第七節「棚の中で思い出に」
カレンと和解した数分後くらいだろうか。
メリッサの話では、ジャンが自分の部屋に閉じこもってしまっていると言っていたので、彼に直接会うために私は彼の寝室を訪れていた。
今回の事もそうだったけれど、今の今まで私に声を掛けようとしなかった彼の性格からして、きっとまだ部屋に閉じこもっているのだろう。
部屋のドアは鍵こそ開けてはあるものの、中の様子をうかがうことはできなかった。
「旦那様、今お部屋に居ますか?」
ドアをノックしてからそう声をかけて、そっとドアに耳をつける。すると、中から布をはがす音とコトンという小さな物音がして、それから返事も無く静かになってしまった。
周りをしっかりと見て、誰もいないことを確認してから、音がしないようにそっとドアを開ける。そして、出来るだけ人目に触れてしまわないように部屋の中に身を滑り込ませた。
本来ならば、返事がないときは部屋に入るべきではないのだが、昔の彼の様子から察するに、このまま放っておけば、それこそ私がこの屋敷を出て行かない限り、出てこなくなってしまうだろう。
カチャン、と小気味の良い音が聞こえてドアが閉まる音が聞こえてきて、部屋の中はシンと静まり返った。
「ジャン? どこにいるの?」
声を潜めながらそう聞いてみるが、やはりというべきか返事が返ってくることは無かった。
しばし考え、部屋の中央にあるベッドに近づいてから、手をすっとシーツの中に突っこんでみる。
手先にはシーツの滑らかな感触とともに、ほのかな温かさが伝わってきて、先ほどまで誰かが寝ていたことを教えてくれた。
これはスズランに教えてもらったお転婆姫を見つけ出す方法の一つだとかで、覚えることさえできれば、どの程度の時間離れていたのかが分かるらしい。
先ほどの慌てたような音も踏まえて考えれば、ジャンがこの寝床を離れてからそれほど時間は立っていない、という事だろう。
続けてバルコニーに続いているはずの窓を見る。私が小さいころに何度も使っていたように、柵に何かついているわけではないし、さすがにそこから降りるにしても、亜人である彼でも音をさせずに降りるのはまず不可能だろう。
この部屋にほかに隠れるところと言ったら……。
暫し黙り込んで、ふと、視線が奥行きのある棚の方へと向かった。
そういえば、この前部屋を掃除した時に、この家具の棚が外れて中にクッションが置かれていなかっただろうか。
あれがもし、あの棚に人が入るために用意されていたのだとすれば、誰かからも隠れて、潜んでいることはできるだろう。あの棚の奥行きはそれこそ目立つほど大きかったのだ。
音をたてないようにこっそりと近づいてみる。
相変わらず棚の奥行きに違和感を覚えるほど棚は奥が深く、こうしてそろそろ夜になってしまうだろう時間になっても、その存在感を隠すことは難しかった。
そっと屈んで、下の段の左の戸に手をかけて、スライドさせてみると、そこには寝間着を纏ったままのなにか――言わずもがな、ジャンが膝を抱えて入り込んでしまっていた。
いつもは毅然とした態度をとっていたはずのジャンが、小さく身を縮めて棚の中に入り込んでいるのを見ると、まるで悪戯を怒られた子供がそこにいるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
しかし、そこにあるのは紛れもなく、大人になったジャンの姿だった。
どうやら、この棚は彼がこうして引きこもるために作られたもののようで、だから下には棚板が付けられていなかったらしい。
私が戸を開けて、暗かった棚の中に光が入ったからだろう。驚いた顔で彼が私の事を見上げ、彼の人間ではありえない縦の瞳孔が一気に狭くなるのが見えた。
「ふふ、旦那様、見っけ」
声をかけて私に見られたということに気が付いたのか、慌てたように腕をクロスさせて私と顔の間に滑り込ませていた。
何も隠せていなかったけれど、言わない方が彼のためだろう。
「っ、み、見るな。……見ないでくれ」
「ごめんなさい、旦那様。失礼は承知でしたけど、旦那様――こっちのジャンとちゃんとお話をしたかったの」
「……ルナから、話があるのかい?」
「ええ。私から。ダメ?」
「……分かった。だけど、すまない。すぐに出るから、少し待ってくれ」
話を聞くことを了承はしてくれたけど、彼はそう言って深く頭を潜り込ませてしまった。
彼の言う通りに待っていたら、きっと数日は後の事になってしまうだろうし、すぐに何のことかとはぐらかしてしまうだろう。
やはり、それも魅力的だし、彼のやろうとしていることも正解だと思う。
だけど、自己満足かもしれないけれど、私は彼と昔の様にお話がしたいのだ。今の関係のまま過ごすのは、お互いにとってつら過ぎる。
何としてでも、今彼と話をしなければいけない。
しかし、このまま引っ張り出そうとしたのでは、きっと私は彼を引っ張り出すことはできない。彼は男性だし、亜人なのだ。どう頑張っても本気で抵抗されたのでは勝ち目がない。
そう考えて、私は強硬手段に出ることにした。
一度戸を閉めて、深呼吸をしてから向かって右側の戸を開いた。
「え?」
戸を開くのと同時に、中からきょとんとした声が聞こえて、一瞬彼の隣に入るのを躊躇してしまう。
本当に、この先に進んでいいのか、という考えが脳裏をよぎってしまったのだ。
あの時とは何もかもが違うというのもあったし、何より相応の年月を経てしまったのだ。彼も私も大人になってしまっていたし、彼がそれを望んでいるとも限らない。
しかし、奥から聞こえてきた「る、ルナ? どうかしたの?」という、どこか力ない声が聞こえてきた。
それは、昔彼を屋敷から引っ張り出した時と同じ感情を感じた。
思い出の中にある、彼と遊んだ記憶。昔から部屋に閉じこもって、本が友達と言わんばかりに過ごしていた彼の部屋に忍び込んだ時にも、彼は同じ言葉を口にしたのを思い出した。
あの時からは大人になってしまった、彼の声色。
その声色が、私の背中を押してくれた。
思い切って戸棚の中に潜り込んでから、体を回転させる。
中は思っていたよりも広く奥行きもあり、大暴れさえしなければ人が二人入っても中で向きを変える余裕があるほどで、少し感心してしまう。 それこそ、私よりも背の大きいはずの彼が蹲っていても痛そうな様子を見せないほど、この空間は広かったようだ。
そして、彼の顔が見えるようにほんの少しだけ隙間を残して閉めてしまうことにした。
無事に中には居れたことに一息ついて、隣位に居るはずの彼を見る。
「思ったよりも広いのね、ここ」
私がそう言うと、ようやく彼も何が起きたのかを理解したのか、先ほどよりもさらに慌てた様子で私の腕をつかもうとしたり、すぐに引っ込めたりと、挙動不審ともいえる動作を繰り返していた。
好きな彼の動揺がすぐそこにあって、私は安心した。
「ちょ、待っ、ルナ、君は何を!」
「あはっ、たまには攻めてみようって思って」
「せ、攻める?」
「引きこもってしまっている旦那様にエールを送ろうと。いけませんか?」
「…………」
ジャンは黙り込んでしまって、否定も肯定もしなかった。彼はいまだに押されるこ都に弱いんだなと分かってクスッとしてしまう。
何と話していいか分からないのか、彼は何も言わずに壁を見つめて黙り込んでしまっていた。
私も彼に倣って黙ってじっと壁を見つめて見る。
鼻先に、木材の香りと、いつも使っている石鹸の匂いが漂ってきた。
すぐ目の前にはカリン材の壁が広がっていて、傍らに壁があることもあって心が落ち着いて行くのが分かる。昔はまったくわからなかったけれど、こうして中に入ってじっとしているのも少しだけわかるような気がする。
「ここ、落ち着くのね」
「……うん」
「旦那様は、いつもここに居たの?」
「いつもは居なかった。でも、昔から嫌なことがあるとここに入る。元々誰も来なかったし、来ても探そうとする人はいなかったから」
「それは、どれくらい昔からなの?」
「ん、ずっと。子供のころからだよ。本家から持ってきたから、たぶんメリッサは以外は知らない。君にはばれてしまったけど」
「ふふ、好奇心の勝ちね――。ねえ、旦那様」
「ん」
「嫌な事って、何か聞いてもいいかしら」
「それは……」
私がそう聞くと、彼はあからさまに困惑した様子で言葉を返してきた。私から聞かれると想定していなかったのだと思う。
だから、私の方から聞くことにした。
「もしかして、私の事?」
そう言ってみると、彼は明らかに動揺して見せて、私の顔を見るとすぐにうなずいた。
「……ああ。君をあんな目に合わせてしまうなんて、自分の管理者としての責任が無いんだって思ってしまって」
「そんなことで?」
「そんなことじゃない。だって、君を雇うって言ったのは僕なんだ。それなのに雇ってから一月で危険な目にさらしてしまって、しかもこんな真冬に裏庭の小屋なんかで。もしかしたら死んでしまっていたかもしれないのに……」
言葉が尻すぼみになってしまっていった彼の方を見ると、深く頭を潜り込ませてしまうのが見えた。声に震えが混じっていたので、もしかしたら責任感に押しつぶされてしまいそうになって泣きそうになっているのかもしれない。
――そう言うところは昔のままなんだ。
そう思うと、自然と口元が緩んでしまう。
「あはっ、やっぱり幼い頃みたいに泣き虫さんなのね」
私がそう言うと、彼は明らかに動揺したしぐさを見せようとして、ゴツン、と鈍い音がして、彼は頭を抱え込んだ。
どうやら私の言葉に思いっきり動揺してしまったらしく、思っていたよりもずっと痛そうな音が聞こえてきてしまって、彼の怪我がないか心配になって手を彼の方へ伸ばしてしまう。
「だ、大丈夫?」
「っ……。い、いい。大丈夫だから。今はとりあえず触らないでくれ」
そのまま彼は蹲るようにして足を抱え込んでしまったので、手を引っ込めることにした。
蹲ってしまった彼を見て、どうしようという不安が私の中に巡ってしまう。
――こ、このままここに居る方がいいのかしら。それとも怪我をしてしまった時のことを考えて治療できるものを探しに行く方が。
そんな風に考えてしまい、おろおろしそうになっていると、彼も痛みが落ち着いてきたのか、私の方を上目遣いに様子をうかがってくるのが見えた。
すぐに彼も私が見てることに気が付いたのか、ばつが悪そうに視線を外した。
「その……。覚えてたんだ」
「正直に言えば、忘れてたわ……というか、あのジャンがあなたなんて思わなかったわ。こんなに格好良くなってるなんて思わなかったもの」
「そ、そう?」
「あはっ、でも安心したわ。やっぱり昔と同じで、優しいんだって。それに、覚えていてくれたんだって思うと、やっぱり嬉しいもの。私はジャンの顔も忘れてしまった薄情者だけど……。あの時の指輪もちゃんと取ってあるのよ?」
本当は彼に会った時に思い出すべきだったのだ。
彼とは幼いころたくさん遊んだ記憶がある。引っ込み事案に見えた彼を連れ出して、彼の実家で庭を駆けずり回ったことも、庭で遊んでいたら暗い場所に迷い込んでしまって、それを彼に助けてもらったことも。
全部彼と一緒に遊んだ記憶で、彼はウィルカニスという他にはない特徴があったのだ。
それさえ覚えていれば、すぐにでも彼があのジャンだということは分かっただろう。
しかし、彼は苦笑にも見える笑いを返すと、すぐに言葉を続けた。
「無理もないよ。君はそう言う人だから」
「……忘れっぽい薄情者ってこと?」
「ご、ごめんそう言うつもりじゃなくて。……ただ、君はみんなと仲が良くて亜人を差別しないってこと」
「そう、だったかしら」
正直、昔は色んな人の家に挨拶に行って遊び倒しながら帰ったものだから、煙たがられたことも多かったし、差別にしたって子供のころからお茶会が苦手だったので、受け入れてくれるこの方が少なかった。誰にも同じ接し方をしたのは覚えているけれど、あれは果たして仲が良いと言えたのだろうか。
それこそ、笑顔でついてきてくれていたのは彼を含めて数人しか居なかった。
私がそんな風に思っていると、彼も懐かしそうに笑った。
「亜人を差別する人はそれこそたくさんいる。この国にだって亜人のことを理解してくれる人間は少ないんだ。メリッサだって、最初は嫌な顔をしてた」
「そう、なの?」
「うん。カレンやメリッサだって、ここに居てくれているのは奇跡だと思ってるよ」
「でも、あの二人はあなたが優しいって知ってるわ。だからここに居るんでしょ?」
「ん……」
「亜人差別がどうこう、なんて私にはわからないもの。だって、私がそうしたいからそうしただけ。相手がたとえどんな相手だったとしても、私はちゃんと相手を見てあげたいもの」
「ルナ……」
「それに、閉じ込められた事だってあなたが悩む必要はないわ。だって、私が悪いんだもの。犯人も知ってるけど、私は責めるつもりは一切ないし」
「もう、会って来たのか?」
「ええ。今回のは私が原因。その犯人さんだって、自分が悪いって認めてくれたもの」
「そんな危険なことを、君はやって来たのか。怪我をしたら――!」
大声を出そうとした彼の口元を慌てて手を使ってふさぐ。のしかかるような形になってしまったけれど、何とか言葉を止めることには成功した。
「心配をしてくれるのは嬉しいけど、大丈夫。それでも心配なら、今度からはあなたに相談する。それでいい?」
ゆっくりと彼の口元から手を離すと、コクコクと黙ったまま頷いた。
すると、まだ驚いているのか耳が立ってしまいっている彼に、少しきゅんとしてしまいそうになりながらもなんとか平静を保つ。こんな彼の姿を見れてしまって役得という気持ちと、カレンに対しての罪悪感が増してしまいそうだったから、彼からはすぐに離れた。
「だから、メリッサから報告されて犯人が分かっても、責めないで上げて。相手の人なりに色々考えてくれてたの」
「……分かった。君がそう言うのなら、僕はこの件については口出ししない。誓うよ」
「ありがとう、ジャン」
彼自身はまだ不満そうだったけれど、渋々と言った様子で頷いてくれて、ほっと胸をなでおろした。これでカレンが追い出されてしまうことは無いはずだ。
これで一件落着かと思っていたが、ふと彼は目を細めてしまったかと思うと「怒らないんだね、君は」とつぶやいた。
「怒らないって、どれのこと?」
「ああ、ごめん。僕が過去を知っていたのに、黙って君を雇ったこと」
彼の言葉がいまいち上手く呑み込めず、考え込んでしまう。
今の発言からすると、ジャンは昔から私の事をずっと覚えていてくれた。そのうえで私を雇ったことを怒っていないのか、と聞いたらしい。
たしかに、それで貶められたというのであれば、私は彼に怒らなければいけないが、現状では、彼に命を助けられたも同義だ。
最初に出会った時のメリッサの言う通り、私が着の身着のままで町に行ってしまったとしたら、悪い人たちに騙されて、今頃娼婦にさせられていたかもしれないのだ。それを考えれば、私は彼を責める必要なんてないし、むしろ彼に口にはできないようなことを強要されたって何も言えないと言ってもいい。
やはり、彼が悔いることなんてないと思ってしまう。
「えっと、それは怒る必要があるの?」
「だって、僕は今まで君の事を放って置いてしまったんだ。それなのに、君が国外追放になると知ったとたん探し回って、あんな場所に捨てられた君に対して、付け入るように自分のメイドにするなんて罪悪感で潰れてしまいそうで」
そう言ってがくがくと震える姿を見て苦笑する。
彼の考え方自体はネガティブすぎて、多少なりとも面倒だと思う人も多いだろう。
だけど、私が身分を剥奪されて、国外追放になる事情を知っているのに、私を拾ってくれた。それはとても勇気のある決断だと思うし、何もできなかった私に比べれば行動力もある。それこそ、私の中にある恋の火種を燃やしてくれるには十分なほど眩しい行為だ。
なによりネガティブとは言っても、貴族の人たちのような満ち溢れる自信を持たれてしまうと、彼らに合わせなければいけなくなってこちらが疲れてしまう。
少し自信がないくらいが丁度いいのだ。しかし、このままうじうじとされてしまっていてはお仕事が無くなってしまう。だから、彼には出てきてもらわないといけない。
――さて、どうやって彼を引っ張り出そうかしら。
こうしてふさぎ込んでしまっている彼を見ると、まるで昔に戻ったみたいに思えてしまって、彼には悪いけれどとてもわくわくとしてしまう。
「ねえ、ジャン」
「ん……」
「傍仕えって、何をすればいいのかしら」
私がそう聞くと、彼は当然噴き出してむせてしまう。慌てて彼の背中をさすろうとして、大丈夫と言われてしまった。数度せき込んでから落ち着いたのか、彼は驚いた表情のままこちらに振り返ってくれる。
「ご、ごめん。どうして急にそんなことを?」
「ふふ、だってあなたが言ったのよ? 私を傍仕えにしたいって」
「それは、そうだけど……」
彼はそう言って、また壁の方を見てしまった。
煮え切らない様子の彼を待とうと、膝を抱えてその上に頭をのせて見る。真剣に悩んでいるのだろう表情で壁を見続けていて、絵面は面白いけれど真剣に質問に答えようとしてくれている彼はやはり格好がいい。
どれほど待っただろうか。彼は静かに私の方を見ると口を開いた。
「君は……、ルナは、それでいいの?」
「あら、どうして?」
「だって、君はもともと貴族で、それに公爵家の娘だったんだ。こんな……、色んな意味で辺境伯の僕の下でメイドとして暮らすなんて、ルナは耐えられる?」
「あはっ、いまさらじゃない、ジャン。それに耐えられるか、なんて心配しないで大丈夫よ。私はメイドとしてのここでの暮らし。とっても好きだから」
「本当に?」
「ええ。だって、カレンにメリッサ。たくさんのメイドたちは良くしてくれて、それに幼馴染のジャン、あなただっている。指輪は……今はないけれど……。それでもあなたと一緒に居られるもの。これ以上に幸せな事なんてないわ」
「そ、そうか」
照れたように彼は手で口元を隠してそっぽを向いた。しかし、尻尾が揺れてしまっていて喜んでいるのが丸わかりだった。
「だから、どうすればいいのか教えてくださいな、ご主人様。私、あなたの言う傍仕えってものになってみたいの」
「傍仕えって言うのは……」
「言うのは?」
「僕と一緒に書き仕事をしたり、メイドの世話をしたり……」
「それから?」
「……僕と、一緒に暮らしてほしいかな、って」
「ふふ、なにそれ。今でもやってるわ」
「そう、だね」
なんだかおかしくて、お互いの顔を見合って笑い合ってしまう。お互いに笑い疲れた後。ふと、その光景を夢想する。もし、そうなれたとしら、彼の傍に。それこそ、カレンが羨んだように、彼の隣にいられるのだろうか。
暗くて狭い、戸棚の中。彼の短く黒い髪の毛がすぐ近くに見えた。嬉しそうにゆれる、耳と尻尾を。
しばらく見つめていると、困ったように笑って「どうかした?」と聞かれてしまった。
「ううん、なんでもないわ。ねえ、もし、もしもの話よ。もし、そうなれたとしたら……とても素敵なことだと思うの」
「僕も素敵だと思うよ。でも、そうなるためのメリッサの訓練は厳しいだろうね」
「ふふ、頑張らなきゃいけないわね」
「それまでここに居てくれるの?」
「出て行くなんて一言も行ってないもの。出て行ってほしい?」
「……出て行くの?」
「もう、いきなり心配そうな顔をしないで。大丈夫。今の私はもう行くところなんてないわ。冒険したくても、私一人じゃ身に余るもの」
「そ、そっか」
「うん、一人じゃ難しいの。だから――」
私はそう言って、目の前を見る。
そこには棚の戸があって、左の方には隙間明かりが見えた。
「ねえ、ジャン。私が傍仕えになるまで。私を助けてくれる?」
「……もちろん。君を拾ったのは僕だからね。責任は取らないと」
「あはっ、ありがとう。それじゃあ、これからも私を助けて頂戴。素敵なご主人様」
そう言って、私は彼の手を取って少しだけ開いている戸の隙間に指を差し込んだ。
昔、彼を引っ張りまわして、あの庭を駆けずり回った時の様に。
私は彼を外の世界に連れ出すのだった。
小説一冊分のお話はおそらくこの辺りで終了です。続きはまだまだありますが、ここから日にちが空く可能性が大いにありますのでご了承ください。
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