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オオカミナリ  作者: 書く猫
第5章、夏の始まり
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26話.立場

 氷川修司が第3会議室で会議に参加していた頃、真田優は閲覧室でスターディグループに参加していた。


「『魔物隔離原則』が作られた後、大半の魔物は魔物界に移住して……」


 瑞穂が歴史の教材を声に出して読んだ。それは彼女なりの暗記方法だ。しかしいつも通りすぐ飽きてしまう。


「……暗記って本当嫌い」


 瑞穂は音読を中止して、テーブルに伏せた。そしてそのまま向こうの優を見つめる。


「ねえ、真田君」

「ん?」


 教材に熱中していた優が頭を上げる。


「術者評価審査の筆記試験、どう通過したの?」

「それは……一夜漬けで何とか……」

「真田君ってやっぱり頭いいんだね」

「いや、ギリギリ通過したし、単に運がよかっただけだと思う」


 別に謙遜しているわけではない。あの時は本当に運がよかった。アカデミーに通う前の優は勉強嫌いな瑞穂と同じくらいの知識しかなかったのだ。

 しかし通過はしたものの、当然成績は悪い。優がC+の等級を受けたのはもちろん近接戦闘しかできない問題があるからだけど、知識不足も原因の一つだ。


「とにかく羨ましいよ。だって歴史とか暗記しなければならないものが多すぎだし……」


 瑞穂は伏せたまま、また歴史の教材を声に出して読み始める。


「魔物界に移住しなかった魔物は、決められた領域以外では居住が禁止され……」


 ふとある疑問が頭をよぎって、瑞穂が頭を上げる。


「コマちゃん、寝ている?」


 瑞穂はコマちゃんに聞いてみようと思ったが、コマちゃんは閲覧室の窓辺で気持ちよさそうに寝ている。起こすと怒るだろう。


「樫山君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「うん、言ってくれ」

「魔物たちは……何で魔物界に行かないんだろう?」


 瑞穂が首を傾げる。


「だって、魔物界は邪気に溢れていて人間には危険なんでしょう? それで術者たちも魔物界までは狩りに行かないから、魔物たちにとっては安全な場所だと思うけど……何で魔物たちはこの世界に残っているんだろう?」

「それは……ちょっと難しい問題だね」


 瑞穂の疑問を理解した健は、頷いてから説明を始める。


「まず考えるべきことは、人間を餌にする魔物たちの存在だ。そんな魔物たちは当然この世界を離れられない。元々戦闘術者が存在しているのは、そいつらから人々を守るためだからね」

「そうだね」

「そして次は、魔物界といっても魔物たちの全てがそこで住んでいたわけではないということだ。魔物たちの中ではこの世界で生まれて、この世界で暮らしている個体も多い。彼らにとってはこの世界が故郷のはずだから、そう簡単に捨てるわけにはいかないんだろうね」

「それは……そうだね」


 珍しく難しい顔で、瑞穂が考え込む。


「何かもうちょっと……いい方法はないのかな……」


 瑞穂が何を考えているのか、優と健は察した。しかし2人とも何も言わない。


「駄目だ。やっぱ私の頭では無理……」


 瑞穂はまたテーブルに伏せてしまう。


「早く夏休み来ないかな……疲れた」


 勉強し始めてからもう2時間くらい経過した。瑞穂としては結構頑張ったわけだ。


「そう言えばさ……最近、先生もちょっと疲れたように見えない?」

「先生? 藤間先生のこと?」


 優がちょっと驚いて聞くと、瑞穂は伏せたまま頷く。


「うん、上手く説明できないけど……何かちょっと雰囲気的に……とにかく疲れたように見える」

「そうか……」

「先生はアカデミーの仕事以外にも狩りもしているんでしょう? 暑いのに結構無理しているんじゃないかな」


 確かにそうだ。特に最近は火鼠の群れとか反魂魔などの強敵と戦ったし、普通なら何日か休んでもおかしくない。しかし詩織は休まず教師としての仕事までこなしている。それで無理をしていないと言うのなら、それこそ無理な話だ。

 優は心の中で自分を責めた。いつの間にか『詩織は俺よりずっと強い』という認識が頭の中に居座っているから忘れがちだけど、詩織はまだ10代の女の子だ。人狼の優と同じスケジュールで動いて大丈夫なわけがない。もっと気遣うべきだった。

 くっそ、詩織のやつ……疲れたんなら弱音くらい言えよ……と優は思った。しかし詩織が弱音を言う姿なんて、正直想像できなかった。

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