44 キレイ好き坊ちゃん
「は〜、なんかスッキリした!」
ため込んでいた感情を爆発させたユーリカは、憑き物が落ちたような表情だ。サリーナが、濡れたタオルでユーリカの目元を冷やしている。かいがいしいな! いいお母さんになれそうだな、サリーナは。性別的にはいいお父さんか? いやいや、お父さんポジションは譲らんよ。
「言いづらいことほどため込むとキツイから、もっと気軽に考えて、せめて家族にはドンドンぶつけてくれよ」
前世でストレスを溜め込みすぎておかしくなっていた俺の言葉である。うん、自分に刺さるね。
やりたい放題に見えて、実は根が真面目な委員長タイプのユーリカは自分を追い込みがちなのだと思う。それでもまあ、日本にいた頃よりは生き生きとしている気がするから異世界は肌にあっているのかも知れない。
俺もファンタジーのゲームや小説が好きだったし、元から魔王だったエミルもこの世界に住み慣れているだろうし、サリーナは犬から人になって再会できたし……楽天的かもしれないが、転生できて悪くなかったのかもしれない。これも家族に会えたから思える事だな。
いや、セラフィに「素敵な上司に出会えて良かったです!」なんて感謝はしたくないけどな。
「ふーんだ、お父さんが死んじゃったからじゃん。まあ、これからは大好きもごめんなさいもなるべく言うけど!」
ふん、とユーリカは顔を背けた。
大好きはすごく嬉しいけど、悩みとかもどんどん言えよー。役には立たないかもしれないが、一緒に悩んだり聞くだけならできるんだぜ!
「悩みとか困り事はサリーナに頼るからいい」
俺の心の声が聞こえたのか、断言されたぜ……。
先ほどから大人しいエミルの方を見ると、またウトウトしている。
夜も更けてきたし、そろそろタブレットの件に取りかかるか?
「もう遅いし今日は解散で、明日は今後について打ち合わせようか」
俺がそう言おうとした瞬間、
「ババ様、よろしいでしょうか?」
ノックと共に、硬い声のザギィルが訪ねてきた。
「ふぁい?」
エミルは緊迫感のない返事をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
魔王ザギィルは、20代くらいに見える美青年の魔族だ。俺がRPGのラスボスとしてイメージする凶々しいオーラを纏った異形の魔王とは全く違う。
日本にいたらイケメン俳優とかモデルをやっていそうな感じだ。そう、成長途中の俺より頭一つは大きい。小柄なエミルと並ぶと、同じ魔族とは思えない身長差だ。
俺たちは、ザギィルを加えてソファーに座り直した。ザギィルはまた一人がけソファーでお誕生席になっている。
「夜分に失礼しますね。皆さんお揃いで良かった、実は」
「エミル起きろ、ザギィルさんがお話してるぞ」
俺はゆさゆさとエミルを揺すって起こそうとした。
「んぅぅ〜、ハエ取りリボンはね、あっち」
「そんな話はしてないぞ、起きろって」
「魔王領が攻撃されてまして」
「蚊取り線香じゃダメ?」
「なんの夢なんだよ……ええっ!?」
俺とエミルの間抜けなやりとりの間に、エライ事が聞こえたんだが。
ユーリカとサリーナは真剣な顔でザギィルを見つめている。
「本格的な戦争になる前に、皆さんには魔王領から出ることをお勧めします。他の大迷宮にも行くご予定でしょう?」
「待ってください、『大魔王』のエミルには何もやることがないんですか?」
俺は聞いた。大魔王のポジションがよくわからないのに、好き勝手に他国には行けないだろう。
「ババ様、まだ何もお話しされてなかったんですね。大魔王というのは、魔王領でしか通用しない名称ですよ……なにせ、対外的には数千年前に滅んだ魔王ですから。長命な魔族には面識がある者がいるので、隠してはいませんが」
ザギィルは苦笑しながら答えた。
「じゃあ、大魔王っていうのは」
「魔王より力はあるけど本人に野心はない、魔族間でも年寄り扱いされるレベルの昔の人物を便宜上『大魔王』としてみました」
「なるほど……」
丁重だけど年寄り扱いされ、権力はないけど魔王より上のような振る舞いが許される理由はそれだったか。
「僕はババ様の妹のひ孫です。当時の勇者に封印されたババ様の体はずっと塔で眠っていましたからね。幼い頃から定期的に僕がお部屋の掃除をしていたんですよ……目覚めてからはババ様にお任せしてますから混沌としていますが。むしろ今でも掃除させて欲しいくらいですけど! ピカピカにしますよ!?」
ザギィルは拳をぐっと握りしめて力説した。
俺の中のザギィルの印象が、真面目そうな魔王→キレイ好き坊ちゃんと変わっていく……。
「汚部屋じゃないもん、いろいろ大事なものがあるんだよ! ちょっと増えすぎちゃっただけで〜」
エミルがもにょもにょ言い訳している。
「誰も汚部屋とまで言ってないだろ、お前実は自覚してるんだろ……」
「ひぅ〜♪ ひゅうう〜」
だから口笛の音でてないって。
「どこの国なんですか?攻撃してきてるのって。一応わたしの所属国……セミキクールでは、前に戦争を画策してた時に暴れてきてるんですけど」
ユーリカが身を乗り出して聞いた。
「そういや手紙に書いてたよな、あれユーリカの所属国だったのか」
「書いてたわねェ。ユーリカちゃん、王城半壊させたのよね?」
「故意じゃなくて、わたしを捕まえようとした罠に抵抗したらお城が壊れちゃったの! ムカついたから武器防具使えなくしてきたのは本当だけどぉ」
「セミキクール単独なら話は早いんですが……。アルル・カゲット教会が先導して、アルル神を崇める集団の仕業なんです」
ザギィルは疲れたように答えた。




