愛し君へ
「さぁ、ここまで彼の戦いを描いてきた物語だけど、ここで一旦幕を降ろす。」
「さぁ、見ようか。彼の物語を。」
“彼”はそう言って本を開いて見せた。
「エリアス、準備はいいな?」
マスターが聞いてきた。
「あぁ。」
翌日の夜、マスターとネラに呼ばれて外に出た。灯りは焚き火しかない。そこが明るいだけであとは真っ暗だ。
「さて、“伝える者”を呼ぶぞ。」
「............。」
何も起きない。誰も来ない。目をつむれと言われたので、言われた通りにした。
「うむ...。では、終わったらそのまま帰るが良い。私たちは先に帰る。」
ネラはそう言って去っていった。足音が小さくなっていった。
「.........。」
「ばぁっ!」
誰かに背中を押された。振り向くと、...
「...このは......?」
少女は笑顔を浮かべ、頬を紅に染めた。
「そうじゃ! 妾じゃぞ?」
白い法被を身に纏った、まさしく彼女だ。
「......。」
「ふふ、何を泣きそうな顔をしておるのじゃ...!」
そりゃあ...そうだろう...。彼はそう思った。もう会えないと思った。その彼女が今、目の前にいる。
「...夢の中だと思っておるな? 妾が蹴ってあげるぞ?」
「......よせ...。」
「ふふ!」
笑った彼女の声が震えていた。
「...はぁ...。...泣かぬと...決めておったのにな...。.......お主の前に現れると...持たないよ...。」
「...るせ......。」
すすり泣く彼女を、彼は優しく抱き締めた。暖かい。最後に一緒に寝た日を思い出した。
「エリアス...ただいま...。」
「...あぁ...おかえり...。」
「...うん...。」
彼女の温もりを感じられるとは思わなかった。
「そうだ、コノハ...。お前、なんでここに?」
「ばかもの...妾はずっとそばにおったぞ...。」
「...ほんとかよ...?」
「ほんとじゃ...。お主はずっと気付いてくれなかったがの...。」
「......気付くかよ...。ったく...。」
彼女の頭を撫でる。
「それにしてもお主の夢に出てきた妾、あれはちと怖すぎるぞ...?」
「...見えるのかよ...。」
「当然じゃ...! 夢でも現実でも、別の女にうつつを抜かされんよう、見張っておったわ...!」
「...んな余裕なんてねぇよ...。ばか...。」
「“姫”に向かって...ばかとはなんじゃ...。」
懐かしいやり取りだ。二人とも、声を涙に濡らしながら喋っていた。
「...お主が刹那にたどり着いたのは、父上がお主に力を与えたんじゃよ...。」
どうやらヨツヒデは、過去に色々なことがあった故に死神と契約を結んでいたのだという。そしてその契約の条件は、「汝が死したとき、汝の魂を我と共に歩ませる。」とのことで、要するにヨツヒデは死神になったのだという。
「...まじかよ...。」
「まじじゃ...! 今は死神の一人として天界におられておる!」
死したあとも、ずっと彼を、見守っていたのだ。それを知ったエリアスの目には涙が溢れていた。
「体つきがたくましくなったのう...?」
「色々あったからな...。」
「そのようじゃな...?」
「あぁ...。」
「...それにしても...懐かしいエリアスの香りじゃ...。...大好きじゃぞ...!」
彼女が一層強く抱き締めた。
「...俺も...好きだ...。」
「む...『大』はどこいったのじゃ...!」
「細かい奴だな...。大好きだって...。当たり前だろうが.....。」
そう言ってさらに強く、ぎゅっと抱き締めた。コノハの頭がエリアスの胸部に当たる。
「一人の男として、お主が大好きじゃ...!」
あの時、最期に彼に言った__ いや、言いかけていた言葉だ。
「...あぁ...。」
焚き火が薪を残さずに燃やそうと盛った。
「...時間じゃ...。」
「.........。」
「会えて良かったぞ、エリアス...。」
「......。」
「エリアス...?」
「...また...会えるか...?」
今度はコノハが黙った。それが答えだった。コノハには未練があった。それが、またエリアスと話したいというものだった。それが果たせた今、もうこの世に留まることはできない。
「...大丈夫じゃ...! 死んだものは生まれ変わるじゃろ! 妾も生まれ変わるから、その時___ 」
「うるせぇ...。俺はお前の『魂』が好きなんじゃない...俺はお前が好きなんだよ...! コノハのことが好きなんだよ!!」
その言葉がコノハの胸を貫いた。胸が苦しくなって涙が溢れ出した。
「だから逝かないで...。ずっと...俺の...そばにいてくれ...!」
「....っぐ....。ばかものめ......。」
その言葉が嬉しかった。ずっと待っていた。見えない姿となって彼のそばにいた。いくら話しかけても反応することは無かった。けど今、話すことができた上に抱き締められている。これ以上に望むものはない。満足している。
「もう....ばかなんだから......!」
「...。」
彼女の体から黄色の粒子が現れた。
「......いくな....いくなよ....!」
絶対に離すまいと抱き締める。
「...なん...じゃ...寂しいのか...?」
「当たり前だろうが...!」
「......。」
「コノハ....! コノハ.....!!」
涙が止まることを知らずに列をなして流れ続ける。
こんなに涙を流す彼を、未だかつて見たこと無かった。
コノハは、自分よりも背のある彼の頭を撫でた。
「エリアス...最後に、きいてくれるか...?」
「嫌だ...最後なんて...絶対に...!」
妾と出会ってくれて__
妾を好きでいてくれて__
妾と一緒にいてくれて__
英雄之仮面
守護の剣 最終章 _____。
「ありがとう....!」
「......ッ!」
「妾のことを忘れて、新しい恋をしておくれ...。」
迷わず、消えかけている彼女にキスをした。あの日、彼女と分かれた時のように。あの日、これから起こる悲劇がまだ分からなかった時のように。
「ばか...。」
コノハは最後に、笑って消えていった。
「...ふふ......。俺の...勝ちだ......。」
最初にぎゅっと抱き締めた。
あの時、コノハに捕まった時と同じ言葉をかけた。もうそこには彼女はいない。見えない姿となって見守ってくれていたそうだが、もうそれすらもない。
俺はまっすぐな剣。最初は扱いが厄介だった。だが相応しい主に魅入られ、活躍した。でも本当に守りたかった者を守れなかった。ボロボロになった刃は、新しい仲間たちと、かつての主たちによって磨かれた。
俺は剣だ。全てを守って見せる。
今までの苦難...でもそれが自分を強くし、それが多くの出会いと別れを生んだ。
今まで経験した喜怒哀楽や関わったすべてのものに、
英雄之仮面
守護の剣 最終章 『感謝』
輪廻転生...もしそれが本当なら、また彼女と会えますように___。
焚き火の火が消え、しばらく余韻に浸ってから、彼はその場を後にした。
「かくしてエリアスさんは、過去と決別し、新たなる道を歩んだ。
それは、出会ってきた仲間たちと共に未来を行く物語。
そして彼らは近いうちに必ず出会う。世界の危機...本物の“敵”に。
彼らは別の世界で戦う英雄たちと手を取り、その強敵に__
おっと、これはまだまだ先の話だったよ...。」
彼はそう言って本を閉じた。
そう言えばひとつだけ疑問があった。
この人は一体いつ、コノハという女性に会ったのだろう?
そして物語の中に現れた、死者を甦らせる未来人...。
伝える者を召喚するドランの女性。
謎は解消されなかった。一体、何だと言うのだろうか?
彼は深く考える自分を見て、クスッと笑った。