、焚き火に入れた。
「何故、王室の人間は頭下げてはいけないのか。私はこの質問を幼少期に何度か父上に聞いたことがあります。そして父上は決まって同じことを私に言いました。
——————『昔の王室のプライドだろうな。高い地位になることができた人間はそこを終着点と考えてしまい、大体の人間がその先に足を進めるという行為をしなくなる。わざわざ、自分の思い通りになる地位に着いたのに、痛い思いはしたくはないからだろうな。そして自分の地位よりも下の人間を見下し、虐げる。故に昔の慢心した王室は頭を下げることがなかったのだ。そしてそれを正当化するための理由というのが、王室であるという名が汚れるということにしたのだ』——————
そして、今のその現状に決して満足せず、慢心するなと常日頃から言われていました。その時、その時を大切に生きろ、とも言われていましたが。だから私は謝罪、そして感謝をするときにも頭を下げています。今はなき近衛騎士にも、叱ったくれた教師にも、大切に身の回りの世話をしてくれたメイドにも。そして当然、失礼な振る舞いをしてしまったルトラスさん、あなたにもです。ご理解いただけましたか?」
ティーナはそう言い切った後に苦笑いを微笑みに変化させ、ルトラスの方に顔を向けた。
「立派な考え方なのですね。でも失礼な振る舞いだとは思いませんでしたよ?逃げる最中にあれだけ聖霊術で支援してくれたではありませんか」
「?……聖霊術で支援?何のことですか?」
ティーナは急なルトラスな言葉に驚く。
「……祈るようにして聖霊術を行使していたのではないのですか?」
この言葉を聞いた次の瞬間、ティーナはクスクスと愉快に笑い始めた。急に笑い出したティーナを不思議に思う。
「あれは聖霊術を使っていたのではありません。それに聖霊術は祈るのではなく聖霊と仲を深め、背中を合わせられるほどの信頼を互いに得ることで人間の使う魔術と聖霊の使う魔法を組み合わせたものです」
その言葉にルトラスは驚く。ルトラスが知っている精霊術について教わっている常識とは違かったからである。
「聖霊術って、精霊に選ばれたものが精霊に対して、祈るという行為を媒体として奇跡を起こすと聞いたんですが……」
普通、精霊術はルトラスが教えられた通りに教えられていた。しかし、それは事実には反すものであり、実際の聖霊術とは異なるものであった。
「だって、悪用されるかもしれないじゃないですか。精霊術ってまだ未熟な私が使っても強力なのに……。実際に昔の戦争で使われて何にも悪くない人がたくさん死んでいったのです。だから精霊と悪用しない精霊術者で話し合いを重ね、嘘の情報を流すことにしたそうです。よって自然に身につく人は例外として、精霊術の師匠に認められないとこの真実を知ることはないですよ」
「私、師匠に認められていないんですが……」
ルトラスはその言葉に戦々恐々とした。もちろん今までそうだと思ってきた常識が崩れたのもあるが、それ以上に『知ってしまったからには———』のようになってしまうのではないかと感じたからだった。
「ルトラスが思っているようなことにはなりませんよ。ただこれから旅をするにあたって信用して欲しかったので言ってみただけです」
「それだったら既に色々な人から聞いた噂で信用していますよ?」
「こういうやり取りってかっこよくないですか?何というか信頼し切った姫と騎士って感じで……。後世で誰かが本にまとめてくれた時、有名な場面になりそうですし」
ティーナは笑いつつ、ルトラスにそう言う。
「不躾ななことを聞くかもしれませんが……もう悲しくはありませんか?」
ルトラスは少し不安気な表情をして、ティーナに聞く。
クァーラント陛下を殺した反逆軍と同じなのかと疑ってしまったからである。
「あれだけの事実を教えたのに信用してくれないんですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
ルトラスはティラーンの少し悪魔めいた意地悪な寂しそうな笑みを浮かべる。
「……もし、ティラーン王女も反逆軍と同じような目的を持っているのではないか、と思ってしまいまして……」
「……悲しいです、とても悲しいです。たくさん可愛がってもらって、色々なことを教えてもらって……。でも私は王室の人間です。クァーラントの愛娘です。なら私は悲しみを抱えていようとも父、クァーラントの意志をつぎたいんです。そしてこの旅が王命だとしたら……きっと父は何かの意味を持たせているはずです。持たせていなかったとしても、私はフォリス王国を再建したいんです。父が作った身分の差関係無く皆が楽しく幸せに日常を過ごせる国を……」
ティーナのその横顔は、弱い火力の焚き火の光に当てられて、悲し気にルトラスの瞳に映った。しかしその弱さの中にもしっかりと意思のある瞳は悲し気な横顔以上に印象的に映った。
「……その時には協力して下さいね?私の新しい近衛騎士として……」
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