0‐1 追憶
目の前には、大いなる緑が広がっていた。
精霊様が力をお与えになったくださっているのだろう。若草色に輝いている葉っぱが視界いっぱいに広がっていて、奥に広がる森の中は白樺と呼ばれる白い樹皮をした木々が密集していて、鬱蒼と生い茂っている、という言葉がぴったりな場所だった。
少しでも道を外れてしまえば、森の妖精にたぶらかされてしまいそうなほど森は深くなってしまっていて、藪の中に入ってしまうわけにもいかず私は呆然とするしかなくなっていた。
そんな場所にも道は続いている。主に私たちの国で帝国と呼ばれる隣国と、戦争をするためにできた道で、今はもうほとんど使われいないとも聞いている。
私が今居るのは、そんな道の傍らだった。
道とはいえ、馬車が通りやすようにと踏み固められた土がむき出しになった道だが、私を連れて来てくれた馬車ですら、この唯一ある道は通らず森の入り口のところで引き返してまうほど、この道は狭い道だった。
後ろを振り返る。
自分を連れてきた兵士とその先にあったはずの馬車はすでになく、まるで私をおいて行くかのように、音は遠ざかってしまっていた。
それもそのはずだ。私は、ここに捨て置かれるために運ばれたのだから。
豪華なドレスと縄という名のブレスレットを残して、私はここに置いて行かれてしまったのだ。
もう元の家へ、元の生活へ帰ることはできないだろう。
立ち上がろうとして、自分の足が言うことを聞いてくれないことに気が付いた。
覚悟していたつもりだったのに、こうして今私が捨てられてしまっているんだ、という現実を直視してしまうと動けなくなるなんて、なんて甘い生活をしてきたのだろうか。
視線をこれから進まなければいけない森の先へと移した。
その道の先にはもう見知らぬ国の国境しかなく、食べ物を分けてもらえるような親切な人もいないだろう。これから自分は一人で生きていかなければいかないと思うと、どうすればいいのか全く分からかった。
きっと私は、このまま途方に暮れてここで死ぬのだろう。
そう思っていたのに――。
「立てるか」
その日、私は運よく巡り合うことが出来たのだ。
こんな全てにおいて出遅れてしまった私を救ってくれる、救世主様に。
でも、その王子様には一つだけ、どうしても目を引いてしまう場所があったのだ。
「あ、あの……!」
彼が首をかしげて、火の光が彼の頭が覆いかぶさり、彼の顔がようやく見えるようになって、私は驚愕することになる。
その頭には――、
「亜人の人、ですか?」
とても凛々しいお顔の上に、動物の耳が生えていたのだから。