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今日中にあともう2話投稿する予定です。拙い文章ですがお読みいただけると嬉しいです。
「ーーリュンちゃん!! よかったッ! 無事だったのか!」
男性にしては少し高めの声だ。サラリと流れる金の髪が頬に張り付き、汗が鼻先や頬を伝っている。息も絶え絶えだ。その男はリュンの姿を目にすると、途端に安堵の表情へと変えた。
唐突な第三者の登場に、リュンの姿をした雪緒は焦りが顔に出ないように必死であった。
(リュン、というのはこの女性の名前か……何とか上手く話を合わせないと……!)
スッとその場から離れて男の元へと向かう。万が一にもあの茂みの中を見られては面倒ごとに成りかねない。あの女性ーーリュンと知り合いなら尚更だ。
リュンの身なりとは違い、全身が騎士然とした鎧。腰に引っさげた剣は、鞘だけ見てもリュンの持つそれよりも上等な物だと分かる。肩に描かれた交差する剣の紋章が何を意味するのか、雪緒には判断出来なかったが、恐らく何か集団のそれである事だけは理解できた。しかもそれを鎧に直接刻んでいるのだ。恐らくは騎士団的な何かなのだろう。雪緒はそう結論付けた。
問題は仲の良さが一体どれほどなのか、というところだ。ここで判断を間違えると違和感を持たせる事になる。
(もう少し話し方を聴いてから殺すべきだったか……)
一か八か、と勝負に出ようとしたところで、ある重大な問題点が浮き彫りになった。
即ち、『異世界の言語は日本語なのかどうか』である。
耳で聞いた限りでは日本語ではあるが、リュンがこちらへ語りかけていた時は気絶したフリをしていた。目をつぶったままだったのだ。もし何らかの方法で耳に届く前に翻訳されているのだとしたら、面と向かって話すと異世界語を喋っていない事が相手にバレてしまうかもしれない。殺した相手に変身する魔法があるのだ。翻訳魔法だって無いとは限らない。寧ろそれの方が使用される頻度は高いだろう。この世界に国が一つなんて事は恐らく無い。国ごとに言語も違うはずだ。
つくづくリュンを軽率に殺した事を恨めしく思ってしまう。
さてどうするか、と顎に手をやろうとして、ネチョリとした何かが手に触れた。そういえば胸元も少し冷えている気がする、とまで考えた事でこれが何か思い至った。それと同時に、目の前の男もそれに気付いたようだ。
「リ、リュンちゃん!? もしかして怪我したのか!? 早く治さないと……!」
それは雪緒がまだ前の姿だった時に、リュンの喉元を噛みちぎった際に出た血だった。ネットリと手に付着した血を滑らせて、首元を血で染める。手を添えたまま、雪緒はコクリとひとつ頷いた。
「よかった……! まだ回復薬が一本だけ残ってた! それじゃあちょっと手を退けてくれるか?」
ーー回復薬?
半透明の瓶の様なものに入った透明な液体。それを片手に眼前まで男が近寄る。聞き慣れない物に内心で疑問符を浮かべる雪緒を他所に、男は雑にその液体を振りかけた。ひやりと冷たいそれが首を、そして服の中を伝っていく感覚が何ともこそばゆい。そんな不思議アイテムまでこの世界にはあるのか。
首元に傷が無い事を確認した男はホッと安堵の息をこぼした。
「傷は一応大丈夫そうだが念のため喋るのは控えろよ! 大事がなくてよかった。包帯は鞄の中に入ってるか?」
くしゃりと男は破顔した。本当に安堵した笑みだった。もしかすると、この男はリュンという女性を少なからず想っていたのだろうか。ああそうか。なんてーー
ーーなんていい魔法なんだ。
注意さえ払えば警戒心は抱かれず、その人物の人間関係を利用出来るのだ。罪を被るのも『雪緒』では無い。雪緒が姿を借りただれかなのだ。
ショルダーバッグの中を探りながら、リュンの姿をした雪緒はポツリ、ポツリと涙を流す。バレない様にと更にうつむく。それでもその雫はバックに、手に、地面に落ちる。そして、目の前の男はそれに目敏く気付く。
「リュンちゃん!? どうした、他に痛いところがーー」
「ーーううん。ないっ」
「……そっか。何だかんだまだ子供だなーーうぉっ」
優しげな雰囲気に変わった目の前の男の首にガバッと巻き付いた。鳴咽がバレない様に、抑える様にキツく抱き着く。全身鎧に全身の力を全て動員し、彼から離れまいとする。
首元のプロテクターは、首の可動域の邪魔をしない為か少し広めの隙間があった。
「よしよし、まったく! あれだけ大人だなんだって言ってたのに甘えん坊さんになっちゃって」
少し陽気に、でも落ち着かせる様に柔らかく背中を叩く。梳く様に髪を撫でる。子供を落ち着かせる様に、優しく、柔らかく。
ふと、視線を前に戻した。何かが動いたわけでもない。今密着している少女が来た方向。
手が、覗いていた。少し傷のある、細い手。
何故か、見覚えのある手だった。
「ちょっとリュンちゃんごめんッ! 人がーーエッ」
熱い。首が。
手が自然と首の右側に伸びた。硬い何かに触れる。独りでに震え出す手でそれを掴んだ。少し小さめの、柄の様なそれ。力を込めて引き抜いた。
右手にあるそれは普段リュンが魔物の討伐部位を剥ぎ取る際に使うナイフだった。冒険者祝いに、男がーーロイスが渡したそれだった。
「ーーなんっ……でッ……」
理解も何も追いつかなかい。それでもと、腰にある鞄の中を漁ってーー回復薬はもうなかった。目の前の少女に使ったのが最後だった。
「ーーああ、とってもいい終わり方だ」
ーーその聞き慣れた声が、何故か違うものに聴こえた。
お読みいただきありがとうございます。
未だにこのサイトの使い方がよくわかっておりませぬ。