極一瞬
「さぁ、もう前置きは不要だろう?」
彼は一度ウインクをしたあと、本を開いた。
二ヶ月後.......。
サクがエリアスの仲間になった理由。彼女の父親はバケモノに殺されてしまったらしく、そいつに復讐したいと思って入った。今回の仕事は、まさかのそいつが相手だった。いつも以上に気合いが入る。
「準備は良いか?」
サクはライフルに弾を込めた。ランは両腕にはめたクローの爪を展開させた。準備はとっくに出来ていた。
さて、大仕事を始めるとしようか...。
英雄之仮面
守護の剣 最終章 _____。
相手はかつて無いほどに大きなバケモノだ。グロゴンデ・ゴンデ。体長4mのバケモノで、大昔に地球の大地を踏みしめたティラノサウルスのようなやつだ。こいつを倒せばミッションクリアだ。だがその巨体ぶりから、殺すことしかできなさそうだ。ゴンデが大きな口を開いて走ってくる。それぞれがそれぞれの武運を祈り、その場から散った。
ラエルが刀を抜き、ゴンデに斬撃を飛ばした。硬い皮膚の奴には効いていないかのようだった。まずはあの皮膚から何とかしなければならない。
「...そうだ、爆破させて吹き飛ばしちゃおう...!」
ランがエリアスに言った。
「...粘着する爆弾を引っ付けるか...!」
ただひとつだけじゃ物足りないだろう。
「...! お兄ちゃん! 落とし穴を作ります!」
「......。そうだ...! それだ...! ここから離れた場所...森を越えたところに作れ! ラン、サクはレテアと罠を作れ!」
罠を設置し、その周りに大型の爆弾を仕込む。それで一気に吹き飛ばす作戦だ。ラエルとエリアスで引き続き相手を疲れさせる。体がでかい分、疲れるのが早い。だがそれはこちらもそうだ。大きな尻尾から繰り出される攻撃を大袈裟に避けなければならない。可能であれば爪を斬ったりアキレス腱を斬ったり弱体化させたいところだが、硬い皮膚のせいでそれはできない。大きな足で踏み潰そうとしているのか、片足を上げてきた。
「まずい! 避けろ!!」
ラエルが寸でのところで紙のような体にならずに済んだ。
「...てめぇっ...!」
危ういところを見たエリアスの瞳が赤く光った。高く飛び上がり、落下と共に剣を構え、振りかざす。
「消えろッ!!」
何度も相手を切り刻む。しかしやはりダメージは通っていない。精々ゴンデの気をそらしたに過ぎなかった。ラエルが驚いたような表情でエリアスを見る。それもそうだ。彼は今、一度しか剣を振っていないのに対して紫色の斬撃が複数も現れたのだ。そう、エリアスは今まさに“刹那の領域”に達した。偶然か必然か、しかし彼は確かに刹那の領域の力を使った。地に降りたエリアスを見て、地ならしをするように強く踏んだ。ラエルはその前にその場から何とかして脱出した。エリアスは飛んできた岩石を粉々にした斬り砕いた。ラエルの目には彼が一歩も動かなかったように見えた。
そして剣を握りしめ、足に斬りかかる。皮膚の一部が砕けた。そこを重点的に攻撃すると、やがて血液が流れてくるようになった。ゴンデは痛そうに吠える。するとエリアスは瞬く間もなくその場から離れた。瞳の色がいつもの緑色に戻った。
「ちっ...! 早くしろ...!」
そろそろ限界になりつつあった。何とか攻撃を避け続ける。だがいい加減に息が切れ始めた。まずい。
「どりゃあっ!!」
ラエルが後ろから石ころを投げた。それに気付いたゴンデは、振り向いてラエルを襲い始めた。
「あのバカっ...!」
「来いよこのウスノロが!!」
ラエルがゴンデに大きな声で罵声を浴びせる。それを理解したかのようなタイミングで大きな鳴き声をあげた。
「うるせぇんだよこのデカブツがよぉ!!」
ゴンデがラエルを潰そうとするが、彼はそんなのを意図も簡単に避け続ける。初めて会ったときもそうだ。あいつはいつも無茶をする。
「...ばか野郎...!」
エリアスは背後を向いているゴンデに気付かれないように水を飲んだ。喉を潤すと、剣をしまった。
「...ハァ...ハァ...。」
頭から厳めしい角が生えた。目が赤色の光を放つ。
「目には目を...歯には歯を...。」
再び剣を取りだし、構えた。
「恐竜には竜だ!」
エリアスの赤黒い力を剣に込め、クロスにさせた斬撃としてそれを飛ばした。背中の硬い皮膚に深い傷ができた。
グゥオオオオオオオ!?!?
初めて感じたであろう痛みに身を震わせていた。エリアスを睨み、突進してきた。その瞬間、足元が爆発をお越し、ゴンデが転倒した。ラエルがエリアスのもとに駆ける。
「お待たせしました!!」
サクだ。アンダーバレルに仕込んだグレネードランチャーだ。
「よし...誘き寄せるぞ!!」
「はい!」
起き上がったゴンデは疲れはてていたが、それと同時に怒っていた。さて、ここからが本番だ。逃げるようにして森のなかに走る。ゴンデが怒りに任せてあとを追うようにして走る。森のなかは地形が不安定で、泥に足を持っていかれそうになるし、走っていたら目の前に木が現れる。ライフルを背負ったサクが二人を罠の場所へと向かわせ、気を薙ぎ倒しながら進むゴンデを誘き寄せる。森を過ぎると、向こうにそれはあった。
「こっちです!」
「頑張れご主人様ぁー!!」
レテアとランが大きく手を振る。三人を追うゴンデがおいついてきた。まずい。が...
「貰ったっ!!」
落とし穴寸でのところでそれぞれ散る。急に止まれないゴンデはそのまま落とし穴にすっぽり入った。それがきっかけとなって大爆発が起きた。轟音のあまりに皆が耳を塞ぐ。爆煙が晴れると、そこから見えたのは皮膚がズタボロになっているゴンデだった。
「気の毒だな。」
エリアスがゴンデの目の前に立つ。まだ生きている。すると落とし穴にはまった奴がそこで足掻き始めた。穴が広がり、這い上がって来た。
グゥオオオオオオオ!!
硬い皮膚がズタボロになったゴンデ。息切れをおこし、よだれが垂れている。
「もう一息だ! 片付けるぞ!!」
エリアスのその言葉を合図に総攻撃が始まった。
ランが目を真っ赤に光らせ、クローを展開させて頭の上へとかけのぼった。そしてランは両手のクローで目を潰し、ゴンデの視界を奪った。エリアスとラエルは二人で右足と左足のそれぞれのアキレス腱を斬ってやった。立っていられなくなったゴンデが尻餅をつける。レテアが爆薬を仕込んだ矢を放ち、サクがライフルのアンダーバレルのグレネードランチャーで攻撃する。頭部で爆発を起こすと、そのまま倒れ込んだ。
「無事か!」
エリアスが仲間たちの安否を確認する。ラエルが遅れてやって来たのでヒヤリとしたが、どうやら無事のようなので安心した。ゴンデは息をしていない。仕留めたようだ。硬い皮膚に守られていたため、中身が相当弱かったのか。いずれにせよ、倒せて良かった。ゴンデを死なせておく訳にはいかないので、これをギルドに持ち帰ることにした。
「お、おい、なんだこれ...!?」
馬車の荷台に乗せてきたゴンデの死体を見たマスターが驚きのあまりに目を見開いていた。
「今日の晩飯にどうだ?」
エリアスが冗談混じりでそう言う。
「.....ゴンデ...か...? は、はは...ははは...!」
ゴンデは中級のバケモノの中でも高難易度のやつだ。これをまだ中級クラスに入って間もない連中が狩ってきた。どうやら自分はヤバイやつらを育てていたらしい、とマスターは思った。思ってしまった。もう笑うしかない。
「さ、マスター! どーぞー!」
ラエルが彼の背中を叩く。
「あ、あぁ...! もうとんでもねぇなお前ら! こんなやつ連れて帰って来やがってよぉ! もういい! 食うぞ!」
ギルドから皆が何事かと様子を見に来た。
「あいつらまじかよ...。」
「とんでもねぇな...!」
今日の夕飯は、外でバーベキューとなった。
空に三ヶ月が登っていた。キラキラと光を放つ星が綺麗だ。その下でギルドに所属している皆が美味しそうに肉を頬張っていた。酒が飲めるようになったエリアス班の皆は早速酒を飲んでいた。ランを除く。レテアは一口飲むと、不味いといって吐き出した。皆がそれを見て笑った。サクは酒に弱く、1杯飲んだだけで既に酔っていた。父親の仇が討てた喜びだろう。帽子を脱ぐと、可愛らしい猫耳がひょこっと現れた。エリアスは一人、切り株に腰掛け、空を眺めながら肉をつまみに酒を飲んでいた。
「..........。」
ラエルが後で彼に言った。“あれ”はなんだったのかと。刹那の領域...。かつてヨツヒデ以外が到達し得ないとされていた領域だ。エリアスは、それに達していた。何故かは分からない。あればかりは練習することでなし得る者ではない。あれはたしか、そう、ヨシユキが言っていた。あれは死神に取り憑かれた者にのみ成せるものだと。死神に...。
「...コノハ...ヨツヒデ様に何があったというんだよ......?」
一際綺麗に輝く星にそう言った。あれが、かつて彼が愛した“彼女”だと思って。涙が頬を伝った。また、会いたい。そう思ってしまった。涙が酒に入る。自分でも酔っているようだと思った。そんなとき、誰かに肩を叩かれた。振り替えると、彼の妹のレテアだった。
「どうしたんですか? お兄ちゃん?」
「...いや...星が綺麗だなって...。」
彼女は彼の隣に座った。
「そうですね...!」
なんとも言えない美しさ。見るものによっては寂しさを煽るような光景。だが今のエリアスは独りではない。ラエルもレテアもサクもランもいる。
「ご主人様ぁー!」
ランだ。
「どうした?」
「ご主人様の膝でくつろぎたい!」
「好きにしろ...。」
「わーい!」
ランは狐になり、エリアスの膝の上で寝転んだ。暖かい。
エリアスは星を眺めていた。
その刹那、流れ星が現れ、そして消えた。
守護の剣 #9 極一瞬
「さて、お話は次で最後だ。」
彼はまた本を指でなぞり、開いた。
「ここまで僕の話に付き合ってくれてありがとう!」
「...って、まだ気が早いね!」
次で最後のようだ。