生まれ
「英雄研究部」
黒髪で、身長もなかなかあるくらいの男が図書室の本を探っていた。
「……あれ? どこだったかな…?」
身の丈に合わないくらいブカブカのローブを着ていたその男は、とある本を探っていた。それを後ろから見ていたこちらに、彼は気付いた。
「あれ? 君…。ふふっ、そうか!」
彼はニコッと笑ってこちらに近付いた。
やぁ、初めましてかな? もしかして別の世界で君と会ってる? もしそうだとしたら...多分僕が「彼」を見ていたみたいに、ずっと僕のことを見届けてくれたんじゃないかな。そうだとしたら、この場を借りてお礼を言うよ。ありがとう。もしかしたら僕は君のお陰で...いや、僕にとっては過去の出来事だけど、もしかしたらまだ君にとって未来の出来事かもしれないね。その時に改めてお礼を言うことにするよ。
さて、僕の話はここまで。ここからは、「彼」の話をするよ。彼は古来よりこの世界に伝わる伝説の種族、「リルドラケン」と人間のハーフであるとされる一族、「ドラン」の末裔だ。名前はエリアス。通常のドランは赤い髪の毛とか青い目とか、とにかく色がついてるはずなんだけど、彼は黒い髪の毛で緑色って感じで異質だったんだよ。僕が言うのもなんだけど...彼は...可哀想な人だったんだ。
守護の剣
第一章 きっかけ
ドランの里。それは、人間が立ち入ることが不可能とされている山奥にある。しかし結界が張られているため、普通の人間は立ち入ることができない。かつて何人かの人間がどういう手段かは不明だが入ったことがあったそうだ。もちろんドランはそれを許さず、それらは殺害した。人間の世界では行方不明扱いとなっている。ある地域では「神隠し」と称されているそうだ。
建築物に使われるものは、石のレンガや土、泥、木材、バナナの木に生えているものと同じような葉などがある。周りは山だと言うこともあって木々が生い茂っており、山菜がたくさん採れる。法は存在しておらず、里に住まう長の下で平和に暮らしている。一人の少年を除いて。
今日も外では子供たちがかけっこをして戯れていた。大きな荷物を運ぶ男に激突してしまい、軽く頭を下げるとその人は快く許してくれた。これが普通の日常なのだろう。だがエリアスにとってその声は耳障り以外のなにものでもなかった。外に出れば砂や石を投げられ、暴力を振るわれる。
「エリアス、どうした?」
窓を眺める少年に、白髪で目元に傷がある男が寄り添った。彼はジャック。エリアスの叔父だ。エリアス自身は覚えてはいないが、両親の都合から叔父に預けられている。その理由を預けられた彼に聞いても、忘れたとばかり言う。ずっと叔父と暮らした彼は、両親の顔など覚えていないのだ。
「別に。調子悪いだけ。」
「嘘こけー。ほんとはそとのやつらみたいに遊び回りたいんじゃろうよ?」
「...。」
「図星じゃの?」
「いいからほっといてよ。」
本当なら遊んでこいと言いたいところだ。だがそれはエリアスを苦しめる言葉となることは容易に想像できた。ジャックにはそんな彼になにもしてあげることができなかった。
エリアスはため息をついて窓から離れた。
彼はまだ6歳で、本当はもっと外で遊ばせるべき歳だ。だがそうさせてくれないのは外にいる子供たちである。ごく一部の大人たちからは優しくされている。それが燃料となっているのかもしれない。ちなみにエリアス自身、なぜそのごく一部の大人たちに優しくされているのか分かっていない。
気晴らしに散歩でもしようと思ったがやめた。さらに曇らせるだけだ。どうして僕だけこんな目に合わなくちゃいけないんだ。彼はそう思った。彼の居場所は叔父の家以外に存在しない。
「エリアス、ちょっと買い物に出かけようと思っておるんじゃが、お前も来るか?」
「僕はいい。」
「まぁそういうな。この被り物がついてる服を買った意味もなくなっちまうじゃろうて。たまには外に出ないと体に毒じゃ。さ、いくぞ!」
ジャックはそう言ってフード付きのパーカーをエリアスに投げ渡した。彼なりにエリアスのことを考えているのだろうが、本人からすれば嫌な気持ちにさせているだけだ。ジャック自身もエリアスも複雑な気持ちになってしまった。しかし彼はパーカーに着替え、フードを被ってジャックについていった。
外に出たのはいつぶりだろう? 部屋のなかにずっといたエリアスにとって、外の世界は不安と恐怖を与えるだけだ。道中でかけっこをして遊ぶ少年たちとすれ違う。だがエリアスに気付いておらず、そのまま通りすぎていった。
「効果、あるじゃろ?」
ジャックがそう言って彼の手を握る。
「うん...。」
ちょっとだけ気が楽になった。
エリアスはこう考えるときがある。両親が僕をジャック叔父さんに預けたのは、僕が醜いからなんじゃないか、だからジャックも両親の話をしないのではないか、本当は殺したいはずだ、と。
一部のドランは竜になることができる。そして黒髪というのは、ドランに伝わる「災いをもたらす伝説の黒竜」になるものとされている。彼が迫害を受けていた明らかな理由はそれだ。だから、両親は災いを呼ぶぼくを捨てたんだ、とも考えた。だがジャックはエリアスを引き取った。その理由は分からない。だがそれがあって、彼はジャックのことをこころから信頼している。
「今日は何が食べたい?」
「なんでもいいよ。叔父さんに任せる。」
「困る回答がきたのう。」
家族らしいやりとりをしながら店へ向かう二人を、背後から黒い帽子を被った金髪のドランが追っていた。
今晩はカレーにしよう。ジャックは子供が大好きであろうものを考えた。そのため具となる野菜を買おうと、まずは八百屋に向かう。
「おう、ジャックさんか! エリアスくんも一緒だな!」
作業用のつなぎの上から白いエプロンを着ているおじさんが来店したジャックとエリアスに挨拶した。
「いっつもどうもなぁ、おっちゃん!」
「...こんにちわ...。」
二人はそれに応える。ジャックはまるで屋台のように簡易的な造りの店に並べられた野菜を一通り見る。店主のおじさんと世間話をしながら買い物をする様はまるでおばさんだ。暇なエリアスが辺りをキョロキョロしていると、一人の女の子がこちらを見ていたことに気付いた。桃色の髪だ。あとは、強いて特徴をあげるなら黄色の瞳。彼はちょっとだけ怖くなってジャックにしがみつく。彼はそんなエリアスに気付いてとっとと買い物を済ませた。
「またよろしく頼むどー!」
「おうよー!」
ジャックはいつも野菜を買うときは先程の野菜に行くため、二人は仲が良い。だが何よりもエリアスに気を遣うため、もし彼が何かに怯えているならすぐに用を済ませる。強引に外に出したので、その責任を取るためでもある。
そうして買い物を済ませた二人は家に戻る。両手に荷物を持っているジャックは、鞄のなかにある鍵をエリアスに取らせ、家の鍵を開けさせる。鍵が開くのを待っていると、背後から誰かが近付いて来たのが分かった。完全に気配を消そうとしているようだが、ジャックはすぐに気付いた。誰だ? 万が一エリアスをどうかしようとする 者で、反応が遅れたらまずい。そう思った彼はいつでもエリアスを庇えるように構える。予想が的中した。迫る何者かがエリアスの方へ走り出した。ジャックは荷物を空中に置くように投げ、エリアスと何者かのあいだにはいろうとした。間に合いそうにないので、そいつに体当たりを食らわすことにした。見事に当たった。
「叔父さん...!?」
背後で急に起きたことに理解が追い付かないエリアス。彼を差し置いて二人が睨み合う。
「お前は誰じゃ!?」
「...ッ!!」
ジャック目掛けて走り出したそいつの手には、銀色に光るものがあった。
「おまっ...!?」
刺す気だ。
突きだしながら走ってくるが、それを避ける。
「エリアス! 逃げい!!」
混乱して一歩も動けない。彼をなんとかして守り、時間を稼ぐしかない。※※※※に教わった方法で相手の凶器を奪うことにした。だが相手はそれを捨てた。どういうつもりだ。それに気をとられたせいで反応が鈍った。相手が再びエリアス目掛けて走る。ハッとして彼を庇いに向かう。間に合わない。目の前のそいつが懐から何かを取り出したのが見えた。さっき捨てたものと同じ凶器、ナイフだ。
__まずいッ!!
取り押さえることは諦めた。とにかくエリアスを__ッ!!
腹部に激痛が走った。赤い液体が流れている。だがエリアスは守れた。そして襲ってきた奴も男だと判明した。とにかく弱りきる前にこいつをどうにかしなきゃいけない。ナイフが刺さった状態で相手の首をがっちりと固定する。そして翼を広げ、力を込める。ドランにとって本来の姿である竜に姿を近付けることで、力を出すことができる。エリアスを殺そうとしたこいつの首の骨を折ってやる。角が生え、さらに力が入る。だがそうなると同時に腹部の傷が深くなる。
「叔父さん.....!?」
「逃げろ!! そして誰か呼べ!!」
目の前の光景のショックに腰が抜けてしまった。それも仕方ない。彼はまだ6歳だ。こんなのトラウマになるに決まっている。
「はよ!!」
首を固定されているそいつも翼を広げて抵抗し始めた。断末魔のような大声をあげた。深傷を負っているジャックは圧倒的に不利だ。固定している腕をほどき、ジャックを蹴り飛ばす。背中を強打して吐血した。金の髪で赤い瞳の男が、ハァハァと息を荒げている。彼らを睨むと、自身の腕を竜のような厳めしい腕にして爪を伸ばす。ジャックがなんとか立ち上がり、それに対抗して相手と同じく腕を変化させる。
「やめて...。 叔父さんを...いじめ...ないで...。」
叫びながら大きな拳を振るう。だが相手に敵わず、その腕を掴まれ、再び投げ飛ばされる。今度は地面に寝そべった。既に瀕死である彼にとどめを刺そうとする。
「うわぁぁぁぁぁあ!!!!」
エリアスがそれを阻止した。逃げろと言われているが、見ていられなくなった。これが初めて彼が勇気を振り絞った瞬間だった。
「やめろ!! やめろ!!!」
必死になってしがみつく。だが幼い彼の力は、大人を止めるには不十分で、殴り飛ばされた。
「貴様ァァア...!!」
立とうにも立てないジャックが精一杯大声を挙げて言った。だがそれも、彼が死を目前としていると把握できるくらいに弱っていた。男がジャックに近付く。エリアスは起き上がって再び抵抗に向かう。
_グシャッ
しかし、エリアスの目の前で彼は殺された。
_グチャッ
そいつの厳めしい腕に叩きつけられ、死んだ。
「.......や......だ......。」
死んだ彼がエリアスのために作ろうとしていたカレーの具材が入った袋が風によって音をたてた。男がジャックの死体を蹴ると、次はエリアスを睨む。
「おじ....さん....。」
風のような、かすれたような声が震えている。皆から迫害を受けていても、ジャック叔父さんだけはずっとそばにいてくれた。だがもう彼はいない。今までのストレスが一気にエリアスを襲った。そしてその時、身体中に電撃が走った感覚がした。
心のなかでもう一人の彼がこう言った。
コロセ。
暗黒の波動が男を吹き飛ばした。
「...!?」
黒い電流がエリアスに流れている。ピリピリと感じる痛みがむしろ心地よい。
「ハァ...ハァ...!」
漆黒のオーラが彼を包む。角が生え、雄々しく大きな翼を広げた。そのしたからは鋭い爪を持つ三本指の腕も現れた。まるで邪神のように禍禍しいその腕は、骨が無いのか、まるで触手のように蠢いている。
「全てを壊してやる...。全てを...殺してやる!!」
男はすぐに立ち上がって拳を振りかざす。禍禍しい手が男を握り、潰した。そいつはまるで握り潰された果実のような哀れな姿となって地面に転がる。
災厄を呼ぶ黒竜。エリアスは容姿がそれと似ていただけではなかった。まさに彼がそれだったのだ。彼の心は既に真っ黒だ。空を飛び、二つの腕から紫色の光線を放つ。当たった場所が大爆発を起こした。爆炎が燃え広がり、やがて里中を燃やした。道は逃げ惑う者たちで一杯だ。ふと桃色の髪の少女が目に入った。間違いなくあの時の女の子だ。エリアスはその子の下へ降りると、その子の目を覗く。そして禍禍しい腕を伸ばそうとしたが、緑の髪の男の人に阻まれた。
「黒竜...! 悪いがここで死んでもらう!!」
気付くとエリアスは複数の大人たちに囲まれていた。
守護の剣 #1 生まれ
「さて、ここからは別の本を探さなきゃいけないんだ。続きが気になったなら、僕と一緒に探してくれるかい?」
名の知れない男は、再びニコッと笑って席を立った。
「確か僕はここにしまったはずなんだけどな……。」
彼の話…続きは………………。