悪役令嬢は、ヒロインに転生しました。
「ラファエラ! 今宵、自らの地位が盤石になると思ったか? 床にひれ伏せ! 悪女が! クソ忌々しい」
6歳で出会ってからつい先ほどまで、最低限の礼儀は守ってきたかもしれない婚約者に、手を払われました。
「きゃっ……」
はずみで寝室に転がる真新しいティアラ。
婚礼衣装のまま、睨み合う夫婦。
初夜の床とは思えない光景です。
彼は汚いものを見下すかのように、顔をしかめました。
「相変わらず、見た目だけは完璧だな。完璧で、冷たい。いつもいつも他人を見下して。恐れ多くも、聖女ミナミまで疎んでおるとはな なあ、聖女ミナミよ!」
「はい。あたし、本当に、辛くて、辛くて……」
え。なぜ聖女様が夫婦の寝室に?
ここ、王族以外は立ち入り禁止区域ですわよね。いつの間に聖女様、いらしたの??? なんでいらっしゃるの?
実は、わたくし、この方がニガテすぎて半径200メートル以内には極力寄らないよう、誠心誠意努力して参りました。
何故か、行く先々に出没されますのよ。春先のクマかってくらいに。
さて、見た目だけは完璧、とは、愚夫ダニエル殿下の自己紹介ですわよね?
わたくしラファエラ・メルクーリは知恵を司るメルクーリ公爵家の末娘にございます。
王族の結婚相手は15の公爵家から歳の近い者が選ばれるのですが、ダニエル殿下は「知恵のメルクーリが支えなくば、廃嫡待ったなしだろう」という理由で私が指名されました。
正直、どうしてやろうかと。
ダニエル殿下は、決して知的に欠陥があるわけではありません。
単に兄のオーギュスト殿下が優秀すぎて、うつけに見えるだけです。容姿は兄君と瓜二つなのに、喋ると3秒で見分けがつくほどに。
でも、良くも悪くも本音丸出しのわかりやすさは、慧眼で腹黒なオーギュスト殿よりはマシかなとは思っておりました。プライベートまで腹芸したくありませんもの。
さてと。
本日は、めでたき祭事、第二王子の結婚式典でございました。このダニエル王子と、私ラファエラの。
大聖堂で宣誓されて、王都をパレードして、大規模な披露宴を開いて。深夜にふたりきりになって。
いざ初夜って覚悟を決めたら、これですよ。
夫に拒絶されて、聖女登場。
意味がわかりません。
「貴様は、私が愛する聖女ミナミに嫉妬していた。まあ、それは咎めん。女の嫉妬など、ささいな感傷だからな」
いやいや。嫉妬以前に、婚約期間中に別の女と恋愛したらダメでしょ……て常識は通じませんわね?
何度か婚約撤回を打診したんですが、『申し訳ないが耐えてくれ』と、陛下とオーギュスト殿下に拝み倒されまして。
数年前の疫病で王族が次々と倒れ、現在、王位継承権を持つのはオーギュスト殿下とダニエル様だけだからと。
残念王子のダニエル様には、難易度の高い公務はふられません。実質、私が執り行ってきたようなものです。今までも、これからも。え? 聖女様? 無理に決まってるから、婚約解消できませんでしたのよ???
正直、彼女に嫉妬するような感情は持ち合わせておりませんわ。
結婚が避けられないなら、せめて白い結婚となりますよう、星の女神に祈ってさえおりましたもの。
「貴様は嫉妬に留めず、聖女ミナミをひがみ、虐げ、あまつさえ暴漢に襲わせようとした! まあ、そのような浅はかな企みは、この私がわけなく食い止めたがな?!」
顔面偏差値しか取り柄のないダニエル王子は、鼻の穴を広げてドヤ顔してるし。
「ありがとうございます。ダニエル様。私……怖かった!」
肩を抱くダニエル様にしがみつく聖女様()は、お目々うるうる。口の端がニヤニヤですし。
お待ちになって、聖女さま。それ、暴漢に襲わせた教唆犯とご対面って顔ではなくてよ?
人に濡れ衣を着せるには、もう少し演技力を養うべきではなくて?
王太子殿下から聞いていたのですが、この断罪劇、本当は結婚式の最中にやらかすつもりだったようですわ。
大聖堂の誓いの場で「わたしは、聖女ミナミを妻とすることを誓う!」って私を袖にして、ミナミさまと濃厚キッスを披露する計画だったそうで。
うわあ。廃嫡、待ったなし!
そんなダニエル様は、式典の間「隷属」の魔法でオーギュスト殿下に操られておりました。ダニエル様がものを考えなくなったのは、深く考えたくなくなるような身内が身近すぎたからではと、思わないこともございません。
ああ、本当に、公衆の面前でやらかしてくれましたら。
冤罪の証拠をフルコンボして、結婚を白紙にしてさしあげましたのに。
どうせなら、今、初夜の床で繰り広げられている茶番も防いでほしゅうございましたわ。あん畜生。
「あたし、いつもいつも、ラファエラ様に睨まれて。怖くて。ダニエルを愛したのはいけないことだったから……」
発情期……いえ、不貞……いえ、恋愛云々は、どうでもよろしい。
私が側室として公務と子供の教育を担当して、ミナミ様が王子妃の華やかな部分だけ担当すれば、なにひとつ問題ありませんでしたのに。
それも、さんざん進言申し上げましたのに。
大聖堂の冤罪劇にこだわったのは、ダニエル様より聖女様だと、小耳にはさんでおりますわ???
聖女ミナミさまは、このような夢に夢見る御方ですが、教会が異世界から呼び出された奇跡の女性でして。国中の魔を払ってくださった救国の乙女にございます。
こちらの都合だけで、ご家族友人と強制的に別離させられ、払いの旅を強制されるのですから、たいそう同情しておりました。
はじめは。はじめだけは。
もちろん、この国に巣食っていた魔を払ってくださった功績には、深く深く感謝しておりますわ。
その魔を払う旅に、王太子オーギュスト殿下、第二王子ダニエル様、呪謡使いのエリック、魔法学のグレンジャー先生、王太子殿下の護衛騎士ラーズ様、神官長の御子息ミシェル様を指名し、「彼らの力が必要なのです」と、逆ハーレムツアーを決行されなければ、遺憾に思いはしませんでした。毎日、五体投地で感謝を捧げていたでしょう。
なぜ、陛下が用意された、ゴリマッチョな大勇者ラオウル様ではダメだったのでしょう。
大魔法使いホッパー様(ちょい悪翁)、エルフの女神官ディート様(清純系美少女ロリババア)、凄腕呪謡セレーネ様(爆乳ダイナマイツ)らも全て拒否して、イケメン学生軍団を切望されたのでしょうか。
百歩譲って、オーギュスト殿下だけは理解できます。勇者の称号を持つ最強王太子ですし、護衛より強い戦いのエキスパートですから。
でも、当時、ほとんどの者は学生でした。デビュタントは終えても、親の庇護下にある未成年だったのです。
旅を終えた後の単位取得地獄は、見る者の涙を誘ったものです。
グレンジャー先生だけは大人でしたが、授業がストップして教育現場は大混乱しましたしね。休校中、なぜ生徒にすぎない私が代理教員に指名されましたのか。未だに解せません。
つまり、ミナミ様は、イケメンにチヤホヤされないと、魔を払う気になれない方なのです。
わかりやすいですね。
時折、わざと迂回して、風光明媚な観光地をめぐったり、場所ごとにデートを指名されたり、アイスクリンなどを「あーん」させられたり、チヤホヤ成分が足りないとスネて宿の部屋にこもられたり、ダニエル様以外の男性陣にとっては、それはそれは生き地獄だったようです。
あ、ダニエル様は『聖女を守って旅するオレ様、カッコいい!』で、自己完結されてました。破鍋綴蓋。
退魔完了の慰労パーティーの会場で、褒美を所望されたオーギュスト殿下が「今すぐ、フローレンスと結婚したい!」と自らの婚約者を抱きしめたのは、記憶に新しいところです。
殿下に感化されたのか、エリック様も両片思いだった伯爵令嬢にプロポーズしてました。
グレンジャー先生の奥様は、後日、即行でご懐妊されましたわね……。
あと、ラーズ様は武者修行に、ミシェル様は異国の修道院に旅立ちました。
ミナミ様が「なんで、攻略失敗?! 悪役王女も悪役令嬢も悪妻女教師も、みんな転生者なの?!」って叫んでいた気がしますが、悪役なんちゃらってなんでしょう???
むしろ、オーギュスト殿下こそ悪や……いえいえ。清濁併せ呑む、正しき為政者にございます。
「貴様は俺たちの勇者パーティーの絆を裂き、バラバラの道を選ばせ、ミナミを悲しませた! 聖女を泣かせた罪は重い」
「はあ」
「ゆえに、魔の異世界送りとする!」
「はい?!」
ダニエル様に強く肩をつかまれ、身動きを封じられてしまいました。
「ダニエル様、ミナミがんばります!」
ゆったりとしたドレスの袂から、ミナミ様が水晶玉を取り出しました。
王族らしい豪華な内装の私室が、青白く輝きます。
ミナミ様は、羽交い締めにされた私の胸に、それを押し付けました。そして、耳元でささやきます。
「悪役令嬢ラファエラ。あんたは、あのクソ忌々しい世界で、坂上美南として生きていくのよ! ざまあみなさい! 光栄でしょ?!」
よく回る舌で、意味のわからないことをまくしたてます。
それはともかく、なんだか視界が白くなってきて、意識がふわふわします。
「だって、あんたみたいに賢かったら、あたしは……家族に、迷惑…………」
ああ、ミナミ様……最初から最後まで、何言ってるか……わかん…ない………。
やがて、くるりと世界が暗転しました。
不肖ながらラファエラ・メルクーリ、平成1X年8月、坂上美南に転生いたしました。
アワワ。異世界って本当に異世界ですのね。
もとの世界では赤ん坊はあまり動かしません。移動は抱っこか乳母車のみなのに、こちらは多彩ですわ。
乳母車にもいろんな大きさ、色、形がありますし、抱っこを補助する布地も豊富です。
チャイルドシートだけは、背中が暑いですわね。
でも、エルグランドという乗り物は、乗り心地が良すぎてびっくりです。王家の馬車だって、もう少しは揺れますわ?
こちらの世界、家はとても狭いですが、その分コンパクトで高性能な道具を使いこなす生活スタイルですのね。
メルクーリ家の厩より狭いのに、王宮より便利で快適なんて、不思議。
特にエアコンとは、なんと素晴らしい利器でしょう。
携帯電話とテレビもハラショーでございます。
と、カルチャーショックを受けまくりです。
さて、美南には、お姉様とお兄様がいらっしゃいます。
お兄様は小学生? でサッカーのクラブチーム? と宿題?が忙しいのであんまり関わらないのですが、保育園児? のお姉様は、私に構ってきたり、意地悪をしたり、情緒不安定でございます。
泣くとわたくしのオシメとお乳が遅れるので、勘弁願いたいのですが。でもまあ、めんどくさいからこちらも泣きながら待ちました。
この世界の4歳児は、まだ淑女教育をなさらないのですね。
……って、気温や娯楽や衣服が快適すぎて気がつきませんでしたが、美南の家族、平民でしたー!
あと、ばあやかと思っていた方は、お祖母さまでした。
ひー! 喋れなくてよかった! し、失礼いたしました。
お父様は公爵ではなく、自動車整備工場にお勤めでした。
お母さまは社交界ではなく、総合病院で介護士として働いていました。
私達はおふたりの愛情に包まれて、たまに雷を落とされながら、スクスクと育ちました。
それにしても、異世界って、そんなにクソみたいかしら?
お姉様が、鬼畜と呼ぶのもヌルい下衆って、どこが???
お姉様は、たまにちょっとだけ意地悪です。
でも、私の指にサインペンでハートの指輪を描いてくださって叱られたり、ぷりんをこっそり分けてくださったり、大事なお人形を貸してくださったり、一生懸命で可愛らしい方なのです。
やがて、お祖母さまは別の家にうつり、私は保育園に通うようになりました。
最初はアンパンのヒーローにはまり、後にプリティでキュアキュアな戦闘少女と、ピンク耳うさぎのぬいぐるみにはまりました。
キラキラがいっぱいついた薄いピンクのランドセルを選んで、高学年になってから後悔しました。
国語より算数が好きで、音楽はもっと好きで、小中は吹奏楽部に入りました。
本当は竪琴がやりたいのですが、日本ではあまり一般的ではないそうで、却下されました。
お姉様に「近所迷惑でしょ」ってバカにされました。
うう。竪琴弾く時だけ元の世界にかえりたい。
でも、ラファエラに戻りたいかっていわれたら……微妙です。少々、馴染み過ぎちゃった気がします。
ガリガリくんは梨が好きです。
キノコよりタケノコ派です。
初恋は、死に戻りアニメの最強様です。
二次元の尊さを知りました。
三次元の友達も、サイコーです。
美南さまはよく、「家族は冷たい、お互いに無関心。姉は自分の美しさを鼻にかけて、いつも私を見下していた」っておっしゃっていました。
お父様は、たしかに無口です。でも、携帯には、私とお姉様のプリクラと、お兄様と彼女のプリクラが何年も貼りっぱなしです。よく見ると、透明テープで補強してありました。
お母さまは、たしかにあまり家にいません。万年人手不足で夜勤多目の介護士だからです。私たちが家事をすると、心から嬉しそうな、申し訳なさそうな顔をされます。
お兄様は県外の会社に就職されました。たしかに接点は少ないですが、たまに帰ってくると冷凍庫をアイスまみれにしてくれます。お母さまのラインに送られた「俺の貯金使って、美南を私立の音大に入れてやって」って文字を見た時には、本気で涙がこぼれました。
お姉様も「私も協力するから、卒業まで待って」と。
お姉様は大学生。小さい頃はケンカもしましたが、今はなんでも言えちゃう親友です。
ただ、ミナミ様がいうほど美醜に差があるかというと……審美眼がラファエラのままの私からすると「どちらも平たい顔」なんですよねえ。
私たち姉妹に限らず、日本国民全体がおおむね平たく見えるというか。
ミナミ様に初めてお会いした時の印象も、「平たくてお可愛らしい」でしたもの。
姉妹ですから割と似てますし。まあ、お姉様の方がモテますが、オタクとパリピの違いと申しますか。いわゆる女子力の差、ではないでしょうか。
私は今、17歳。高校生です。
ミナミ様が召喚された年齢に、おいついてしまいました。
ミナミ様は「名前を書けば入れる、制服のチャラい高校」にいたそうですが、私は音楽科のある公立高校に入りました。制服は地味です。くぅ。
竪琴習いたい欲が醒めやらず、管弦楽部に入って頭角をあらわしているところです。
ラファエラは竪琴の名手でしたから、ハープを弾ける放課後が楽しくて、楽しくて。
決して、「死ぬほど退屈で、屈辱で、人権の全てが否定される学校生活」では、ありません。
少なくとも、私は「坂上美南」の人生を、青春を謳歌しております。
ただ、ミナミ様の言葉を異口同音に訴えたいと思われる方も、どの学校にも一定数いるように感じています。
私立高校にも、公立高校にも、技能系の高校にも、進学校にも、スポーツ校にも。
クラスメイトのほとんどは、教室で孤立している彼らに目を向けません。彼らも、夜会が苦手な令嬢のように気配を消しています。
こちらから声をかけて輪にいらした方もいましたが、たいていは他人をよせつけません。
冷たい言葉で拒否されたことも、一度や二度ではございませんでした。
毎日同じ教室にいるだけの他人に、わかってもらおうと思っていない風です。この世界を語った時のミナミ様のように。
そのような方をお見かけするたびに、私を異世界送りにされた時のミナミ様の顔を思い出します。
憎らしげかつ、狂気に満ちた歓喜に顔を歪ませていたミナミ様。邪魔者を生き地獄に落とすにしては、なぜか悲しい目をしていました。
『だって、あんたみたいに賢かったら、あたしは……家族に、迷惑…………』
ミナミ様は、この世界を、家族を、本気で憎んでいらしたのでしょうか。
さて、先日、とあるアプリをダウンロードしました。
いじめを苦に教室の窓から飛び降りた女子高生が、彼女を必要とする「異世界」に転移した。
女子高生は、その世界の魔を払う能力を持っていた。
聖女となって美麗な殿方と共に世界の魔を払い、その中のひとり、もしくは全員と結婚して幸せな人生を送る。
そんな、夢物語のようなアプリを。
あら懐かしい。皆さまイケメンでいらっしゃるわね。
それにしても、いじめを苦に飛び降り……ですか。
いじめ……。
飛び降り……。
ミナミ様、が……?
真偽は、わかりません。
わたしが知っているミナミ様は、このゲームのヒロインのように、殿方に愛される方ではありませんでした。
逆に、攻略対象? の婚約者たちに僻まれることも、ありませんでした。
ミナミ様の中には物語があって、他人の人生をそれに一生懸命あてはめようとしているとは、誰もが感じておりました。
故郷を失った救国の聖女さまの望みですから、おおっぴらに無下にはいたしません。
だけど、同意もしません。
ドラマチックなことが大好きなダニエル様を除いて。
おふたりには、生まれた世界となんとなくそりが合わない、なんとなく違和感がある、存在価値を見いだせない、といった共通の傷があったのかもしれません。
常に優秀な兄と比較されて育ち、ダニエル様を愛そうともしない婚約者をあてがわれて……まあ、ぐれない方がどうかしていますわね。
そんな風に思えるようになったのは、私がこの世界の価値観を得たからでしょう。
この世界では、多角的な視点が推奨されます。なるほど、同じ人間でも、注目する面を変えれば他人みたいに見えますわね。
あの世界では、他人の評価というものは単一的です。
あの頃、残念だの能無しだのこきおろしたダニエル様ですが、欠点ばかりではありませんでした。
歌の上手い方でした。
ダンスもお上手でした。
槍技はオーギュスト殿下を上回ってさえいました。
あと、なぜか動物に好かれやすい方でした。野生馬を慣らしたり、野良猫に子猫を披露されたり。面倒も、嫌がらずに見ていたように思います。
思い込みの激しさや物事の裏を取れない愚直さは、正義感の強さや素直さの現れであったと言えましょう。
そういえば、ミナミ様の功績を、手放しで褒め称えていたのも、ダニエル様だけでしたわね。
多くの貴族は、ミナミ様には、あの社会の価値観に馴染んでほしくて、でもできなくて、苛立ちと諦観の中にいました。
逆に、ダニエル様は、ダニエル様だけは、ありのままのミナミ様を肯定されました。嘘まで肯定しちゃうのはアレでしたけどね。
坂上のご両親に大切に育てられたミナミ様に『お妾さんの立場か、妾を認める正妻を選べ』って、私も大概、酷でしたわよね。
どんな手を使ってでも、私を排除したくもなりましょう。
でも、殺すことはできなかった。
聖女の立場なら、いくらでも誤魔化せたのに。
平和が続く時代の日本に生まれた、日本人だから。そこまでは残酷になりきれなかったのでしょう。
『だって、あんたみたいに賢かったら、あたしは……家族に、迷惑…………』
最後にかろうじて聞き取れたあの言葉。
泣きそうに揺れていた瞳。
あの方が、寄り添えなかったであろう家族になにを求め、なにに絶望し、なにを祈ったのか。
自業自得とつきはなすには、ミナミ様の魂に近づき過ぎたのかもしれませんね。
まあ、ミナミ様とダニエル様とどこかで巡り合えたら、一発ずつメリケンサックで殴りますけどね!
それから、スタバのフラペチーノを買いにパシらせます。キャラメルソース必須ですわよ。
それから、ダニエル様を合唱部に連れ込みます。
ミナミ様を漫研に放牧します。
そんなことができたら、どんなに。どんなに。どんなに……!
どうか、あの世界のミナミ様が幸せでありますように。
ついでに、ダニエル様が息災でありますように。
あとは、オーギュスト殿下がハゲますように。
今思えば、ご自分の評価をより高める為、ダニエル様をだしにしていた節がありますもの。
今更、証拠はありませんが。まあ、それでこそ腹黒です。
どうか、ハゲと水虫を患う賢君になりますように。いつか王太子妃殿下から『愛が重すぎて時々ウザい』と本音を聞けますように。
心から、お祈り申し上げます。