疑う男
「 耳を疑う前に、己れ自身を疑え。」
午後の用事を一つ済ませ
男は、地下鉄に乗り込んだ。
月に二度ほど乗り降りする駅へ向かった。
電車の扉にもたれながら、
「 きっと上手く行くに違いない。」という思いと
「 その可能性が、果たしてどれ程あるのか?」と
自身を疑う思いが、男の中で交錯した。
今、答えの出ない問いに
あれこれ思うのはやめにしようと
身体を起こしたのと同時に
車内のアナウンスが、男の降りる駅に到着するのを告げた。
「 右側の扉が開きます。扉にご注意下さい。」
男は、自分の耳を疑い 次に自分自身を疑った。
自身の記憶でも、右側の扉が開くはずだったので
そちら側の扉に寄ったつもりが
何故か、左側の扉の前に立っていた。
「 錯覚 」「思い違い 」
後々考えれば
実に取るに足らない
馬鹿げた事だろう。
男は、自分の立ち位置を再確認し
心が波打った事に
恥ずかしさを覚えた。
男は、ただ 進行方向に背を向けて
立っていたに過ぎなかった。