表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/21

5‐3


 あれから、どれほどの時間がたっただろうか。

 かすかな光しか入ってこない小屋の中に目が慣れだしても、小屋の端に身を寄せながら縮こまって動かずにいた。

 何度か同じことを繰り返して出る手段を探してはいたものの、どう頑張っても小屋を出る手段が見つからず、体力を消耗してしまうと気が付いた私は、早々に部屋の隅に移動して壁を背に体力を温存することにしたのだ。

 こうして暗い小屋の中に閉じ込められてしまうと、時間の感覚がおかしくなっていくというのは本当だったようで、もう自分がどれだけここに閉じ込められてしまったのか分からなくなっていた。

 かすかに漏れてくる光からして、そろそろ日も落ちるころなのだろうか。

 体が痛み始めてしまったので、体制を変えようと身動ぎをしようとすると、背中に壁の感触がするのと同時に右肩当たりに痛みが走った。

 余りに痛みが激しかったので、傷口が開いてしまっていないかと、そっと左手を右肩に伸ばしてみる。すると、古傷がある当たりの感覚がやけに鋭敏になっていて、ワンピースの布地がすれただけでも、かすかに痛みが走っていた。服の上からでは分からないが、このまま放っておくのは危ないかもしれない。

 右肩の調子を確認していると、視界の端に白い煙のような物が立っているのが見えた。急激に小屋の中が寒くなってきていて、吐いた息に白色が混じり始めているようで、素肌が露出している指先が、つんと痛くなり始めてくる。

 凍えるほどの寒さのせいか、それとも古傷で血が流れてしまったのを確認してしまったせいだろうか。眩暈と吐き気が同時に押し寄せてきて、じっと動かずにいるのすらも辛くなってきてしまった。

 口の中から全てがはきだされてしまいそうな嘔吐感に襲われて、それから目をそむけたくなって壁に頭をもたげた。


「ああもう、カレン。早く戻ってきて」


 口をついて出たのは、カレンが戻って来ると信じた言葉だった。

 ここまでされてなお、私はカレンが戻ってきてくれると信じていることに苦笑する。やはり、自分は甘いのだろうかと思うと同時に、カレンがどうしてこんなことをしたのかと疑問が頭をよぎった。

 とはいえ、些細な――と言っても私は当人だからわからないけど――ことにしては、彼女の行動は大胆過ぎる。

 鈍った頭でいくら考えても、私は本人じゃないのでわからない。どうすれば彼女の事が分かるだろうかとぼんやりする頭で考えて、彼女がどういう人なのかを考えることにした。


 ――ええと、カレンは可愛らしくてとても周りを見てて、優しくて……。とっても世話焼きだわ。それに、ジャンのこともとても慕っている。


 どこをとっても、彼女は努力家の優しい人としか思えなかった。深く考えれば考えるほど、彼女があんな行動に走ってしまうのが信じられなくなる。

 彼女の事を考えるだけでは答えにたどり着かないと確信して、例えばどんな心境で、どんな時だったら、彼女ほど怒るだろうかと考える方向を変えてみることにした。


 ――私が怒るとしたら、妹たちやスズランを悪く言われた時かしら。


 自分が怒るかもしれない事を考えて、さらに首をかしげる事態になってしまって混乱する。

 私が怒るのは彼女たちが家族同然であるからだし、なにより、カレンのご主人様であるジャンに対して、私は何もしていない。

 強いて言えば……、抱きしめられていた。だろうか。

 考えて見ればたしかにあの時、カレンは“旦那様が私を抱きしめていた”ことに怒っていたように見える。私で言えばそれは、妹やスズランが誰かに抱きしめられていた、ということになるだろうか。

 私としては驚きこそすれ、祝福はするだろう。仮にカレンだったとしても、きっとそうするに違いない。だったら、それ自体に怒ることははしないだろう。

 仮に、自分が本当に仮に怒るのだとしたら。

 それは、あの指輪を誰かに盗られたときくらいで――。



 ――ああ、もしかして。



 指輪の事を考えて初めて、カレンがあんなにも怒っていた理由が頭に入って来て、自分の理解の遅さに苦笑する。

 そうか。そうだとすれば、カレンの行動は当然の行動になるかもしれない。

 カレンがジャンを慕っているのは、ただ尊敬で慕っているのではない。男と女。そういう異性として好ましく思っているのだと、そう考えればたやすく理解できた。

 そういう意味では彼女の誤解はもっともで、今の私は、ジャンに拾われただけのただのメイドだ。そんな私がジャンに話しかけられ、ここまでよくしてもらって、それでカレンがいい思いをしないのなんて、誰の目から見ても明らかだった。

 カレン自身も、ぽっと出の私なんかに盗られてたまるかと言う決死の行動だったのだろう。それこそ、自分がどうなっても構わないと思うほど、強い感情が渦巻くほどに。

 それならば、私にも彼女の気持ちは理解できた。

 ただただ自分が好きなものを、盗られたくなかっただけ、それだけなのだ。

 ようやく理解できる理由が見つかって、私はゆっくりと頭を壁にもたげた。



 ――本当に、私はなにもかもが遅いのね。



 純粋にカレンの行動力がうらやましくなる半面、自分の理解の遅さに自分の事が馬鹿なんじゃないかって思ってしまうほどだった。

 これでは公爵家の娘の身分を追われたとしても何も言えない。ここ一月、ジャンに拾われた幸運を機に頑張ろうと思っていたけれど、何も変われていなかった。

 自分のしてきたことに意味がない、と感じてしまって目頭が熱くなっていく。

 たしかに結果を見れば私は何もできていないだろう。この屋敷に居るのだって、ジャンが私を見つけてくれたおかげで私が努力したからなんかでは決してない。

 ただ運がよかっただけ。メリッサの言う通り何も出来てなんて居ないのだ。

 ネガティブになり始めるのを自覚する。こんな状況でネガティブになるのは命取りになってしまう。慌てて別の事を考えようとして、ふとジャンがどうして私を拾ってくれたのか、という疑問が頭の中でちらついた。

 普通ならば考えられない事だった。

 ジャンはほとんど貴族と言っても差し支えない身分と権力を持っているはずだ。国境の通行手形なんて、そう簡単に発行できる物ではないし、なによりこんな森の中とは言え屋敷を持っているのだ。私という個人に、ここまで思い入れをする必要なんてなにもない。

 それなのに、彼は拾ってくれただけじゃ飽き足らず、仕事まで見繕ってくれて、住む場所まで提供してくれたのだ。

 どうしてジャンは私にここまでしてくれたのだろう。そこまで彼に何かをしてもらうほど、私は何かをしたことがあっただろうか。

 それに、彼は時折、私を見て寂しそうな表情を浮かべることがあった。

 あれはどういう事だったのだろうか。

 暗い、どんどんと暗くなってきてしまっている小屋の中でじっと考える。

 意識が黒く塗りつぶされてきたのは、血が抜けてしまったせいか。それとも寒すぎるこの場所のせいだろうか。

 同じことを考えているなと、強く頭を壁に押し付けた。


 ――そういえば……。


 段々と暗幕が下がっていくような頭の中で彼の事を考えようとして、私は彼にいくつもの既視感を覚えていたことを思い出した。

 時折見せる、寂しそうな彼の表情。私と一緒にいるときの、きらきらとした、わくわくしている少年のような瞳。王子様の時には感じなかった、ドキドキ。

 不思議に思っていた時は分からなかったけれど、あの時の高揚感は確かにどこかで感じたことがあった。

 いつの事、だっただろうか。

 あれはたしか……。私がまだお転婆姫として庭を走り回っていたころで、肩の傷も無かったころ、だっただろうか。

 どこかの城へ、挨拶へ伺った時だったかもしれない。その時に出会った誰かを連れて、庭を遊びまわっていた途中、偶然高さのある暗室か何かに、誤って落ちてしまったことがあった。

 当時の事はあまり覚えていなかったけれど、そのことがきっかけで外に出る監視が厳しくなってしまったので、それ自体ははっきりと覚えている。

 その時の経験と、今の経験が酷似していたのか、あの時助けてくれた子がどんな子だったのかが朧げに頭の中で再生され始めた。


 ――たしか、引っ込み思案で。そう、内向的。私よりも頭が好くて、ずっと運動ができる子だったかしら。


 それだけ……。ではなかった気がする。

 もっとはっきりとした特徴が。見てすぐにわかる大きな特徴があって――。

 思考していると、瞼が重くなってくる。

 寒さを感じていたはずの手先は徐々に感覚が薄れ、温かく感じてきてしまう。

 凍えるような寒さが体温を奪っていき、血が流れていくような体調のせいで、意識が朦朧としてきてしまう。そろそろ、こうして起きているのも限界だろうか。

 外の音がやけに騒がしくなって、耳に届いてきた。


 ――あの時も、こんなに騒がしかったかしら。


 それが、自分の思い出そうとしていた事と重なっていて、少しおかしくなってしまう。

 あの時もそうだったのだ。

 閉じ込められてしまった暗室の外、それがとても騒がしくなって。その時も、あの子が――あの人が一番に顔を見せた。

 ああ、そうだ。

 霧がかかったようにうっすらとしていたあの子の顔を、まるで綺麗な朝焼けが見えた時の様にはっきりと思い出して口元から残っていた息を噴き出してしまう。

 あの後、彼と別れるとき。私は指輪をもらって、後生大事に。それこそ、自分が家を追い出される時になっても、妹に預けてまで残しておこうと決意した指輪。

 あれを渡してくれたのは、間違いなく彼だった。

 その人の頭の上には、人間の耳ではなく、動物の耳がぴんと立っていて……。



「ルナ!」



 夢の中ではない、現実の冷たい空気とともに小屋のドアが、すこし乱暴に開けられる音が聞こえた。

 あの人は、一番に駆けこんできて、私の手を引っ張り上げてくれた人だったのだ。

 自分の体を抱えていた腕と腰に、心地の良い温かさが伝わってくる。温かい、とても暖かくて、痛いほど爪がつきたてられた彼の手を懐かしく思いながら。

 これはカレンと仲直りする予定だったけれど、とても難しいことになるかもしれない。


 ――ごめんなさい、カレン。酷い女だけど、私も彼の事を諦めるわけにはいかなくなっちゃった。


 私は大事なことを思い出せたことを満足して、眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ