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19/21

6‐2


 慎重に、私はゆっくりと手に持ったスライスされた果物を持って、それを見つめた。


「慎重にいきなよ。失敗したら見栄えが悪いからね」

「わ、分かってる……」 


 場所は厨房。私はそこで、コックと興味本位でついてきたコックメイド数人の視線を浴びながら、数時間をかけて出来上がったカレンへのお礼の仕上げをしている最中だった。


「干し果物を最後に乗せて……。できた!」


 慎重に果物を乗せたものを遠目から見て、私は成し遂げた満足感に浸っていた。

 私が今の今まで作っていたもの。できるだけ綺麗なお皿をコックとメリッサに選んでもらい、選んでもらった皿の上には、不格好なケーキとケーキフォークが乗っていた。

 このケーキは、ジャンに干し果物を分けてもらい、コックの彼女にお願いして、作り方を教えてもらいながら作ったケーキで、クリームを味見させてもらったので、程よい甘さに仕上がっている、と思う。

 数度ほど失敗してコックに迷惑をかけてしまったが、ここまで綺麗にできていれば食べられるだろう。


「うん、上出来。クリームの味見もしたし、完璧だよ」

「本当? ん、ありがとうみんな。ずいぶん長い間突き合わせてしまったわ」

「なあに、私もこいつらも気にすることないよ。料理は私たちの領分なんだからね。それに、可愛い新入りがお礼をしたいって言うんだ。手を貸さないわけにはいかないよ」

「本当にありがとう……それじゃあ、このお礼はまた今度」

「気長に待ってるさ。さ、頑張ってきな」


 腰を押して応援してくれたコックたちへの礼もそこそこにして、テーブルに置かれた物を持ちながら、自分の部屋に足を運ぶことにした。

 これは、元々カレンへの日頃のお礼を兼ねて作ろうと思っていたケーキだった。

 今回の件のせいでお礼だけではなくなってしまったけれど、これを受け取ってもらえるかどうかはとても大きいことだと思う。素直に受け取ってくれるのならきっと話を聞いてくれるだろうし、受け取ってくれないのなら、それはその時なのだ。

 そんなことを思い返していると、元々私の部屋から厨房までは一本道で、普段は少し長く感じるのに、こうして緊張しているとすぐにたどり着いてしまっていた。

 少し緊張してしまっているので、数度深呼吸をしてからドアを開いた。

 部屋の中にはカレンと私のベッドがあって、カレンのベッドの上には、こちらの方を睨んでくるカレンの姿があった。

 とりあえず、彼女の姿があることに一安心して、「入ってもいい?」と声をかけた。

 ぶすっとしたままだったけれど、カレンは黙ったまま一度こちらに視線を向けて、すぐにそっぽを向いてしまった。

 返事がないということは問題ないということを判断して、いつも私が寝ていたベッドに歩いて行く。ベッドの横にある小さなチェストの上にお皿を置き、彼女が見えるように座ろうとしてベッドが綺麗にメイクされていることに気が付いて、少し笑ってしまいそうになった。


「なによ」


 慌てて口元を引き結んで、彼女の隣に腰かけてもいいかと聞いてみる。すると、カレンは顔をそらされてしまう。


「ねえ、カレン。少しだけいい?」


 仕方なく立ったまま彼女に声をかけると、カレンは大きくため息をはいて、私のベッドを顎で指しすと、


「好きにしなさいよ。あんたの、部屋なんだから」


 ぶっきらぼうにそう言った。

 彼女の了承も得たので、彼女が見えるように自分のベッドへ腰を下ろした。何から話そうかと思っていると、「昨日の事」とカレンの方から口を開いた。


「馬鹿なことをしたって思ってるでしょ」


 思っていたよりもずっと冷静にカレンはそう言った。驚いた、昨日の彼女の様子ではもっと話に手こずるかと思っていたのに。


「私はそう思わないけど。カレンはそう思うの?」

「思わない? だって、そうでしょ? どんな形であれ、旦那様のお気に入りのあんたにあんなことをしたのよ? 仕事を辞めさせられたって、私に文句を言う権利はないんだもの」


 彼女がまだ私の事を勘違いしたままなことに驚き、そして、ジャンが私の事を知っていて、メイドにしてくれる程度には融通してくれていることに気が付いて、あながち間違いではないことに苦笑してしまいそうになった。


「ねえ、カレン聞いてくれる?」

「ん、いいわ。聞いてあげる」

「ありがとう、カレン。あなたは、私の事をジャンのお気に入りって言ってるけど、それは違うの。行く先が無いって言ったら、拾ってくれた。それだけよ」

「でも、旦那様はそう簡単には人は雇わないわ。それは知ってるでしょ?」

「うん、でも私は亜人とか、そう言うのに対して偏見はなかったから。そう言う意味では気に入られて、ここでお仕事をもらえたわ。それは本当よ?」

「……そうね、コックとも、馬番の小人とも仲がいいわね、あんたは」

「ええ。それに、あの時――、水桶を置きに行った時は旦那様に偶然会って、普通に話をしてただけなの。それで緊張をほぐしてもらってただけだったの」


 私がそう言うと、カレンは噴き出すように笑った。どちらかというと、嘲笑の意味もあったかもしれないけれど。笑ってくれたことがうれしくなる。


「あんたが?」

「ええ、そうよ。だって私は緊張しいですもの」

「へえ、そう」

「む、何か言いたそうだわ」

「気のせいよ。それで、抱き合ってたのは?」

「たぶん、旦那様は狼の亜人だったから、カレンが近づいてくるのに気が付いて、誰か確認できるまで警戒してくれてたんだと思うの。旦那様もそんなつもりはなかったはずだわ」

「ん……」


 思い当たる節はあったのだろう。カレンの表情はどこか浮かない表情になってしまっていた。


「カレンは、どうしてあんなことをしたの?」

「突き飛ばして、真冬の倉庫に閉じ込めた理由?」

「そう、それ」

「ん、私は……旦那様が好きなの。従者としても、女としても」

「うん……」

「公言はしてなかったけど、まあ分かって当然よね」

「そ、そうね」


 あんなことをされるまでまったくもって気が付かなかったのは完全に私の落ち度だったので、何も言い返すことはできなかった。


「それでね? 私、駆け出しのあなたがこの屋敷に来て、それなのに旦那様とあんたの距離が近かったから、あんたが旦那様をたぶらかしてるんじゃないかって」

「た、たぶら――!」

「まさか……、したの?」

「ち、ちがっ! まだしてないわ!」

「まだ?」

「言葉の綾! そんなつもりなかったわ、信じて頂戴、カレン」

「……いいわ、あんたにそんな度胸なさそうだもの」


 危うい返事をしてしまったことを反省して、胸をなでおろした。また関係のないことで誤解を加速させてまうところだった。


「ん、でもそっか」


 彼女はそう呟くと、ベッドの端までよちよちと移動し、思いきり背を伸ばすと「はーすっきりした」と声を出した。


「良かったわ。何かの策略を考えて旦那様に近づいたわけじゃないってわかって」

「策略って……。カレンは私がそんなひどい人だと思ってたの?」

「よくよく考えれば、そんなこと出来るほど気が回らないって分かってるのにね」

「ふふ、酷いわカレン」

「そう思うのなら、いつものあんたの態度を変えなさい。じゃないと一生同じことを言うんだから」

「はーい。分かりましたカレン先輩。――これで一件落着ね、カレン」

「ん、そうね。……でも、これであんたと私の関係もおしまいだわ、ルナ」

「え?」

「え? じゃないわ、ルナ。だってあんたは無事に出てきた。私はあんたを傷つけた。原因も、問題を起こしたのは私。それなら、私が出て町に働きに出るのが一番よ。それで、この件はおしまい。よかったわね、結果的にあんたのためになったわ、ルナ」

「カレン、待って。それは違うの」

「何よ」

「言ってないの。カレンが犯人だって」

「…………。は?」


 生きていて初めて最大級に意味が分からない、とでも言いたげな顔をされてしまった。実際にカレンはそう思っていたのかもしれない。

 胸ぐらをつかまれるかと思うほどの勢いでカレンが近寄ってきて、私をベッドに縛り付ける。


「なんで、報告しなかったの?」


 顔をグイっと近づけて、カレンはそう言った。あまりに近かったので、私は一度顔をそらしながら彼女の問いに答えることにする。


「だって、カレンはここに来て初めてできたお友達だし、勘違いをしてるのは分かってたもの。それに、私もカレンに謝らなきゃいけないことがあるの」

「謝らなきゃいけない事?」

「私は旦那様のお気に入りじゃないって言ったけど、本当は分からないのよ、カレン」

「少し待って……。いや、いいわ。今、聞いてあげる」

「今?」

「今、聞くわ。場合によっては速攻で逃げ出すから」


 呆然として、次に眉間にしわを寄せる。そして、すぐに冷静になろうと、今度は自分のベッドに座りなおすカレンを一部始終観察して、心を落ち着かせる。

 これからいう事は、とても大事なことだ。言葉にしてしまえば、彼女を巻き込んでしまうことになるかもしれないし、カレンがその気になれば私を国に突き出すこともできる。

 それでもいおうと思ったのは、カレンとこれからも仲良くしたいと思ったからだし、先に進むため。お互いに、話したほうがいいことだからだ。

 それに、すごい身勝手な理由もある。

 カレンに秘密にしたままにするのは、なんとなく嫌だったのだ。


「あのね、カレン。いい?」

「ええ、いいわ。逃げ出しそうだったら押さえつけて」

「うん。――実はね、私、元々貴族だったの」


 一大決心のつもりでそう告白したけれど、カレンは淡白に「そう」とだけ返した。私とは違って察しの良い彼女の事だ。だいぶ早くに気が付いていたのだろう。


「驚かないのね」

「ん、そうなんじゃないかって思ってた。というか、貴族ってばれてないと思ってるのはルナ、あなたくらいじゃない?」

「え……」

「だって、雑巾の掛け方も知らない。布の繕い方も知らない。あげく顔の洗い方すらみんなの前で私に聞いてきたわ。そんな態度じゃ自分が貴族ですって言ってるようなものよ。それこそ、知らないのは貴族くらい。まあ、ここで働いてる人たち――私を含めて、まともな経歴を持ってる人なんて、それこそ旦那様とメリッサくらいだから、気にしてなかったけど」


 思っていたよりも多くの人に見抜かれているという衝撃事実を聞かされて愕然とする。

 カレンの言葉を真に受けるのなら、この館に私の正体を知らない人はいない、ということになってしまう。隠していた意味がないではないか。

 しかし、カレンは気にした風もなく首を振る。


「けど、それが今の話と何の関係があるの? 謝ることがあるとは思えないんだけど」

「待って、カレン。私今衝撃でそれどころじゃ……」

「そんなにショックなの? 待ってあげるから――それで? 何が言いたかったの」

「えっと、それは、つまり……」

「つまり?」

「私はジャンの事がずっと前から好きだったからよ、カレン」

「ば、は。んっ、もう! ルナ?」


 先ほどまですっきりした顔をしていたはずのルナは、もういつもの説教をするときの怒り顔に戻っていて思わず背中をそらしてしまう。


「だ、だって知らなかったんだもの。拾われた時、彼が私の好きな人だったって」

「知らなかった。って、どういう事よ」

「すごい前の事だったから。そのころはまだあんなに大きくなかったし、忙しくなってから会えなかったから……」

「忘れるほど昔って、どれくらい前なのよ」

「昔、ずっと昔。お転婆姫様って呼ばれてた頃だったから、十年以上前よ。その頃はたくさんの人に会って、その中の一人で、ジャン――旦那様とも遊んだことがあったの。今回みたいに閉じ込められたのを助けてくれたのだけは覚えてるわ。その時から、私、なんとなく彼の事が好きだった……。と思うの」


 たじろぎながらもそう答えると、カレンはどんどん不機嫌そうな顔になってしまうのが見えて、ほんの少しだけ居心地が悪くなる。出来ることならそそくさと出て行ってしまいたいくらいに。


「へえ、十年もの時を超えて好きな人に再会、だなんて。ずいぶん、運命的ね、お姫様」

「言わないで……。自分だってこんな偶然重なるなんて思わないし……」

「まあ、それは認めるわ」


 考えて見れば不思議なことだけれど、実際に再会できた奇跡は喜ばしいことだし、こうしてまた彼と会えるようになるのだって、当時からすれば考えてもなかったことだ。

 だから――。


「偶然とはいえ、彼と再会できて、本当に良かったと思ってるの」

「どうして? 好きだったから?」

「ううん。だって、ジャンは私の命の恩人だから。詳しいことは誰も話してくれなかったけど、あの時ジャンが助けてくれなかったら、こうして今も生きてるのすらも怪しかったらしいから」

「それで、再会できてよかった、か……。やっぱり旦那様は昔から、そういう人だったのね」

「昔から?」

「そ、昔っから。って言っても。あんたほど昔じゃないけどね」


 カレンはベッドに腰を下ろして、手持無沙汰になってしまったのか、足元をパタパタとさせた。


「私ね、元々帝国の農奴だったの」

「帝国民、だったの?」


 たしかに彼女の髪色と瞳の色は砂漠地方の国によくある特徴だったけれど、彼女が帝国民だとは思わなかった。たしかに考えればあの国は色々な国から奴隷を引っ張ってきて、労働力にしている。カレンのような人が居てもおかしくはなかった。


「そうよ。でも生活が貧困で人数も多かったのだから、私は逃亡奴隷として国境を避けて通って来たの。そこを旦那様に拾われたってわけ」

「そう、だったの。でも、驚かなかったの?」

「なにが?」

「ジャン――拾われた人が、亜人だったって」

「ん、そりゃ驚くわ。なんで亜人がこんな大きな館に住んでるんだろうって。帝国人だったら、誰でも驚くんじゃないかしら。でも、逃亡奴隷だったのに、私を報告しなくて、それどころか、亜人だから怖いだろうって、人間の町の働き口を紹介もしてくれるって言って……」

「私の時と一緒なのね」

「ルナもそうだったのね? やっぱり。他の人たちの話を聞いたことは無かったけど、みんなそうなのね」

「みんな彼の人柄について行ってくれてるってことだわ」

「貴族様も――ごめん、昔の癖。ルナもそう思うの?」

「うん、あの時の……、昔の彼は、もっと引きこもっていたから、心配だったの」

「それは今もじゃない」

「違いないわ」


 くすくすと二人で笑い合う。

 よかった、思っていたよりもずっとスムーズに仲直りが出来そうだ。

 しかし、考えていたよりもずっとカレンの方が過酷な人生を送っていたのだと思うと、彼女に遠慮してしまいそうになる。

 無論、譲る気はあまりないけれど、それでもカレンにはカレンの思いがある。

 そんな風に思っていると、カレンは「あーあ」と天井を仰いだ。


「でも、そっか。元々知り合いじゃああたしに勝ち目はないじゃない」

「ん、そう?」

「当たり前でしょ? だって旦那様とあなたが元々知り合いで。私はあなたを閉じ込めた犯人だって知られてる。閉じ込めたのはあたしのせいだけど、これじゃあ勝負は決まってるようなものだわ」

「ん……。じゃあ、これでどうかしら」


 私はカレンが何かを言う前に、私は胸元のボタンに手をかけた。一つ、二つとボタンを外す。

 目の前でまだ驚愕で固まってしまっている彼女をよそに、大きく肩をはだけさせて右肩のあたりを露出させた。


「ちょ、ルナ。何やって――」


 制止しようとして、肩の傷に気が付いてくれたのだろう。「その傷は?」と言ったカレンは言葉を止めてくれる。


「さっきも言ったけど、昔はずいぶんお転婆だったから。庭を駆けずり回って遊んでいた時に負った傷なの。いつかは覚えてないのだけど」

「ずっと肩をかばってたのは知ってたけど、こんなに大きい傷だったのね……。貴族って、そんな傷を持ってても結婚できるものなの?」

「まさか。仮に当人同士がよくたって、周りからは認知すらされないわ。こんなこと人に言えるわけないもの。それこそ、ジャンにだって。たぶん、知らないと思うわ」

「……じゃあ、どうしてあたしには教えるの。相手に一方的に勝てる状態だって言うのに」

「さっきも言ったわ、お友達だから。それに、これなら対等だもの」

「対等?」

「私は、カレンが私を閉じ込めた犯人って知ってる。でも私はそれを報告する気はないわ」

「ん、そこは良いわ」

「だから、私も人に言えないことを貴方に教えるの。あなたは私の傷の事を知っていて、私はあなたが犯人だって知ってる。どっちも条件は同じじゃない?」

「はあ……。まったく。なんで、そんなことを、しようと……」


 カレンは呆然としたようにため息をついていると言葉尻がどんどん消えて行ってしまった。どうしたのかと彼女の視線を追うと、彼女の視線がチェストの方を見て、ピタリと彼女の視線が止まっていることに気が付いた。

 そこにあるのは、先ほど持ってきたケーキのはずで、彼女はそれを見て止まったのだろう。

 彼女の視線の先にあるケーキの皿を取ると、私は彼女の前に差し出した。


「これ? これはお詫びの印……。じゃ、ないんだけど、ジャンにお菓子をもらった時に、いつも疲れてるカレンのために作ったらどうかって思って。旦那様とコックにお願いをして作らせてもらったの」


 カレンが驚いた顔をして、私の顔とケーキを交互に見つめるのが見えた。


「これ、私に作ったの?」

「日ごろから、お世話になってたから。旦那様もそれがいいって。いつも率先して身の回りの世話を頑張ってくれるからって感謝してたわ」

「旦那様が……」


 旦那様という言葉につられて、カレンがケーキに視線を戻した。ゆっくりと、ケーキフォークを手に取って、私の手からお皿を受け取ってくれる。

 恐る恐る、と言った様子ではあったが、ケーキフォークでケーキを切り分け、小さな口に含む。すると、また驚いたような顔をしてくれて、今度は大きく切って食べてくれた。

 その様子がなんだか、頑張って大人びている年不相応な子供のように見えてしまって、カレンには悪いけれど、機嫌を損ねた子供の機嫌を取っているような、そんな気分になってしまった。黙々とケーキを口に運んでいたカレンが、何かを思いついたかのように固まって、笑うと、「なんか、あれだわ」と言った。


「あれ?」

「こんな状況であんたたちの関係を教えられて、私の恋が実らないって言われて。その相手にお菓子をもらってるのよ? それってなんだか、ルナに餌付けされてるみたいじゃない」

「んふっ」


 餌付けという言葉と、小さい体のカレンを見て、彼女が小動物として飼われているのを想像してしまって耐えきれなくなってしまった。

 油を指し忘れてしまった魔道具の様な動きをしながら、カレンがこちらを振り返くのがみえてしまって慌てて口を噤んだ。


「ル~ナ~?」

「ご、ごめんなさい。ふふ、耐えきれなくて。えっと、それで、どうかしら」

「どうって……ん、とっても甘くて、美味しいわ」


 本当はお菓子の事じゃなくて、二人の間からについて聞いたつもりだったのだけれど、カレンはそう答えた。


「本当? よかった。お菓子作りなんて初めてだったから、カレンの口にも会うか不安だったんだけど」

「これ、本当にあんたが作ったの? 貴族の、あなたが?」

「疑り深いわ、カレン。だって、普段からカレンにはお世話になってたから。メリッサにも旦那様にも許可をいただいて、カレンを労おうって」

「そう。そう言うなら受け取って置く……。それと、はぐらかしちゃったけど、あんたの気持ち、よくわかったわ」

「あ、え? 本当?」

「ええ。これからライバルってことと、私が一方的に不利なことはね」

「そんなことは――」

「ねえ、ルナ。それ本気で言ってるのだとしたら、あなた相当鈍いわよ。旦那様に意中の人が居るなんて分かりきってるわよ」

「そ、そうなの?」

「ルナ、あんたそれ本気でそう思ってるの?」

「え?」


 意味が分からずに聞き返すと、カレンに思いっきり嫌な顔をされてしまう。どういうことかもう一度聞こうとすると、呆れた顔をしてもう一口ケーキに口を運んでしまった。


「ん、美味しい――それ以上口にするのならあんたの頭をはたくわ。いい、ルナ? 私は好きのままでいいの。そりゃ、私の方を振り向いてくれるなら嬉しいとは思うし、幸せなことだけど――」


 そう言って、カレンは最後のケーキのかけらを口に放り込むと、皿を持ち上げた。


「相手がこんなハイスペックじゃあ、私はちょっと難しいわね」

「……ねえ、カレン」

「なによ、ルナ」

「ほめ上手って言われない?」


 正直、貴族の家で淑女らしく振舞えたことのない私にとって、褒められた経験などほとんどないわけで。カレンの言葉がお世辞だと分かっていても、こうして褒められてしまうと頬が熱くなってしまう。

 しかし、それはカレンもわかっていたのか。にやりと勝ち誇ったように笑うとケーキフォークを立てて教鞭のように振るった。


「そういうところで点数を取らないと。平民社会ではやっていけませんわ、お嬢様」

「う……、こっちでもそうなのね。頑張らなきゃ」

「よろしい」


 カレンのまるで教師のような態度に二人して頬を緩ませる。

 やはり、カレンはとてもやさしい。こうして本当のことを話しても、彼女は受け入れていつもと同じ態度を見せてくれていることが何よりもうれしかった。

 カレンがそう言ってくれるのなら、私が前に進もうと思ったのも間違いではないのかもしれない。


「ねえ、カレン」

「なに?」

「抜け駆け、してもいいかしら」

「はあ? 偉く態度の大きい申し出じゃない」

「あはは……。でも、ジャンが、部屋に引きこもってるってメリッサに聞いたの。それこそ、ここに来る前みたいに」

「ん、うん。私も今日は旦那様にお会いしてないけど……もしかして、ルナの事?」

「たぶん。だから、私がジャンを引っ張り出さなきゃ。彼の事ですもの。きっと今回の事で気に病んでるに違いないわ」

「ねえ、ルナ。それ、もうどうなるか分かりきって言ってるでしょ?」

「えへへ、駄目?」

「もう……。いいわ。今日だけは許してあげる。だから、旦那様を連れ出してあげなさい」

「ん、そのつもりよ。旦那さまには外に出て頂かないと」


 そうと決まれば、今からでもジャンに会いに行った方がいい。

 善は急げとベッドから立ち上がって身なりを整えることにした。鏡に向かって、最近結えるようになった髪を纏めていると、後ろからカレンの声が聞こえてきた。


「ねえ、ルナ」

「んー? なあに、カレン」

「あんたが来なければよかったって言葉。聞かなかったことにしてくれる?」

「ん、最初からそのつもり。だって、あの時のカレンは怖かったもの」

「怖かった?」

「そうよ。あの時のカレンはカレンじゃなかったわ。優しいカレンのままだったけれど、いっつも世話を焼いて、助けてくれたカレンじゃなかったもの」


 髪を結い終わり、私はとラビの方へと向かう。ドアを開けて振り返ると、カレンはどこか嬉しそうに笑っていた。


「なによそれ……。でも、ありがとう」

「お互い様。それじゃあ、言ってくるわね、カレン」


 さて、旦那様を迎えに行かないと。

 私はそう思い、廊下へと足を踏み出した。



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