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2‐3


 王都から迎えが来るという当日。

 迎えが遅れてきてしまった――ということは無く、彼らは時間通り、それどころか幾分かの余裕をもって屋敷の前に馬車を止めていた。

 私が準備を終えて屋敷の庭に出ると、快晴ともいえる空が広がっていた。庭を超えた門の先には馬車が止まっていて、そのわきには兵士と思わしき男性たちと、お父様がすでに立っていて、私が到着するのを今か今かと待っているかのように思えた。

 ふと、いつもは目につかないはずの外の景色が目に入って来た。

 庭はいつものように整理が行き届いていて、庭師の方が丁寧に造園して整えてくださったというのが改めて目に入った。芝生と生垣しかない物の、ととえられているさまはどこか作ってくれた人の趣味にも感じられる。普段からこれほど綺麗にしてもらっていると思うと、庭を管理している方には感謝しかない。

 そのまま視線を入口の方へと戻すと、鉄で作られた柵と門の奥には大きな馬車が見えた。装飾の施された馬車ではなく、簡素な木でできている馬車で中に居る人が見えないような作りになっていた。

 その馬車の前にはお父様や兵士。メイドも数人控えていて、今逃げてしまったら、彼女たちにも迷惑が掛かってしまいそうな状況になっていた。


 ――まあ、今更逃げるわけには……いかない、か。


 考えていなかったわけではないのだが、やはりお父様たちに迷惑が掛かってしまうのが嫌で――、なにより、私の世話をしてくれたスズランにも被害が及ぶかもしれないと思うと、もう逃げるという選択肢は考えるまでもないことだった。

 さてどうしようかと考えていると、メイドの一人が私の方に気が付いて、今まで見たことも無いような速度で突っ込んできた。

 しかも止まりそうにない速度で。

 よくよく見なくてもわかる。私を見て突っ走ってくるようなメイドは、スズランのほかにはいない。


「お嬢様!」


 走ってきた彼女がそのまま自分の胸へと飛び込んできてしまって、慌てて彼女を抱きとめる。


「ど、どうしたの?」

「お嬢様のためなら命も惜しくないと言った身でありながら、ついて行けないこの私をどうか、どうか許してくださいルナお嬢様! 私、わたしはあ……」

「大丈夫、大丈夫よ、怒ってないわ。だからほら、泣き止んで。私が恥ずかしいわ」


 わんわんと泣き始めてしまった彼女に苦笑しながらも、そこまで思ってくれるのがうれしくて抱きしめる。

 ちらりと兵士さんたちの様子をうかがうと、さすがに別れを邪魔するというのは気が引けるらしく、静かに待っていてくださった。

 さて、どうやってこの子を泣き止ませたらいいだろうか。


「お姉さま」


 家の方からそう呼ばれたことに気が付いて、振り返ると、そこには妹であるマリーの姿があった。


「わ、わ。マリーごめんなさいね。ちょっと待って。ほら、スズラン落ち着いて。私にマリーとお話しさせて頂戴」


 なんとかスズランを落ち着かせて離してから向き直る。

 よく手入れの行き届いている長い髪に、フリルがたくさんあしらわれている薄桃色のドレスを着ていた。昔から可愛い恰好が好きな彼女は、家ではいつもフリルがたくさんついている服を着る。私が居なくなるという日だと知っているはずなのに、いつもの服装をして現れるものだから、自分を通していて少しだけうらやましくなってしまう。

 いつもは薔薇色に染まっている頬が少しだけくすんでいるように見えて、うらやましいという感情が吹き飛び、彼女の体調が心配になってしまう。


「マリー、大丈夫なの?」


 駆け寄りながらそう言うと、面を食らったかのようにマリーが固まり、すぐに眉間にしわが寄っていつもの彼女に戻ってしまった。


「大丈夫、とは?」

「だって、ここ最近ずっと部屋に閉じこもってたから……。体の調子は大丈夫?」

「お姉さま。お言葉ですが、ご自分がこれからどういう事になるかお分かりになっていらっしゃらないのですか?」

「そんなの心配ないわ。きっと私なら生きていけます」

「っ、どこにそんな自信が――」


 このまま説教モードになってしまいそうな気配を察知して、慌てて「それよりも」と話題を変えることにした。

 幸い、マリーも説教をする気分ではなかったのか、言葉を止めると「なにか」と短く答えてくれた。


「本当に大丈夫? 顔色が悪いわ、マリー」

「……大丈夫よ、お姉さま。あれから数日体調が悪かっただけで、今の私は健康です」

「そう、ならよかったわ。あなたが無事で」


 私がそう言うと、マリーはまた顔をしかめてしまった。「どうしたの?」と聞いても「いえ……」と言ってはぐらかされてしまう。

 よほど聞かれたくないことなのだろう。そうなってしまうともう聞き出すのはあきらめるしかなさそうだった。

 なにか話題を振るべきだろうかと思っていると、マリーが口を開いた。


「お姉さま、何か言い残していくことはありますか?」

「私が?」

「ええ、お父様……は、あそこにいらっしゃるので直接言えるでしょうが。弟にでも、お母様にでも。恨み言の一つでもいいたくなるのではないかと」

「そんな、私は……」


 何か言い残すことはあるかと念押しされてしまうと、何かなかっただろかと不安になってしまう。

 たしかに、このまま今生の別れになるかもしれないと考えると、色々やり残したことも、言い残したことも思い浮かぶのだけど……。

 私は、その一つでもある妹を見る。

 ずっと一緒に暮らしてきて、私よりもずっと貴族らしく生きている、マリーの事を。

 私が黙ってみてしまっていたのが気に食わなかったのか。マリーにぷいと視線をそらされてしまう。それもこれからみられなくなるのかと思うと、少し寂しいものだった。

 ふと、視線を下げるとマリーが自分の手を握っているのが目に入った。

 彼女の手は何かを怖がるかのように震えていて、つい先日、私がお父様を前にしたときの様に手をぎゅっと握って震えを抑えようとしているのが見えてしまった。

 せめて、マリーに何か残せるものが無いだろうか。

 一つだけ、とてもずるいかもしれないけれど、彼女に持っていてほしいものがあったのを思い出した。


「……思い出したわ。ちょっと待ってて」

「え? あ、お姉さま!」


 急いで私は自分の寝室へと戻ることにした。


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