運命
「英雄研究部」
彼の話の続きが気になり、探している本のタイトルをきいた。
「ん? やっぱり気になるかい? ふふ、君と僕はどうやら気が合うみたいだね! えっとね、『運命』ってやつだよ! 色んな人たちの考察とかあるから意外と厚いけど、僕が要約して話すよ!」
数分間の捜索の末にやっとのことで見つけた。さて...本の中身を、いや、彼の話を聞こう。
里を焼き尽さんとするために暴走したエリアスの周りは既に複数の大人たちに囲まれていた。
「幼き黒竜、ドラン一族のために今ここで始末する!!」
翼を広げた青色のドランがそう言うと、皆一斉に向かった。
飛んでくる大人たちを腕が貫き、握り、叩き潰す。戦闘を繰り広げるなか、エリアスは第二の翼を広げた。それは骨のようなもので、翼というには無理があるかもしれない。真上から攻めるものには、その第二の翼による爆撃を食らわした。亡骸が空から降ってくる。道に落ちるものもいれば、燃えている建物に落ちるものもいた。エリアスはそれを見てニヤリと笑った。
赤黒い電流が走る。まさに邪神と呼ぶに相応しいエリアスを止めることができるものはいなかった。
「お兄ちゃん!!」
泣き叫びながら誰かを探す緑色の髪の少女がいた。
「どこにいるの!?」
一人で火の海に飛び込み、泣きながら兄を探している。先程潰したやつに似たような奴がいた。そうだ、あいつも殺してやろう。不気味な薄ら笑みを浮かべて少女に近付く。
「...お兄...ちゃん...?」
握り潰してやろう。そう思って腕を伸ばす。
「よせ!!!」
誰か、聞き覚えのある声がした。聞き覚えのある声...覚えてる声なんて1つだけだ。だがいくら辺りを見渡してもその人はいない。当たり前だ。だってその人は...。
「怒りに支配されちゃあおしまいじゃろ! 目ぇ覚ませエリアス!!」
どこにいるんだ? 一体どこに? 高く飛び上がって辺りを見渡してもいない。
「どこ? 叔父さん...? どこにいるの...!?」
__ドクンッ
一瞬でも黒竜から我にかえったエリアスの力が弱まっていく。ゆっくりと地面に降りて行き、第二の翼が消滅した。その後間もなくして腕も消えて翼も消えた。
「今だ! 取り押さえろ!!」
知らない大人の声がした。
ついにエリアスが知るその人は最後まで現れなかった。何人もの大人たちにおさえられ、そのまま気を失った。
今回の事件での死亡者は85名。行方不明者は43名。ドランの里には法律はない。だが、エリアスは幼きにして犯した虐殺は決して許されるものではなかった。エリアスはドランの里を追放された。
激しい雨が降る森のなか、少年は一人で立っていた。暴走していた彼を止めた1人の男の声。その正体は彼の唯一の理解者であった叔父だ。だが彼はいなかった。一体あれはなんだったのだろう? 雨のなか、エリアスはジャック叔父さんの顔と声が頭に浮かんだ。
「エリアス、どうした?」
窓を眺めるエリアスに、ジャックが寄り添った。両親の都合でエリアスを預かっている。その理由を預けられた彼に聞いても、忘れたとばかり言う。
「別に。調子悪いだけ。」
「嘘こけー。ほんとはそとのやつらみたいに遊び回りたいんじゃろうよ?」
「...。」
「図星じゃの?」
「いいからほっといてよ。」
あの時のやりとりだ。
「エリアス、ちょっと買い物に出かけようと思っておるんじゃが、お前も来るか?」
まさかこの日が彼とお別れをする日だなんて思わなかった。悲劇は急に来るから悲劇なんだ。誰も教えてくれないし、誰も助けてくれはしない。ねぇ、叔父さん。ごめんなさい。エリアスは涙を流してなにもない目の前に言った。そこに彼はいないのに。
「ごめんなさい...。ここまで面倒見てくれたのに、こんな...。」
涙が溢れてくる。拭っても拭っても流れてくる。無駄だと分かってそれをやめた。暖かい涙が一瞬にして冷たくなったのは、雨のせいだろう。
「...泣いててもダメだよね...。とりあえず歩こう...。」
何もないない目の前にそう言った。
かつてジャックは彼にこう言った。何か嫌なことがあっても、反省したらすぐに進め。でないと時間をただ浪費するだけだ。反省しても足りないなら、意を示す何かをすればいい__ と。
無意味に殺してしまったことは反省してもし足りない。更生して二度と同じ過ちは犯さないと誓うしかない。そしてそれを実行する。ジャック叔父さんには、一生をかけて詫びとお礼を表すしかない。エリアスはそう思って前に進んだ。
雨が降っているせいで足元が悪い。2時間もそのなかを歩いているうちに気力が尽きた。木陰に背をもたらせて休む。ここで死ぬのだろうか。さっき誓ったことと矛盾するけど、死んで詫びるのも良いのではないかと考え始めた。
「なんだ坊主、お前1人か?」
いつの間にか目の前に誰かが来たようだ。また知らない大人の声だ。
「___?」
「_____。」
もはや何の話をしているのか、それを聞くことも出来ない。ただそれを察したのか、エリアスを担いでどこかへ向かっているのは分かった。その最中に気を失った。
「貴様、この私に子守りをしろと?」
「あぁ、しばらくの間で良い。」
「使えなかったら捨てるぞ。」
「...あぁ、構わない。」
「お? やっと起きたかの?」
目を覚ますと目の前に黒髪で青色の瞳をした人がエリアスの顔を覗きこむような体制でいた。
「ここはどこ?」
と、エリアスは問う。
「闇軍の場内じゃ。」
闇軍???
「君は?」
「人に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀じゃぞ?」
「僕はエリアス。」
「わっちは『コノハ』じゃ。そち、髪が長いが女か?」
「....男だよ。」
「なんと。なぜそこまで伸ばしておるのじゃ?」
「なんでって...切ってないからだよ..。そういう君は?」
「見てわからぬか? 女じゃぞ? ほら、お主よりもあるぞ?」
同じ体制になってピンと背筋を伸ばした。
「身長のことか? 身長のことなのか?」
ピキッときた。なぜかは知らない。だが何故かピキッときた。
「わっちのことを姉だと思ってもいいぞ、弟よ!」
そう言ってコノハはエリアスを撫でた。彼は不満そうな顔で彼女を見た。
「コノハ、騒がしいぞ。」
「父上!」
顔の左片方を鉄の仮面のようなもので隠している男が部屋に入ってきた。
「この方は闇軍の総大将の『ヨツヒデ』様じゃ。わっちの実父ぞ!」
「貴様はとある男から預かった。森にいたそうだが、そんなことはどうでも良い。ここにいる以上、貴様は私の部下だ。回復した後、みっちり仕込んでやる。」
鋭い視線がエリアスを突き刺す。寒気がした。
「使えなかったら殺す。」
「父上! こやつはわっちの弟分じゃぞ!」
「関係ない。...いつの間に決めたのか、コノハ?」
「にへへ!」
「まぁいい。ならばコノハ、こやつの教育は貴様がやるんだな。」
「おうじゃ!」
コノハがそう言うと、ヨツヒデは部屋から出ていった。
「エリアスとやら、父上は怒らせてはならんぞ。ほんとに恐ろしいお方じゃからの。」
「う、うん。」
ちょっと話しただけでも彼の厳しさが伝わった。コノハはエリアスの頭を撫で、そのまま横にさせた。
「今は寝ておれ。お主、死ぬ寸前だったんじゃぞ。」
コノハは1つだけ年が上で、つまり七歳だ。歳の割りにしっかりしている。見知らぬ少年であるエリアスを本当の弟のように面倒を見ることにした。
次に目を覚ましたのは、翌日の真昼だ。
「おっ。起きたかの。ほれ、ご飯じゃ。」
コノハが隣にいた。小さな机の上におぼんがあり、その上には白いご飯が盛られた茶碗や焼き魚、ほうれん草のひたしがのった皿等があった。
「ありがと...。」
「たんと食べるんじゃぞー?」
コノハの小さく細い指の所々に絆創膏が貼られている。
「これ、コノハが作ったの?」
「ん、んん...ま、まぁの...?」
後頭部を軽くかいたあと、続けた。
「けど、わっちが作ると言ってももちろん皆のものはさせてくれるわけがないじゃろ...? だから...お手伝い...といった方がいいかものぅ...。」
嘘はつけない性格だ。そんな彼女を見たエリアスは、目の前の白いご飯を見つめたあと、彼女に視線を戻した。
「料理ができるんだね。すごいよ。」
「そうか? ふふ、嬉しいぞ! お主は料理はしないのか?」
エリアスはコノハの質問に答えることはなかった。彼の傷を抉ることになるからだ。沈黙から彼女は察した。森にいたことと理由があるんじゃないかと思ったのだ。
「まぁ食え! ほれほれ、ご飯が冷めてしまうじゃろ??」
机をエリアスの目の前まで持ってきてやると、彼は箸を鷲掴みにした。そもそも箸というものを知らない。ドランの里ではフォークやスプーンが主なのだ。
「どうした? 箸、分からぬか?」
「はし...? 川のやつ...?」
彼はキョトンとしてそう言うと、コノハは笑いだした。彼はそれを見て少し気を悪くした。
「すまんすまん、そっちの『はし』ではなくて、この二本の棒のようなものじゃ。これを、いやこれも、『はし』というんじゃよ。」
機嫌を直したエリアスにコノハがそれの使い方を教えた。まだなれないため、どうしてもイライラしてしまう彼を、彼女は横から微笑みながら見守っていた。なれない手つきでご飯の粒を掴み、口に運ぶ。不服そうにコノハを見る。彼女はそんな彼に、いつかなれるからそれまで練習することだと言った。食事をする気も失せたエリアスは、
「...もういい。」と言って机を遠ざけた。
「仕方ないのう。」
コノハはそう言って箸を掴み、器用に焼き魚の身をほぐす。欠片を箸で掴み、それをエリアスの口の前まで運ぶ。
「ほれ、口を開けろ。」
言われるがままに口を開けると、中にそれを入れられる。
「慣れぬうちは、わっちが食わせてやる。文句言うならちゃんと練習することじゃな。」
初めて下らないことで悔しい思いを感じた。拒否することもできるが、コノハの実父であるヨツヒデ様という怖い人に怒られるのだけは嫌だったため、仕方なくそのまま食べさせられ続けた。
「ほれ、あーん。」
「それやめてよ...。恥ずかしい...。」
「ふふっ! エリアスは可愛いのう!」
食事を終えたエリアスは、早速起き上がった。
「ついてこい、エリアス。」
コノハが彼にそう言ってリードする。食べたあとの食器は勝手に下部が片すそうだ。ついていくと、目の前に大きな廊下が広がっていた。床は木材で、綺麗に磨かれているためか照明に反射して光沢を放っている。壁は白い壁紙で傷ひとつもなかった。その初めて見る光景に、エリアスはぽかーんと立ち尽くす。
「まずはわっちと一緒に掃除から始めようと思う。なぁに、今回はここの仕組みを知ってもらおうと思ってな。一週間くらいは時間を作ったから、一緒に城内を歩いてここになれてもらうぞ!」
廊下でさえこの大きさだ。一体ここはどれだけ大きいんだろう。
「エリアス、こっちじゃ!」
コノハが廊下の先で大袈裟に手を振る。エリアスは急いでコノハのもとへと向かった。
「コノハ...知らない大人...怖い...。」
「ん? あぁ、ならばわっちの手を握れ。」
そう言って彼女は手を差しのべた。エリアスはそれを強く握りしめる。
「ごきげんよう、姫様。」
通りすがりの男性が彼女に挨拶をした。
「ごきげんよー!」
満面の笑みでその人に挨拶を返す。エリアスはずっと彼女の手を強く握っていた。
「ここがトイレじゃ。覚えておくがよいぞ! 寝る前にトイレは済ませておくんだぞ?」
「うん...。」
ずっと離さずに手を握る少年を撫で、少し落ち着かせてから次のところへ行った。次々と部屋を案内し終わり、元の部屋に戻った。恐ろしく広い建物だ。当然だがドランの里では多くの部屋を持つ大きな建物なんて見たことない。そもそも家から出てないから余計に。疲れはてて布団に横になる。
「一週間も時間があるんじゃ。早くなれなきゃの?」
横になっているエリアスを隣で見ているコノハがそう言った。こんなに広いんじゃ覚えるのも大変そうだ。そんなことを思っていると、疲れのせいもあって眠気が強まってきた。目を閉じるとすぐに眠りについた。
守護の剣 #2 運命
「さて、ここまでだね! 次は...あ、もうこんな時間か。ねぇ君、もしよかったら『英雄研究部』に入らない? ふふ、返事は今でなくてもいいよ。エリアスさんの話を全部聞き終わった頃でもいいしね!」
名も知らない彼はそう言って笑った。英雄研究部...まぁ悪くはないかも知れない...。
返事はすぐでなくても良いようだ。エリアスさんについての話を最後まで聞こうかな...?