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2‐2


 お父様はご自分の書斎でお待ちになっている、と執事に連れられて、私はいつも通りスズランを引き連れて、重い足取りでお父様の部屋に向かっていました。

 普段も長く感じる廊下は、気が遠くなってしまいそうなほど長く感じてしまうのは気後れからだろうか。それとも緊張ゆえだろうか。

 吐き気すらしてきてしまいそうだった。

 いつの間にか口元に手を押さえてしまっていて、どれほど緊張しているのだろうか。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 ついてきてくれていたスズランがそう声をかけてくれた。

 彼女の問いに大丈夫とだけ答える。

 そんなやりとりを数回繰り返していると、すぐにお父様の書斎についてしまう。

 緊張しながらも、お父様の部屋の前に立ち、二度三度、と深呼吸をしていると、執事がドアにノックした。


「旦那様。ルナお嬢様をお連れ致しました」

「入れ」


 ドアの奥からお父様の声がして、執事たちがドアを開けると、そこにはいつもしっかりとしているお父様の姿があった。


「来たか。すまない、お前たちは席を外してくれ」


 お父様がそう言うと、執事とお世話係であるスズランは多少戸惑いながらも、部屋を後にする。世話係であるあの子は最後まで心配そうに私の事を見ていたのが印象に残る。

 再びお父様に向きなおると、いつも厳しいお顔にいつも以上にしわが刻まれ、口を真一文字に結んでいた。

 何を言われるのだろうかと不安に思っていると、お父様が「さて」と口を開いた。


「まず、お前に言わなければならないことがある」

「はい、覚悟しています」


 ああ、やっぱりお怒りになられているのだ。

 どんな言葉でも、しっかりと受け止めよう。そう思い、ぎゅっと前で組んだ手に力を籠め、お父様のお言葉に備える。

 すると、突然お父様が姿勢を正したかと思うと、大きく頭をおさげになってしまわれた。


「今まですまなかった、ルナ」


 普段、教育に厳しくお母様以上に厳格であるお父様の姿に虚をつかれてしまい、声を出せずにいると、かすかに見えるお父様の表情が相当に険しいということに気が付いて困惑する。


「お、お父様、頭を上げてください。気にしていませんから」

「そう言うわけにはいかないんだ、ルナ」


 断固としたお父様の態度にただならぬものを感じ、出そうとした言葉が喉から出てくることは無かった。


「本来ならば、あの場ですぐに諫めるべきだった事柄。それを手出しもできずにただ見守るしかできなかった父を許してほしい」

「ゆ、許すも何も、私はお父様の事を少しも恨んでいません。それどころか、今少し整理ができていなくて何が何だか……」


 幾ら身内とはいえ、一族の長ともいえる地位に居るものがそうやすやすと頭を下げられてしまったのでは、威厳というものがあるものではなくなってしまう。

 なによりもお父様は家柄と権力を何よりも尊重し、らしくあれと口が酸っぱくなるほど言葉にする父親だった。

 混乱するな、という方が無理な話だ。

 しかし、お父様は頭をお上げにはならなかった。どころかより一層深く頭を下げると、言葉を続ける。


「今回の件。お前の処置が我が国での身分と権利のはく奪。そして、後日、迎えに来る兵士をつけて国境付近への追放が決まってしまった」


 あまりの内容に、絶句した。

 お父様が口にした内容を要約すれば、後日迎えによこす馬車に一人で乗って、その場所で生き延びろと言っているに他ならない。

 外の世界は魔物と魔獣だらけだ。そのような場所に私のような人間が放り出されてしまえばどうなるかなど、考えるまでもない。

 しかし、それよりも私は気になることがあった。


「そんな……っ、お父様。お父様たちは大丈夫なの?」


 事が事なだけに、もしかしたらお父様の身分すらもはく奪されてしまうのではないか。そう考えた私は一番にそう聞いてしまっていた。

 しかし、私の心配をすぐに察したのか、お父様はお顔を上げると力強く頷いて私の肩に手を置かれた。


「そちらは心配するな。妻も、息子も。それにマリーだって無事だ。今回の件、私が手ずからお前を送り出すことで、宰相閣下は許してくださった」


 お父様の言葉に詰まっていた息が胸から流れ出た。

 ここまで安堵したのは、幼いころに閉じ込められてしまった暗室から、誰かが救い出してくれた時以来だった。

 しかし、お父様は別の心配事があったのか、悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。


「だが……。こうなると分かっていれば、普段からもっとお前たちに接しておくべきだった。恥ずかしいと思っていた自分が罪深いとすら思う。すまない、ルナ……」


 しおらしい態度をとられたお父様に再び驚かされてしまう。

 お父様はいつもお家のことなどに興味はなく、公務ばかりで家族を顧みない方だと思っていたからだ。だけれど、こうして、目の前で肩入れをしてやりたかったと、そのうえもっと接してやるべきだったと、プライドの高かったお父様に頭を下げてまで言葉にされると、本当は家族の事を気にかけていたのだという実感が湧いてしまう。

 それだけで少し胸が熱くなって、私の味方ができないというお父様は、本当に義理堅い方なのだな、と再確認できた。

 自分の身がどうなるかというのは確かに気になることだったのだが、厳しかったお父様がそう思っていると分かっただけでも、不安がどんどんと薄れていった。

 お母様から教えられたように、私はピンと、背筋をちゃんと伸ばす。


「ええ、お気になさらないでください。曲がりなりにも公爵家に生まれた長女ですもの。これは不敬なことかもしれませんが、仮に今回の件が仕組まれたことだったとしても、お父様が口を出すわけにはいかないと、ちゃんと把握しています」

「ルナ……。しかし、私はお前を守ってやることすらできそうにないのだぞ」

「ふふ、駄目ですよ、お父様。娘可愛さに家を捨てた、などと言ったらそれこそ公爵の名が廃れてしまいますわ。それに……」


 私はあの時から部屋を出てこないマリーが居るはずの方を向いた。

 あの日、私が反逆者としての汚名を進言されてしまった時から、妹は部屋から出てこなくなってしまっていたのだ。

 よほど公爵家の娘として恥ずかしいと思ったのだろう、それについては私はもう口を出すことさえできそうになかった。

 マリーはこれから公爵家の長女、問うことになってしまうのだろう。ついぞ、マリーにだけは苦労を掛け続けてしまっていたなと思うと、心苦しくはあるのだが、もう彼女と話すことも無いのかと思うと、少しだけ、寂しくなってしまう。


「妹たちの事、お願いしますわ、お父様」


 私はそれだけ伝えて部屋を後にすることにした。



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