6 父の帰宅
大人達の怒鳴り声が聞こえてくる。
「隣町の町長が急に交代になるってよ!」
「前町長と懇意にしていた商人達が、大部分逃げてしまったって?」
「なんとか少量の食品を手に入れて来たが、向こうも経済の混乱が起きていて、食料品の流通が数週間は不安定だそうなんだ」
前町長は一体何をしでかしたんだ……。
この不作に加えて、隣町からの食料供給が微妙になってしまったとなると、キツイよなあ。
先日、税金に足りないからと備蓄分から現物で農作物を納めたのも響いている。
これ村長真っ青なんじゃないか?
村の大人達がこれからどうするか相談しているのだが、子供の耳に入るような村のど真ん中で大声で話さないでほしい。
見れば、姉が涙目だ。
わからないなりに、雰囲気で子供だって良くない感じを読み取ってしまうよなぁ。
「ねぇね、ととさん、まんま?」
俺は、あえてニコっと話しかける。
ハッとしたように、こちらを見て姉は頷いた。
「お父さんかえってきたみたいね。大人のおはなしがおわったら聞いてみようね!」
とりあえず、父が帰ってきただけでも安心感があるのだろう。姉の目に力が戻った気がする。
あまり家にいない父親だが、信頼はされているんだよな。
ふと、前世の娘を思い出した。
「パパ、足くさーい」
今のマリアベルくらいの年頃。とても可愛かった。まだパパ呼び。
「お父さんのシーツって洗っても臭いよね」
12歳くらいの頃。小柄な妻の背を追い越して、スラリとした美少女だった。この頃から肩たたき券をくれなくなったな……。
「お父さんの靴下と一緒に洗濯しないで欲しいんだけど!」
14歳くらいの頃。中二か。意味もなく眼帯をつけたがったりしてたなぁ。
なんでちょっと辛かったセリフばかり思い出したんだろう。親子の絆っていいよね! 的な思い出を優先して再生してほしいな、俺の魂内メモリアル。
俺の記憶が確かなら、娘はどこに転生したんだろうか?
魔王の器とは何なのだろう。まさか壺とか無機物じゃないよな?
うとうとおねむモードに入りながら考えていると、父が帰ってきた。
「お父さんおかえりなさい!」
「ただいま、マリア留守番ありがとうな! パンと干しぶどうを少しもらってきたぞ。ハルは……寝そうだな、みんなの分があるからまずお前だけでも食べなさい」
父がテーブルに、籠に入った食べ物を置いた。
「お父さんのぶんは?」
食べ物にくぎ付けの姉は、それでも手は出さずに尋ねた。
「あー、先に食べてしまったんだ、すまないな。お腹は空いてないから大丈夫だ。水だけもらおうかな」
上着を脱ぎながら、優しい口調で父が言う。
「そうなんだ? でもお兄ちゃんがもうすぐかえってくるからいっしょに食べる!」
「薪拾いに行ってるのか?」
「うん、たぶんもうひろってきたやつを、かわかす場所にならべおわって、かえってくると思う」
「そうかそうか、ふたりともえらいな」
父が大きな手でマリアの頭をなでると、姉は嬉しそうにはにかんだ。まだ甘えたい年頃だしな、というか今甘えさせないと数年後には甘えてくれなくなるかもしれないぜ? クサイとか言われちゃうかもしれないぜ?
薄目で二人を眺めていた俺は、今度こそお昼寝タイムに突入した。