幕間「甘い甘いお菓子の行方」
「姉さんには困ったものね。そう思うでしょ?」
蝋燭にもランプにも明かりがついていない室内。窓辺に置かれたティーテーブルの上にはスズランに入れさせた紅茶が揺れ、窓から入る月光が暗い室内を照らしていた。
暗く、私と彼女以外には人を入れていない私の私室。その部屋の窓辺に座った私は、背後に居るはずのお姉さまのメイド――スズランに声をかけた。
「何が、でしょうか。ルナお嬢様に何か問題でも?」
私の言葉が気に食わなかったのだろう。スズランはとてもとても嫌そうに口を開いて予想通りの返答をする。あまりに予想通り煩わしそうに答えるので、嗜虐心が疼いてお茶の途中だというのにくすくすと笑みをこぼしてしまいそうになる。
彼女の態度は、致し方のないことだった。
一番になついていた自分の姉であるルナお姉さまを追い出し、家の中で一番権力に近い立ち位置になった私に対して、うがった目で見るな、という方が無理な相談だろう。
それにスズランはお姉さまがどうなったのかを知る術はないのだった。ということは、私が口にしたのがルナお姉さまが問題を起こした事にたいして、文句を言ったと思うだろう。
たしかにお姉さまの忠臣だった彼女からすれば、さぞ苛立つ言葉だ。
「いいえ。そうね、あなたはお姉さまにべったりだったものね、スズラン」
「…………」
「ふふ、黙らなくてもいいのよ? 喋ることを許してあげる」
「お戯れを」
私に対して、一切心を開こうとしない彼女を見ると、ついお姉さまに感心したくなってしまう。ふと、手元に入れられているお茶に視線を落とす。香りも完璧で、色だって、葉を選んでいるのか、月明かりの下で映えるように入れられている。スズランを傍付のメイドにしてから部屋の隅から埃が立つこともほとんどなくなっていた。これほど優秀だった彼女に手を焼かせていたルナお姉さま。そして、こんな優秀なスズランが唯一心を開いていたお姉さまは、いったいどんな魔法を使ったというのだろうか。
いや、スズランがお姉さまに甘いだけ、かもしれない。
――まあ、それは私もだろうけれど。
自嘲しながらあの舞踏会の日の事を思い出した。
お姉さまが国外追放になると決まった、殿下の婚約相手を選ぶ舞踏会の日。あの日、殿下が誰をお選ぶかなんて、前々から人脈を通して知らされていたのだ。そもそも公爵家の令嬢ともなればある程度の事情を知るのに苦労はしないのだが、知らないとすれば、それこそお上の傀儡にされようとしていたお姉さまだけだろう。
ああ、使用人たちも知る由はなかったか。
そう、あの日。殿下がお選びになるのはお姉さまだった。
身分的や政略的に、ととらえれば、そう珍しいことではない。それも扱いやすく、あれだけ天然なお姉さまの事だ。言われたことはほいほいと受けてしまう妃になっただろう。しかし、お姉さまの性格では殿下の行事に引っ張りまわされでもしたら、それこそ裸足で城を抜け出して、城下や他の領地で大問題を起こすと想像に難くなかった。
それでは、殿下の誇りとお姉さまが一番傷ついてしまう。
念には念を入れて、殿下にもご協力してもらって、あの日に国外追放になるように仕組んでいて本当に良かったと思う。
私の思惑通り、お姉さまはお上の思う通りにもならず、殿下もお上に一石を投じられたので、お互いに言うことは無いだろう。殿下はお姉さまがかわいそうだと意気消沈なされていたが、忙しく鳴れば元気になるだろう。昔からそう言うお方だ。婚約の相手は、殿下が申し訳ないと親に公言してしまったばっかりになし崩し的に私ということになってしまったが、お姉さまよりはうまく立ち回れるだろう。知らない中ではないのが幸いだった。
しかし……。
――お姉さまはうまくやれているのかしら。
あの辺境伯とお姉さまが婚約の約束をするに至らないまでも、お互い思い合っていたのは十分に知っている。
運がよければ、お姉さまは昔の約束を果たせることになるだろう。そうでなければわざわざあそこに放り出すように手配したのが無駄になってしまう。
しかし、どうやって彼女たちの現状を知ればよいだろうか。
どうするかと考えあぐねていると、指先で遊ばせていた、お姉さまの指輪があると思い出した。
スズランに渡せばいいものを、お姉さまは何を思ったのか私にお預けになった件の指輪。それがどんなものかは幼いころのお姉さまに聞いたことがある。
あの辺境伯に分かれる際にもらった、約束の指輪。
――ああ、よいことを思いついたわ。
我ながら、悪い笑顔になりそうなのをぐっとこらえ「ねえ、スズラン」と声をかける。
「これ、なにかわかるかしら」
そう口にして彼女に見えるようにティーテーブルの上に隠し持っていた物を置く。
「それは――! マリーお嬢様。それをどうなさるおつもりですか?」
明らかに過剰に、そして動揺した気配が背後から伝わってきて、からかいがいのある子だとお姉さまをうらやましく思った。
家のメイドはここまで良い反応を返してくれないだろう。メイドとしてはそちらが正解で、お姉さまの事が色々な意味で羨ましい。
「そうだ。ねえ、スズラン」
背後で聞いている彼女に対して振り返り、見えるか分からない笑みを浮かべた。
「この指輪、お姉さまに届けてみる?」
怒りに燃えるスズランの表情と、指先。そして、動揺と困惑の色が浮かび上がって、暗闇に消えていった。




