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5 二歳児の秋

 俺が生まれた場所は、魔王領に近い小さな村だった。

 隣町まで片道三日はかかる、ここは「最果ての村」なんて呼ばれている。

 隣町と逆方向へ行くと魔王領である。魔族と言われる種族が多く暮らす国だ。


 俺の名前はハルトルット。

 成長目覚ましい二歳児である。


 確か、魔王を管理するオシゴトを与えられたはずなのだが……。


 なんの音沙汰もなく、ごく普通の毎日を過ごすうちに、俺は自分の記憶に自信がなくなっていた。

 だって俺、普通の赤ん坊だよ?



 たぶん、転生したのは間違いないだろう。前世の記憶も、まあ妄想ではないと思う。


 しかし、前世の死後のアレコレが微妙であるのだ。


 というか魔王になってた元家族とかどうなの? 鬼嫁じゃなくて魔王嫁。こわい。

 現実味がないので、そんな茶化した事を心でつぶやく。

 まあまだ二歳ですし、チートとかないっぽいですしおすし。死語。


 その辺は今は深く考えないようにしている。






 俺を産んで間も無く、母は亡くなった。

 現代日本では忘れがちだが、妊娠も出産も命がけなのだ。


 前の人生でも、妻は妊娠中に切迫流産で入院する事になったし、出産時も少し出血が多くてヒヤヒヤしたものだった。

 良く出産時に手を握って……なんて聞いていたのに、妻は逆に「今私に触るんじゃねえ!」というように、気が立っている猫みたいな状態だったから俺は所在なくウロウロしていた記憶がある。


 この世界では、医療は進んでいないようだったから、産後命を落とす産婦や赤ん坊は少なくないのだろう。


 医療の代わりに、この世界には魔法が発展しているようなのだが……。


 よく効くような上級魔法を使えるのは都市の教会にいる高位の司祭だけで、こんな小さな村にいる治療士では、大きな怪我や病気には体力回復・気休め程度の補助しかできないのだ。

 それだって、無料でというわけにはいかない。

 はっきり言って貧乏な俺の家では、母に十分な治療をしてもらう事は無理だったようだ。



 母が亡くなってからは、近所の人達と七歳上の兄、五歳年上の姉に面倒を見てもらい俺はなんとか成長している。


 二歳児なのに手がかからないと評判の良い子です!


 貧しい村ではあるが、皆で協力しあって暮らしている、良い村だと思う。

 ご近所づきあいの希薄だった前世とは大違い……まあ人付き合いの苦手だった妻は、干渉されない日本の方が暮らしやすかったのかもしれないが。



 それにしても、まだ二歳だからか排泄のコントロールがうまくできないし体も思ったように動かせない。成長途中だから当然なのだが、切ない。


 幼児だが、気分は介護されている老人である。




 ◇◇◇◇◇◇◇


 今日も俺は家の中でおとなしく遊んでいる。


 外は曇りで、地面が昨日まで続いていた雨のせいでぬかるんでいるのだ。

 洗濯物をなるべく増やさないために、ぼくおうち大好き! な雰囲気で兄が作ってくれた木彫りの動物のようなナニカで遊ぶ。

 イマジネーションって大切だよね。


「ハル、今日もごはんが少なくてごめんね。お水をたくさんのもうか……」

 七歳になり、俺のメインお世話係となった姉・マリアベルが申し訳なさそうにいう。


「だじょぶ、よー」

 俺はわんわん、まんまくらいは言える年頃である。特別狙ってあざとくしているわけではない。

 逆に、どんなに頑張ってもこんな風にしか発音できないのだ。


 なぜかチートっぽい成長が全く見られない自分……あれっ、チートな転生特典ってみんなもらえるんじゃないの? もしくは強くてニューゲーム的な。


 とりあえず、俺は聞き分けが良いくらいのごく普通の赤子でしかなかった。




 今年は雨ばかり続いて、農作物の育ちが悪い。実りの秋のはずなのに、収穫はほとんどない。

 日照不足に加えて、定期的に来ていた行商人がこの1ヶ月顔を見せないのも影響し、村では食糧不足がおきている。

 村に一軒しかない食料品店はもう売るものがない状態らしい。



 自分も満足できるほど口にできていないだろうに、少しでも弟に多く食べ物を渡そうとするマリアベルは、七歳の成長期だから心配だ。


 俺がお腹いっぱいと言い張っても「そんなわけがない」と無理やり口に食べ物を入れてくるんだよ……うまく言えていないのかもしれないが。


「お父さんがたべものをもってきてくれるから、がまんね、がんばろうね……」

 姉が自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 父はいわゆる冒険者上がりの村人で、普段は共同で農作業をしているが、村の誰かが外に行く時は必ず護衛として呼ばれる。

 それで報酬が貰えるわけではないが、代わりにその間の農作業は誰かが担当してくれるし、我が家の税は村長が一部負担してくれている。


 備蓄している薪などを食料に替えてもらうため、父と数人の大人が隣町へ向かってからもう六日になる。

 そろそろ戻ってくるはず、と皆が期待して空腹に耐えていた。



 外から誰かの大声が聞こえた。

「ゴンダロッドさんだ! ゴンダロッドさん達が戻って来たぞ!」

 ゴンダロッドとは父の名前だ。

 俺にハルトルット、姉にマリアベル、兄にロレンツォと名前をつけてくれたのは父である。きっと若い頃自分の名前で悩んだんじゃなかろうか。

 仲の良い人はゴンダさんと略したりもする。俺の脳内で権田さんと変換されるのは仕方がないと思う。



 にわかに、家の外が騒がしくなった。

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