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第一節「レディ・ルナ」


 ふと、気が付くと、私は見覚えのない裏庭の木陰で、地面を見つめていた。

 あたりを見回してみると、すぐ近くにはお屋敷の壁と思われる壁があって、自分はその近くにある木陰に入るようにしているようだった。

 地面には青々とした芝が生い茂っていて、泥や埃で汚れてしまわないようにと芝がある位置まで移動していたことをおぼろげな記憶の中で思い出した。

 念のために自分のドレスに目を向けてみるが、泥や草の汚れと思われるものは一切ついていなかった。

 気温は雪が降ってくる季節が近いからだろう、少し肌寒いかもしれない。まだ日が高いからここは暖かいが、気を抜けばぐんと気温が下がって来るだろう。

 何をしていたのか、とまだ遅い頭の回転させると、暖かな日差しの中、うつらうつらとしながら過去を思い返していたのだと思い出して、懐かしい思いが胸いっぱいに広がった。

 しかし、泥だらけになりながらお屋敷の中を探検していたのは、女性として見てみるとなかなかにはしたないことだったし、あの時を知っている人物にはずいぶん恥ずかしいことも口にしたような覚えもある。

 それらを同時に思い出してしまって、懐かしいと同時に顔も熱くなってしまう。

 なので、今日の舞踏会ではできるだけ控えよう決意を硬くする。


「普段通りではない姿を見せてしまうのは心苦しいけど、さすがに舞踏会であんなことをするわけにはいかないものね」


 一人で気恥ずかしくなっていると、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「お嬢様! ルナお嬢様はどこにおられますか?」


 その声は私の世話係だった“スズラン”というメイドの声で、幼いころ――それこそ、私がお転婆姫様と呼ばれていたころから、私の面倒を見てくれている年の近いメイドの声だった。

 彼女は私のお世話係の一人で、その中でも一番仲の良いメイドの一人だと、私は勝手に思っている。

 少し口が悪いとは思うが、彼女は幼いころから人見知りで、この態度を見せるのは私だけだと思うと、口が悪くても可愛いと思う。お父様たちにはあまり良い顔はされないが。

 彼女の声に耳を傾けてみると、どうやらだいぶ探し回った後だったようで、彼女の声には少しだけ疲れたような色が含まれていた。

 あまり探させていじわるをするのは良くないと思い、声をかけることにした。


「大丈夫、ここに居るわ」


 私がそう声をかけると、すぐに気が付いてくれたのか、近くから彼女の足音らしきものが近づいてきた。ほどなくして彼女が姿を見せると、すっと私の目の前に立ちふさがる。あまり埃が立たないように駆けつけたらしく、彼女自身のエプロンにも皺がほとんどできておらず、さすがだと思ってしまう。


「お嬢様! ああよかった。舞踏会が嫌になって勝手に帰ってしまったのかと」

「さ、さすがに私もそんなことしないわ、スズラン」

「本当ですか? あなたはそう言っておきながら、お茶会の真っただ中に使用人たちの目を盗んで庭の方へ逃げていたのを知っていますが」

「あれは七つの時だし、さすがに時効だと思うの」

「まあ、そのことはもう許しましょう。ですが、呆けている場合ではありませんよ! せっかく早く来たというのに、これでは早く来た意味が無くなってしまいます。ささ、早く立ち上がって。泥は……ついていませんよね」


 彼女に見せるためにすくっと立ち上がり、彼女の前で一回転して見せる。


「ふふ、私もちゃんと成長してます! できるだけつかないような場所を選びました」

「成長していると取るか、ずる賢くなってると取るかは置いて置きまして、身なりに気を遣うようになったのは満点です。ですが、今日は貴方様の婚約相手が決まるかもしれない一大事なのですよ? それなのにこんなところにいらっしゃるなんて……」


 たしかに、それはスズランの言う通りだった。お父様とお母様にこれ以上迷惑をかけるのも心苦しいし、なによりこんな姿を見られたのでは相手を見つけるどころではないと理解もしている。


「ん、分かってるわ。でも今日が最後かもしれないでしょ? 少しくらい、駄目かしら」

「もう、お嬢様ったら……。駄目ですよ」

「まあ、それはそうよね」


 彼女の厳しさはどこに居ても変わらなかった。

 がっくりしそうになっていると、彼女はまだ言葉を続ける。


「お嬢様。右肩の傷は大丈夫でいらっしゃいますか?」

「え? ああ、ええ。平気よ」


 スズランの心配している右肩を、左手で確認しながらも右手を振ってこたえた。

 私の右肩には、少し大きめの切り傷と刺し傷のような傷跡が残っていた。

 原因は……細かく覚えていない。けれど、昔していた“冒険”の途中で何か起きてしまったのだけは確かだった。

 それ以来、冒険に出る機会が少なくされてしまったのは言うまでもない。

 傷のせいで右肩を大きく動かすのが難しいとまでは言わないが、多少違和感があるのは否定できないほど大きな傷だった。なので、人前に出るときは右肩が露出しない服を選ばなければいけないので、服を選ぶときにもお母様たちが相当苦労している。

 私の様子に納得したようにスズランは頷いた。


「だいたい、お嬢様。その傷もありますし、旦那様たちも申しております通り、淑女であるのなら、むやみやたらに外へ探検やら冒険などと行くべきではないとあれほど……」

「んもう、分かったから。ほら、部屋に戻るわ、スズラン。あなたもついてきて」


 またお説教が始まってしまいそうになるのを察して、私はそそくさとそう言った。

 少しいぶかしげな表情はされてしまいながらも、私は彼女を連れて部屋に戻ることにした。

 風がざわついて、葉がこすれる音が聞こえてきた。

 視線を上に上げると、とても高い所にある木々の枝が見えて、その奥。ほとんど葉に隠れてしまっていたが、おそらく誰かの部屋なのだろう。白く塗られた窓枠が見えて、そこに誰かが立っているような気がした。


「…………」


 不思議と、そこに居た人物の目線が自分に注がれているような違和感を覚えた。しかし、どれだけ目を凝らしても、見えるのは窓枠と、その奥のカーテンだけで、人が立っているような影はどこにも見ることはできなかった。

「早くいきますよ、お嬢様」

「え? あ……」

 視線をスズランに引かれ、もう一度その場所に視線を向けるが、やはりそこには誰もいなかった。


 ――気のせい、かしら。


 首をかしげながらも私は舞踏会のために屋敷内へと戻ることにした。


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