7 エルフのユーリカ
「ただいまー、父さんおかえりなさい! 」
バタン、と扉が開けられた音が聞こえた。
「おっ、ただいま。ロレンツォもおかえり……そちらの方は?」
どのくらい眠っていたのだろうか。そんなに長い時間じゃなさそうだが、兄の声で俺は異様にスッキリと目が覚めた。
ふと、刺さるような視線を感じ起き上がって入口のドアの方を見ると、美少女が俺を睨みつけている。
うぉっ、あれってエルフ? はじめて「実物」を見た! 異世界転生といえばコレだよなって感じだ。
2歳児の人生において目にできるものは、ごくごく普通のエコな田舎暮らしだけだったからね。魔法がなかったら異世界だとは信じられなかったくらいだ。
「隣町の方から来た、ユーリカさんだよ。村で一番強い人を探してるって言うから、父さんかなって。ちょうど帰って来たってトリルばーちゃんに聞いたから、連れて来たんだ」
ちょっと誇らし気に、兄ロレンツォが言う。
隣町の方から……って、消防署の方から来ました的な言い回しなんだが。
俺はその美少女エルフから目が離せなくなっていた。
ユーリカも俺をガン見している。
見つめ合う二人……しかしそこに甘さは微塵もなかった。
なんかあれ、他人の気がしないんだが。
いや、他人だけども……魂的に(?)。前世は一緒に戦った戦士だったとかじゃなく、ね。
多分中身、前世の娘・優香だな……と、なぜか確信できる。ってなんで俺より年上なんだろう。
転生する時期に差があったのか?
ユーリカの瞳は少しキツく見えそうなアーモンド型で、深いアメジスト色をしている。長いまつげに縁取られていて、まるで人形みたいだ。顔立ちは前世の日本人的なものとはかけ離れている。
でも、娘だ、と感じた。
うーん、光る上司から細かい説明が全然ないままだから、何が何だかわからん。
俺は思考の渦に溺れていった。
まだ寝ぼけているわけではない、たぶん。
永遠に見つめ合うのかと思ったら、突然ユーリカが真顔のまま口を開いた。
「すみません、待ち合わせの時期を間違ってしまったみたいです! 突然申し訳ありませんでした。私はこれから魔王領へ向かいますので、これで失礼いたします」
ユーリカの長い耳がぴこぴこしている。
「ユーリカさんもう行っちゃうの?」
ロレンツォが残念そうだ。こんな美少女、村にはいないからね、男の子だね!
「ごめんなさい、また寄ることがあったらその時はよろしくね」
ニコッと笑いかけられて、ロレンツォの顔が赤くなった。
ユーリカを送り出して、マリアベルが
「お父さんにとくべつなごようじかとおもって、びっくりしちゃった!ちがってよかった〜」
と怖い笑みを浮かべていた。
大好きなお父さんに女の影は許せない年頃なのかね。
大きくなったらパパのお嫁さんになるの! なんて一瞬の幻だがな。
ロレンツォがひきつっていた。万が一「特別なご用事」であったなら、連れてきたロレンツォが責められること間違いなしだろうからな……。
ユーリカがウチを出てしばらくしてから、村じゅうの大人が呼び出された。父さんは食べ物を抱えてすぐ戻ってきて、ちまちま大切にパンを齧っていた兄妹が小躍りした。
ユーリカが帰り際に村で唯一の食料品店であるトリルばあさんの家に大量の物資を置いて行ったのだという。
「隣町ではりきっちゃったお詫びにどうぞ」
と言ってたらしい。次々出てくる食料やら日用品やらに村長が駆けつけて腰を抜かしそうになっていたそうな。
「うーん、エルフのユーリカって有名な冒険者じゃなかったか……? 俺が冒険者の頃に聞いた気がするんだが。隣町の町長も、案外彼女に悪事を暴かれたのかもな! 」
父が顎を撫でながら言った。
この人も謎が多いんだよな、なんで冒険者やめて田舎で貧乏暮らししてるのかっていう。
特別、怪我が原因でとかでもなさそうだしな。
しかし俺の
「ととしゃん、ぼーてーしゃんなんでーたのー」
この発音では質問が成り立たないのだ……。滑舌ぅ!
兄も姉も、父さんの言葉より豊富な食べ物に夢中になっている。
先程お腹いっぱいとわかりやすい嘘をついていた父も、今度は遠慮なく飯を食っていた。
俺は離乳食を木のスプーンですくうのがまだヘタで、時々家族からフォローがはいる有様なのが悔しい。
ユーリカのマジックバッグから大量に出てきた物資は、トリル婆さんの店にはおさまりきらず村の倉庫にも置かれている。隣町が落ち着くまでどころか、半年くらい生活に困らなさそうだった。
多すぎる物資に村長もさすがに遠慮しようとしたらしいが、
「子供達が安心して成長してくれると私も嬉しいんです!」
という謎の理論と逆らえない笑顔に押し切られたのだとか。
たぶんマジでユーリカが隣町の町長を失脚させたんじゃないかなー。
よくある転生冒険者が、スケサンカクサンと共に旅をしながら悪を討つ感じで……あいつ仲間いるんだろうか?
ユーリカさん単体の噂しか聞こえてこないんだが……まさかぼっちで……。
お父さんは心配です。