第二節「何処に着く」
あれよあれよと事態が進んでしまい、問題の中心となってしまっている私には発言権が与えられる機会はほとんどなく、気が付いたときにはもう収拾がつかないほど大騒ぎになってしまった後でした。
結局、その場は流れてしまうことになり、私の扱いは保留。この後どうなるかは王家の方々に任せられることになっていた。
世の中、魔法という不思議なもの以上に不思議なことはあるようで……。
ぼうっと生き続けてきた報い、なのかもしれない。
* * *
あれから私はその足で領地へと戻り、処分は追って伝えるという言葉を受け、実家の自室で王家の判断をじっくりと待つほかない状況に陥っていた。
自室のテーブルでどうなるかと気をもんでいると、お茶を淹れてくれていたスズランが急に「お嬢様!」と声を上げる。
「ど、どうしたの、スズラン」
「今回の件。きっと他の貴族の策略に違いありません!」
誰に聞かれているかもわからないのに、彼女はそう言った。
本当に私のことを心配してくれているのだろう。それこそ、こんな事態になってもなお「私はご主人様のメイドです。契約上は旦那様にお仕えしている身ですが、私の主人はご主人様なのです」と言ってくれて、私の近くに居続けてくれているのだ。
こんな時だが、彼女がこうしてここに居てくれるのはとてもありがたいし、安心が出来ることだった。
そんな彼女がそんな不穏なことを言ったので、慌てて周囲に誰もいないのかを確認してしまう。誰かが見えるわけがなかった。
「めったなことを言うものじゃないわ、スズラン。もし誰かに聞かれてたりしたら、あなたが辞めさせられてしまうかもしれないのに」
「いいえ、言わせてもらいます。今回の件は、きっとそうに違いありません! ご主人様はただでさえぼうっとしてらっしゃるのですから、付け入るスキなどそれこそ山のようにありますので」
彼女はどこか誇らしげに、そして胸を張ってそう言いました。
本来なら、無礼者、と叫んで、彼女の首が飛ぶようにするのかもしれないが、彼女の言っていることに反論ができない私は黙ったまま彼女が淹れてくれたお茶に口をつけた。
元々答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう、彼女はそのまま言葉を続けた。
「ルナお嬢様……。これから、どういたしましょうか」
「どうと言われても。なるようになる、としか……」
「ご主人様、お言葉ですが、他の方に相談とかされなくてもよろしいのですか? 肝が据わっているのは大変よろしいのですが、時と場合というものがおありになります。可愛げがありませんわ」
「そんな叔母様みたいなことを……。そうは言われても、誰にこのことを相談すればいいかなんてわからないし……」
「たくさんいらっしゃるでしょう。ほら、例えば、妹のマリー様ですとか」
彼女の言葉に、マリーの事を思い出してみる。
スズランが名前を出した、マリー=ルイーズは、私の妹の名前だった。公爵家の二女として生まれ、身内ということを差し引いても、彼女は美しく、人一倍努力をしている子だと私は思っている。最近まで庭を駆けずり回ってしまっていた私なんかよりも、よっぽど彼女の方が公爵家として正しい姿をしているのだろう。
確かに、彼女ほど広い見識と社会性があれば、たくさんの人に話を聞くことはできるかもしれない。
しかし、私は首を振った。
「あの子は、駄目なんじゃないかなって」
「理由をお聞かせいただいても?」
「あの子は私の事が好きじゃないでしょ? それに、あの舞踏会は私だけじゃなくて、彼女のお披露目に近い場だったのに、私が乱してしまったもの。その元凶があの子に相談なんてしたら、怒られてしまうかもしれないわ」
「そ、そうですか? お言葉ですが、マリー様はそのように思ってはいらっしゃらないと思うのですが」
「そう見えるのだったら、妹にも優しくしてさしあげて。あの子傷つきやすい子だから。今頃あなたの事を誤解してるわ」
マリーが傷つきやすいという証拠に、彼女はあの事件以来部屋に引きこもって出てこなくなってしまっている。正直、体調を崩していないかの方が心配でしょうがない。
私がそんなことを考えていると、スズランはまだあきらめていないのか考えを巡らせているようだった。
「うぐぅ……。で、では旦那様に言伝を!」
「ふふっ、お父様は公爵家として態度を緩めるはずがありませんもの。ただでさえ私の素行に渋いお顔をするのよ? 今回の事だって、お父様はきっと渋いお顔をなさるわ」
事が事なので渋い顔どころではないかもしれないが、それは私が怖いので目をそらすことにした。
「そんな、ルナお嬢様。諦めるにはまだ早いかと」
「どうもこうも。なにも出て行けと決まったわけじゃあるまいに、心配することなんてないわ。もしかすれば天命が回ってくるかもしれないわ。大丈夫よ」
「お嬢様……」
そんなことをスズランと話していると、部屋の中にノックの音が響いてきた。
「ルナお嬢様。突然失礼いたします」
ドアを挟んではいるものの、その声は間違いなくお父様に仕えている老執事の声で、彼が動くときはたいていお父様がらみの事だった。
――しかし、いったい何があるというのでしょう?
思考したまま固まってしまっていると、「お嬢様?」と背後に控えていたスズランに声を掛けられて現実に引き戻される。
「わっ、は、はい。どうかしましたか?」
「旦那様がお呼びになっております」
「お、父さまが?」
「これからお嬢様がどうなるのか。そして、そのことを直接伝えたいと、旦那様はおっしゃられていました」
執事の言葉に自分の顔から血の気がサッと引いて行くのが分かった。
倒れこそしなかったものの、これからどんなことを言われてしまうのかを考えただけで気が遠くなってしまいそうなほどだった。
ぐるぐるとどうするべきかの考えが頭の中には浮かんで、すぐに自分でそれを却下することを数度繰り返して、ようやく口が動いてくれた。
「あ、えっと。はい、わかりました。すぐに行きます」
気が重くなる中、しずしずとお父様の部屋へと向かうことにした。