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佐賀のやばい嬢ちゃん

佐賀のやばい嬢ちゃんepisode.1 彼女は賞金稼ぎ

作者: 川里隼生

 天を指差し、もう片方の手を水平に伸ばした像がある。長崎市の平和祈念像だ。六十年以上前、この像が指差す空で、原子爆弾が炸裂した。


 その街で生まれた少女、新地しんち輝夜かぐや。原爆投下からちょうど六十年後の、二〇〇五年八月九日午前十一時二分生まれ。医師や母が狙って産んだわけではない。そもそも、当初の予定日は八日だったのだ。輝夜自身、このことは何かの運命だと感じている。


 二十一世紀に入り、佐賀県では『新世紀新撰組』と名乗る犯罪組織が出没するようになっていた。警察にも甚大な被害が出ており、中でも佐賀警察署爆破テロ事件は佐賀市内の警察組織が一時的に機能しなくなる程であった。そこで佐賀県警は新世紀新撰組のメンバーを中心とした犯罪者に賞金をかけて指名手配し、民間の賞金稼ぎからの情報を募ることを決定した。


 現在佐賀に住む新地家の家計は正直、厳しい。佐賀は最低賃金も東京ほどないし、夫婦共働きでやっと最低限度の生活ができているような状況だ。そこで、輝夜は賞金稼ぎを思いついた。幸い、独学で勉強している空手のおかげで体力には自信がある。


 指名手配犯に当てはある。それも生け捕りすれば最大報酬八百万円という大物だ。名は西崎にしざき泰斗ひろと。罪名は殺人。既に百人は殺しているとも噂され、特に警察官には三十二人もの犠牲者が出ている。武器は刃渡り五十センチメートルのナイフ。それで拳銃の弾丸さえも弾き飛ばしてしまう。誰も近づくこともできず、佐賀市内で堂々と暮らしている。


 七月の暑い夜、輝夜はこっそり外に抜け出し、西崎の家まで行ってインターホンを鳴らした。

「へいへい。わざわざ呼び鈴鳴らして来るなんて、いったいどんなヤツだ……?」

 西崎は輝夜の顔を見ると一瞬目を丸くし、そしてこう言った。

「お嬢ちゃん。ここはあんたの来るようなところじゃねえぜ。とっととパパとママのおうちに帰んな」


「あたし賞金稼ぎだよ?」

 輝夜が自信気にそう言うと、西崎は今度は懐から大きなナイフを取り出し、それを輝夜に見せつけながら言った。

「おれの聞き違いか、またはジョークのつもりかな? こいつでその顔に傷をつけられたくなけりゃ、とっとと消えろ!」


 輝夜は笑って答えた。

「上等じゃん」

 輝夜の挑発に激昂し、西崎が右手を振り上げる。輝夜は左腕を頭上にかざした。

(バカめ! 片腕はもらった!)

 西崎はそう確信した。


 ガッ、という音がした。西崎の聞き慣れた、人の切れる音ではない。ナイフを金属に叩きつけた感触だ。

「ざーんねん。あたしの左腕は義手なんだ」

 想像を絶する程の難産だった輝夜は、出産の過程でどうしても左腕を切除しなければならなかった。今でも、母は時々「上手に産んでやれなかった」と娘に謝罪している。


 想定外の出来事に西崎は動きが止まった。思考が停止していたのだ。輝夜はそれを見逃さず、鳩尾に蹴りを入れる。西崎の巨体が吹き飛んだ。その拍子にナイフは西崎の右手から放り投げられた。


「なんてヤツだ……」

 壁に叩きつけられた西崎には、既に戦意は残っていなかった。輝夜は西崎に詰め寄り、更なる攻撃を仕掛けようとする。

「待ってくれ! 参った! おれの負けだ。警察でもどこでも連れて行け。殺されるよりよっぽどましだ」


 輝夜は笑みを浮かべる。あまり良い笑顔ではない。まるで悪役がするような顔だ。

「わかった。でも、警察に行く前にひとつだけ、あたしに仕事を頼まれてくれない?」

「仕事?」

「そ。野球場爆破事件の犯人になってよ」

「……は?」


「県営野球場に爆弾を仕掛けてほしいの。だって、あとひとつ何か事件を起こせば賞金一千万になるんだよ? こんなおいしい話を逃す手はないじゃん」

 かわいい顔で身の毛もよだつことを言う。西崎は本気で我が耳を疑った。冗談であってくれと願った。だが、それは本当に輝夜が冗談抜きで発した言葉だった。


 翌日。県営野球場では高校野球の県大会が行われていた。輝夜と西崎の二人で、内野スタンドの各地に置き忘れの荷物に偽装した爆弾を仕掛けた。

「こういうの、マッチポンプって言うんじゃねえの?」

「バレなきゃいいんだよ。あ、それとも、口が軽いタイプの男なのかな?」


 輝夜が拳を握りしめる。

「わかった。わかったよ。取り調べの時には、お前さんのことは何も言わない」

 輝夜がふふ、と笑う。西崎は、完全に輝夜の掌の上にいた。

「ただ、おれは爆弾は専門外だからなあ。新撰組のまねで、上手くいくかどうか……」


「ま、やってみようよ。いくよ!」

 輝夜がスイッチを押す。爆弾は一斉に爆発し、内野スタンド一面が火の海になった。

「……失敗だな」

 本来なら、ひとつずつ一分おきに爆発するはずだった。自分たちの逃げ道を作るためだ。輝夜と西崎は観客席の最上段にいる。予定していた退路は断たれた。


「あれれー? おっかしいなー?」

「どうすんだ、これじゃ二人とも焼け死んじまうぞ!」

「うーん……」

 輝夜は後ろを振り返った。背後は壁になっており、屋根との間に隙間が開いている。

「あそこから出られるかな……。ねえ、ナイフは持ってきてる?」


「ナイフ? 持ってるが、どうするつもりだ?」

「壁にナイフを刺して、ゆっくり降りるんだよ」

 西崎は首を横に振った。

「そいつは無理だ。この野球場の外壁はまっすぐに立ってない。上が出っぱってるから、途中までしか降りられねえぞ」


「そっか……。うぅーん……。あ!」

 輝夜は野球場に入るとき、一塁側に川が流れていたことを思い出した。川そのものの水深は浅いようだったが、護岸工事がされており、道路から川面までにはコンクリート製の壁がある。

「川までジャンプしよう。そしたら、まっすぐな壁がある」


 助走できる距離はない。飛び越える距離は片道2車線の道路と、それとほぼ同じ幅の川。

「できるでしょ?」

 輝夜が西崎を見つめる。

「とんでもねえことを考えやがる。……やってやるよ!」


「お願いね」

「ああ。しっかり捕まってな」

 輝夜は右腕を西崎の右に、左腕を左の脇に回した。西崎が目標地点を睨んだ。

「ちょっと遠いが、このまま死ぬよりよっぽどまし、ってな!」


 壁の上から、輝夜を背負った西崎が飛んだ。

「うおおおおお!」

 恐怖を搔き消すために西崎が叫ぶ。目標の壁の、中央あたりにナイフを突き立てる。輝夜の義手は切ろうとしたため全く歯が立たなかったが、もし刺していたなら結果は変わっていたかもしれない。


 ナイフは刃の部分が全て壁の中に刺さり、二人は生還した。

「やべえ。もうこんなのはこりごりだ……」

 西崎はそう言って、輝夜のほうを見た。輝夜は狂人じみた笑顔をしていた。

「やばい。これ楽しい……♪」

 こうして、この町には輝夜という賞金稼ぎが誕生した。

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