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2‐4


「えっと、確かここに……」


 それは、使われていない暖炉の奥の方に眠らせておいた、はめ込む場所が設けてある小さな指輪だった。

 昔、とても昔に誰かからもらって、大切だったことだけを覚えている指輪。

 本当は持っていきたかったのだけれど、着の身着のまま。金品に交換できる類のものはできるだけ置いて行けと言われてしまったので仕方がない。

 私が目的の物を見つけたのと同じタイミングで、部屋の中にマリーが駆け込んできた。


「お姉さま! ああ、よかった。逃げられてしまったのかと」

「もう、マリー。いくら私がお転婆だったからってそんなことはしないわ。はい、これ」

「そうは言いつつもすすだらけですが――。これは、指輪? どうしてこんなものを……」


 いぶかしげな顔のまま受け取ろうとしないマリーの手に無理やりそれを握らせる。


「ねえ、マリー。あなたは私が嫌いかもしれないってわかってる。でも、お願いしたいの、マリー。それだけは守っていてくれる? 私が、唯一この場所に残して置ける宝物だから」

「持っていけば、いいわ」

「そうしたいのはやまやまだけど、駄目って言われてしまったから。隠せるほど、私は器用じゃないし」

「……これをどうしろと」

「ん、我儘は言えないけれど、できれば捨てずに持っていてくれると嬉しいなって。もちろん、返してほしいけれど……その時が来そうにはないし……」

「そんなもの、私に渡されても困りますわ」

「あはは、それもそうね」


 やはり渡すべきではなかっただろうか。

 そう思って彼女の掌の上に乗っている指輪に手を伸ばすと、マリーにスっと身を引いて避けられてしまった。


「マリー?」


 不思議に思って彼女の表情を窺うと、渋々といった表現がぴったりくるような顔で指輪を握りしめられてしまった。


「受け取っておきますわ、お姉さま。もし、ほとぼりが冷めた時にお姉さまが生きていて、私の機嫌がよろしければ届けさせますわ」

「ありがとう、マリー」


 本当は嫌だろうに、マリーは私の言葉に頷いてくれていた。

 マリーも私の言葉を聞いてくれて、指輪も彼女に渡すことが出来た。指輪の約束は果たせないけれど、これでこの家に未練は無くなってくれそうだった。

 安心していると、ドアが誰かにノックされる。


「お嬢様、そろそろ先方の準備も整いました」


 それはスズランの声で、どうやら私の事を探しに来てくれていたようだった。こうしてすぐに私の行った先を見つけてくれる彼女にはもうさすがという言葉しか出てこない。


「いかなきゃ……。マリー、元気でいて頂戴。勝手な話だけれど、私の分まで公爵家の令嬢としてふるまってね」

「ええ。でも、お姉さまの分までなら、それほど苦労しなくても済みそうですわ」


 いつもの彼女らしい返答に笑いそうになってしまい、それ以上は何も言わずに部屋を出た。

 部屋を出た扉の横にはスズランが控えていて、私が顔を出すと彼女は丁寧に頭を下げた。


「お嬢様。こちらです」

「ええ、ありがとう」


 彼女に連れられて歩いていると、廊下には彼女と自分の靴音だけが聞こえてきて、やけに響いていた。

 前を歩くスズランに声をかける。


「ねえ、スズラン」

「はい、お嬢様」

「本当に、今までありがとう」

「……何のことでしょうか」


 表情は見えないけれど、明らかに歩いているのとは別の理由で彼女の方が震えるのが見えた。

 それがまたおかしくなってしまい、笑いをこらえられなかった。


「ふふ、やだわ。分かってるのに聞くのね」

「私にはさっぱりです。いつも淑女らしくと申しているのにいう事を聞いてくださらないとか、部屋の前で控えていれば抜け出してしまわれるとか、何もわかりません」

「そう? ならいいの。だけど、これだけは言わせて頂戴、スズラン」

「お聞きいたします」

「今まで、私の事を見ててくれてありがとう」


 私がそう言うと、彼女の足がピタリと止まった。

 彼女が止まったのは玄関の大扉の前で、そこで止まってしまうと私が出られなくなってしまう。

 どうするのかと彼女の反応を待っていると、くるりと回って綺麗な所作でお辞儀をした。


「もったいなきお言葉です、お嬢様」


 そして、スズランがドアを開けてわきによけると、再び頭を下げた。

 その横を通り抜けて、馬車の元まで歩いて行くと、そこにはすでに準備を終えたであろう兵士たちが縄を持って待っていた。

 その縄の端をお父様が持っているのも。

 黙ったままお父様に両手を差し出すと、その両手にゆっくりと縄をかけていった。逃げ出さないようにしっかりと結ぶのを隣に立っていた兵士の方も見ているのが見えた。

 馬車に乗るときに、縄を持っていた兵士の方に手を貸してもらう。ゆっくりと時間をかけて乗せてもらい、椅子に着くまで手伝ってもらってしまった。


「お疲れ様。貴方のお仕事はここまで?」


 私が縄を持っていた兵士の一人にそう声をかけると、驚いたように固まり、すぐに表情を戻すと背筋を伸ばした。


「いえ、お連れするところまでが仕事となります」

「そうならもう少し付き合ってくださいね」


 彼は黙ったまま馬車の中から出て行くと、馬車の前の方に誰かが座る揺れが届いてくる。

 見えない壁の向こうに思いを馳せながら、私は屋敷に別れを告げるのだった。



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