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第三節「僥倖」


 私を支えてくれた人物の頭に視線を移すと、そこには人間の頭にはないはずの出っ張った部分のような一部があるのが見えた。

 日の影になっていて、先ほどまではよくわからなかったけど、よくよく目を凝らしてみて見れば、それは動物の耳のような形をしていて彼の髪の毛と同じ色の毛が生えていることが分かった。

 そして、目の前でまるでそれ自体が石を持っているかのように動いたのを見て、ようやくそれが人間についているはずのない、動物の耳が付いているのだと理解した。

 普通の人間に動物の耳が付いているはずがない。ついているとすれば、人間とほとんど一緒の外見をしている亜人と呼ばれる種族しかありえなかった。

 だから、私はつい、


「亜人の方、ですか?」


 と、言葉にしてしまっていた。

 彼は私の言葉に驚いたのか、数度の瞬きをしているのが見えた。

 それが思っていたよりも近い距離に見えたので、どうして自分はこんなに近くで彼の瞳を見ているのだろう、とようやく疑問に思った。

 支線を下げて見ると、自分の腕と体の間に、別の誰か――彼の腕が入り込んでいて、倒れそうになっている自分を支えてくれているのが分かった。

 助けてもらったことを理解したのと同時に、それが殿方の腕の中にいるということに頭が追いついて、一瞬で頬が熱くなる。

 ここまで殿方の近くによったのはそれこそ子供の時以来だったので、数年異性に会わなかっただけで、ここまで恥ずかしくなる物だとは思わなかったのだ。


 ――こ、この後はどうすればいいの?


 どうすればいいのか困惑していると、すっと彼の方から離れて立ち膝の体制で私の手を取ってくれた。


「すまない。手を貸そうと思っていたんだが、怖かっただろうか?」


 一瞬何を言っているのかが分からなかったけれど、それが亜人の事を怖がっているのか、と言っていることに気が付いて慌てて彼の言葉を否定した。


「そんなことは! いえ、助けて頂いて、ありがとう」


 慌ててお礼を言うと、彼の視線がゆっくりと地面の方に向くのが見える。何を見ているのだろうと、思っていると彼の視線の先には私の縄が結ばれてしまっている両手があった。


「この手は……」

「え? あ、あの。これは……」


 隠そうとして、自分の体ではどう頑張っても隠せないことに気が付いて行き場所を失ってしまう。

 素直に答えようとして、国外追放になったことを伝えるべきか否かで思考が止まる。

 不名誉な事であるには違いないし、このまま放っておかれてしまったら、それこそここで飢え死にしてしまうだろう。そう思うと、口から言葉が出てこなかったのだ。

 彼の質問に答えられずにいると、しばし彼が私の事を見つめて、手袋を外しながら手を近づけてくるのが見えて、視線が自然と袖口へと向かった。

 そこには人の手にしてはモフモフとした毛皮のような毛と大きな爪が見えてしまう。「両手を」と言われたので、言われたとおりに両手を差し出すと、彼は縄に手をかけて器用にその縄を外そうとしてくれる。

 呆然と彼の行動を見つめていると、縄はすぐに外れたようで彼は縄を手に立ち上がった。


「事情は近くにある僕の屋敷で聞く。ついてきてくれ」


 そう言って、彼は私の事を立たせると、いつの間にか遠くに立っていた馬を連れてきて私に乗るようにと促されてしまった。

 本当に、彼を信用してもいいのだろうか。

 彼が何でここに居たのかが理解できないし、なにより、彼の格好は貴族の格好だ。そんな服装をした人物が辺境の地に居るとは思えなかったのだ。

 馬に乗ることを躊躇してしまっていると、彼は馬に何かを促すと馬がその場に座って姿勢を下げてくれた。

 どうやら、馬に乗るには高すぎると考えてくれたようで、馬に座るように頼んだようだった。


「これで乗れるか?」

「え、ええ。ありがとう」


 一瞬このまま逃げることも考えたけれど、なるようにしかならなさそうだった。

 覚悟を決めて彼の馬にまたがると、その後ろに彼が乗って来る。邪魔にならないように身を縮めていると、すっぽりと彼の両腕の中に納まるような体制になってしまった。

 少し窮屈に感じてしまうが、彼が乗って来た馬が一頭だけとなればこうなってしまうのも仕方のないことだろう。


「少し我慢してくれ。すぐに家に着くから」

「は、はい」


 それから少しの間、馬は森の道の中を進んでいった。

 てっきり帝国の方へ進むのかと思ったら、すぐにわき道にそれてしまい、道はすぐに獣道と言っても差し支えないほどの森の中へと入っていったのだ。

 彼が進んでいく先にはとてもではないが民家があるようには思えないのに、彼は慣れた顔で進んでいくものだから、もしかしたら噂に聞く妖精か魔族にたぶらかされているんじゃないかという疑心暗鬼に陥りそうになる。


「すまない、本当ならば女性を連れてこんなところを通るべきじゃないのに」


 ありえない妄想に浸っていると、彼がそんな風に声をかけてきた。どんな顔をしているのだろうと思ったが、今体を動かすと迷惑になりそうなので、そのまま聞くことにする。


「あら、どうして急にそんなことを?」

「このまま暗い森の中を美女と二人で馬に乗るなんて落ち着かなくてね。緊張もほぐれればいいと思ったんだけど、余計なお世話だった?」

「ん、ふふっ、ありがとう。でも、あんまり慣れないわ」

「森の中が? それとも馬に乗るのが?」

「どっちもはずれ。殿方の馬に相乗りなんてやったことがなかったから。男性に近づくのだって久しぶりなのに、こんなことをされたらドキドキしそうで」

「……そうだったのか」


 意外と言いたそうな彼の言葉に苦笑する。彼の何か言いたそうだった雰囲気を察してしまい、普段は気にしないのに、二人きりでいるせいだからだろうか。他人にどういう印象を持たれているのかが気になってしまう。


「あら、意外そうね」

「顔に出てたかい?」

「というよりも仕草に。嘘をつくのなら、もっと毅然としてた方がそれっぽいわ」


 私がそう言うと馬が何かを乗り越えようとしたのがかすかに揺れた。バランスを保つためにお互いに間を開けてから会話を再開する。


「どうして私のことが意外って思ったか聞いてもいい?」

「ん? ああ。いや。あまりにドレスが似合う女性だったから。君には相応に王子様がいるんじゃないかって思ってた」


 突然そんなことを言うので、今度は普通にバランスを崩しそうになってしまう。

 慌てて体制を戻して彼の様子をうかがうと、彼は困ったような顔で笑っているのが見えて、文句を言おうと思っていた言葉喉から出てこなくなってしまった。

 なぜ、やめてしまったのだろうと自分で不思議に思っていると、目の前には森の木が切り開かれている一角が見えてきた。

 そこはほとんど森と同化していると言っても過言ではないほど庭と森の境目が曖昧で、すぐ近くに来なければ屋敷の庭を囲う塀があることすらも見えなかっただろう。

 塀には木々から垂れ下がるつたや、地面から生える葉がいくつか絡みつき、遠くから見ればどこか不気味にも見えるほどだった。

 門と思われる場所には白いアーチ状の入り口が作られていて、アーチには私の住んでいる国で流行っていた彫刻が施されていて、まだ自分が国内に居るのだと思わされてほんの少しの動揺と安心が胸を襲ってくる。

 門をくぐると、馬の手綱を引くために会われた人が姿を現して、彼が一足先に馬を降りると、手を差し出してくれる。


「手を貸そう」


 彼の手を借りて馬を降りると、すぐ目の前と言ってもいい場所に彼の言っていた屋敷があった。

 屋敷の方もまた私の国に伝わっている建築方式で白いレンガを組み立ててできた作りでどこか懐かしい、という気持ちさえ覚えてしまうほど趣のある屋敷だった。

 表の方から、裏に回る道がすぐわきに通っているのが見えて、先ほどの馬もその道を通って奥の方へと進んでいくのが見えた。

 屋敷の庭はそれほど広い、という場所ではなく、どちらかと言えば裏庭に当たる奥の方が広く作られる様式で作られているようで、玄関にはすぐにつくことが出来た。

 そして、私を救ってくれた彼は、扉を開けてほほ笑んだ。


「ようこそ、お客様を入れるのは久しぶりだ」


 どこか柔らかな印象を受ける彼がそう言うと、亜人ということも相まって少しだけ不思議な場所に立ち入るような、怖い場所に立ち入るような、そんな感覚に襲われてしまう。

 それは、幼いころにしていた冒険の続きをしているような、そんな気持ちにも似ていて……。

 私は恐る恐る彼の案内に従って屋敷の奥へと足を運ぶのだった。



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