歯車
「あーそうだ。僕は君に嘘をついていた。」
急に彼がそう言った。
「さっきから本を置いては新しい本を手にとって、開いて、読んでいただろ? でもごめん。僕の持っているこの本1つで、すべて見れる。」
「彼の人生が薄いんじゃなくて、この本は内容が変わるんだ。...まぁ__...」
あれから二ヶ月が経った。ラエル、レテアの二人が仲間になってから色々な仕事に出掛けた。主にバケモノを狩る仕事だ。エリアスが初めて仕事に行ったとき、レルガードンとかいうバケモノを倒したことがきっかけとなり、名指しで依頼が来ることもあった。
「エリアスさん、仕事です!」
ラエルが貼り紙をもってエリアスに見せた。
「あぁ。行くとするか。」
「よっしゃ! 今回も張り切っていきましょう!!」
「そうですね! 頑張りましょう!」
ブルガン。四足歩行の巨大生物だ。近くの畑の農作物を荒らす厄介者だ。現地に到着した一向は、早速ブルガンの情報を近所の村から収集した。収集したそれと痕跡をもとにおおよその居場所を予測すると、向かっていった。目標のブルガンを見つけると一斉に武器を構える。エリアスはいつもの刀、ラエルはマスターから貰った刀で、レテアは双剣と弓を両立させている。とんでもないやつだ。
グォオオオオ!!
今思うことではないが、何故闇軍で働いていたときにこんなバケモノに遭遇しなかったのだろう? もう今の彼にとって、闇軍のことは傷ではない。もちろん、恋した彼女のことも、恩人である彼のことも、優しくしてくれた不気味な彼のことも、最後に話しかけてくれた彼のことなど、忘れる訳がない。彼らとの出会いが、そして今目の前にいる二人が、彼を、エリアスを強くしてくれた。
「おらぁ!!」
高台から飛び込んでブルガンの背中にのりだし、刀を突き刺した。
グォオオオオ!?
ラエルの刀はただの刀ではない。「秋月ノ兎」という名前が付けられた名刀だ。これは使う人間の意思の強さに応えてくれる。だから、ラエルの一刺しが相当痛んだのだろう。
「あなたに恨みはありませんが...この矢、食らっていただきます!」
レテアはそう言って弓矢を放った。デンキグモの体液が塗られているため、当たった場所の感覚がどんどん麻痺していくものだ。前足にそれぞれ二本ずつヒットさせると、たまらなくなって脱力した。痛みで暴れているためにどんどん体力を失っていく。
「仕上げだ。」
エリアスが刀を抜き、懐かしい技を使った。
「憤怒ノ三ヶ月......“峰”!」
要領は通常と一緒だ。だが、“峰”は「みね打ち」からとったものだ。大きな斬撃がブルガンを襲った。背中に乗っていたラエルは急いでそこから降りた。
グォオオオオ.......ッ!!
大ダメージが入った。そしてそのままたおれこんだ。死んでいないことを確認すると、捕獲用の麻酔を充分に盛った。こいつを連れてギルドへ帰る。
「あ、あの!」
後ろから女の声が聞こえた。
「た、助けていただき、ありがとうございました!」
振り向くと、金髪で帽子を深々と被った女の子だ。年齢は恐らくレテアと同じくらいだろう。
「...あぁ、いいんだ。俺たちは依頼を受けた。受けた依頼は完璧にこなす...それが仕事だからな。」
「そうそう。それに、報酬を払って貰ってんだし。適当は許されないよ。」
背後でブルガンの寝息が聞こえる。レテアがそんなブルガンを撫でる。
「いたかったね...ごめんね...。」
優しくそう言った。エリアスたちは何体ものバケモノを相手にしたが、殺したことはなかった。
「あの...私も、皆さんのところに連れていってください...!」
「...おいおい、何を言っているんだ...?」
エリアスが金髪の少女にきいた。
連れてきてしまった。彼女はサク。狩人の娘であることもあり、狙撃でなら役に立つと言った。彼女の父親はバケモノに殺されてしまったらしく、そいつに復讐したいと思って入ったのだそうだ。
「マスター、寮、空きがあるだろ?」
「え? いや、ほんとに」
「あの時のことがショックだったんだが、どう思ってる?」
「あぁもう分かったよ! 空いてるよ! 空いてる! うん!」
メイの家に押し込んだことだ。本当は寮に空きがあった。何故そんなことをしたのかは不明だが、関わる人全員の顔を覚え、数えていた。すると、寮の部屋と比べると十人分の空きがあったことが分かった。このくそマスター。今でもメイの家に居候しているが、そろそろ寮に住もうとしていた。
「メイとあんたはどういう関係なんだ?」
「ん? ただの友人だ。」
あんな可愛らしい子はこんなクソッタレと一緒にいてはいけないな。そう思った。
こうしてサクは、雑な成り行きで仲間になった。
今度は散歩をしていた時、偶然怪我をしていた子狐がいたので保護して手当てすると、そいつは実は化け狐だったのだ。耳が生え、尻尾が2つも生えた男の...娘。名前は「ラン」。雑な成り行きで仲間になった。彼はエリアスにとてもなついていた。
「サクン」とかいうめんどくさい奴が現れた。そいつは勝手にエリアスらをライバル視しているのだという。だから度々邪魔をしてくる。ほんと、バケモノは殺さないがこいつは殺そうかな。
気付けば四年が経った。もうエリアスは二十歳で、立派な男となった。
レテアたちのお陰で悪夢も見なくなった。ただひたすらにバケモノを捕らえ、研究所に送り、追加報酬を貰う。気付けば所持金も八桁に達した。ラエルも愛する彼女ができ、レテアにも彼氏ができた。二人とも楽しそうに毎日を過ごしていた。だがラエルに関しては耳を疑った。どうやらメイと付き合っているらしい。嘘だろ。レテアはギルドから少し離れた町に相手がいるようだ。名前は...聞いていない...。
エリアスは相変わらず依頼が書かれた貼り紙を見に掲示板に向かった。
広場でマスターが待っていた。
「どうした? マスター?」
「お前に紹介したい人がいてな。」
「恋人なら作らないぞ。」
「おしい。まぁ待合室に行ってろ。」
紹介したい人...? なんにせよ、適当に話を聞いてさっさと貼り紙を見ないといけない。何故なら良い仕事ほど高い報酬はなく、やりがいもない。命かけて戦うときがこの仕事のやりがいというものだ。
「失礼します。」
入ってきたのは、紫色のローブを見にまとった桃色の髪の女の子だ。
「彼女は...まぁ今は深い話しはしない。彼女はかつて、お前に殺されかけそうになった女の子だ。」
ふと桃色の髪の少女が目に入った。間違いなくあの時の女の子だ。エリアスはその子の下へ降りると、その子の目を覗く。そして禍禍しい腕を伸ばそうとしたが、緑の髪の男の人に阻まれた。
そうか、あの時の...ドラン族はもう一人現れた。
「私は、ネラ。」
声が小さく、控えめな性格であることが察せた。
「それで...ネラさんが俺に...復讐か?」
「そんなことはない...。私はあれがあったから力が目覚めた。あなたには、感謝してる。」
不思議な奴だ。
「あなたに、伝えようとしてる人がいる。」
「伝える...?」
「もう少し、待つ。すると、分かる。」
だんだん言葉が怪しくなってきた。何を言っているのか分からない。が、どうやら二ヶ月後にまたここに来るらしい。その時に“伝える者″を知らせるという。
変な奴だった。エリアスはそう思いながら掲示板を見ると、気になるものがあったので、それを剥がして皆がいる所へ持っていった。
「お前ら、仕事だ。」
ふふっ。思えばここで彼の運命が別れていた。君はどっちを選ぶと思う? え? まず最初から僕の正体が気になるって? んー。いつか分かるよ。でも、そうだな。少しだけ教えてあげる。僕は、“英雄の仮面”を使う者。全ての英雄たちの伝説を語るものでもいい。この世界で君が知ってる英雄のなかに、「ジクティア」、「リュウガ」、「フィリオ」とかいない? あったとしたら、近いうちに必ず会えるさ。さて、僕の話はここまでだよ。この本も、もう残りわずかだ。最後まで彼・エリアスを見届けてくれると嬉しいよ。
あ、そうだ、君はどっちがいい? 彼が幸せになる運命と、不幸になる運命。僕は前者かな。
一瞬だけ目に入った景色が揺らいで見えた。しかも紫色に染まった。頭痛がして吐き気もしたが、すぐに治まった。なんだったんだ...?
「エリアスさん? どうしました?」
ラエルがそんな彼を気遣った。
「...あ、いや、なんでもない。それより仕事だ。これを見ろ。」
全ての運命は、決まっている。
そしてそれに向けて準備が始まっている。
守護の剣 #8 歯車
「...ってこと!」
彼が話していた重要な部分が全く聞こえなかった。理由は分からない。
「じゃあいよいよ、本当に終盤になった。」
彼は手に持っている本を閉じ、指でなぞると、再び開いた。
覗いてみると、本の内容が確かに変わっていた。