43 イチャイチャはしてない
「ふああ」
クッションを抱きしめて体育座り状態のエミルが欠伸をした。
「お前いつも眠そうだな……高齢だから疲れやすいのか」
ボフン!
ふかふかの柔らかいクッションが俺の顔面に投げつけられた。高級そうな、細かな刺繍がされている一品である。攻撃用に使って良い品ではないだろう。
「眼鏡をしていれば顔への攻撃は避けてもらえていただろうに……ふっ、愚かな」
エミルがよくわからん理屈を言う。どんだけメガネスキーなの?
「ここで眼鏡をしてない不満かよ。まあ、単純に心配なんだよ。エミルはすぐ眠くなってるだろ?」
「確かにそうねぇ、お疲れなのかしら?心配になるわよね」
「へえぇ〜、ふぅ〜ん」
うんうんと頷くサリーナと、小学生の初恋を冷やかす悪ガキみたいな顔のユーリカ。
いやいや、別段イチャイチャはしてないでしょ。前世でも普通に家族の心配くらいしてただろ?
それとも自覚してないだけで、空気が甘いんだろうか。なんだろう、くすぐったいけど充足感があるこの感じ。
「あー!」
俺は急に、自分がどんな気分なのかに気がついた。今さらとも言うが。
「どうしたのぉ、ハルっち」
「お父さん、びっくりするからさぁっ、いきなり大声出すのやめてよね!」
「むぅぅ? どしたん」
三者三様のリアクションありがとう。
「いや、俺、幸せだなって」
俺は真顔で言った。本心である。
「アタシも幸せよぉ〜!」
サリーナはふわふわの尻尾をブンブン振っている。
「突然何言ってんの?」
ユーリカは胡乱げに睨んできた。
「うんうん」
エミルはこくこく頷いている。
三人を見回して、俺はもう一回
「家族全員で、普通に会話できて幸せだよ」
と伝えた。
前世でいきなり死んでしまって、仕方ないなんて訳知り顔で納得しているフリをしていたが、本心では納得なんかしていなかったのだ。
娘が成人して、独り立ちするまでは健康でいて見守りたい。
できれば平均寿命くらいまで、妻と長生きできれば。
どちらかがあの世へ旅立つときは、近くで看取れたら。看取ってもらえたら。
また犬を飼えたら、ちび太そっくりの雑種の仔犬を引き取りたい。
いつか行こうといっていた旅行。
──全部、失ってしまった未来だった。特別変わった事じゃない、誰だって普通に願うような未来だ。俺は、それを全部手に入れたかったんだ。
魂になった時なぜか、そういった強い感情は麻痺したように感じられなくなっていたが、ここに転生して過ごすうちにどんどんと後悔が膨れ上がってきていた。
「先に死んじゃって、ごめんな」
今まで言えなかった言葉が、するっと出てきた。
「実は、俺だけが会いたがってるのかもしれないって不安で、会わないでおこうかとか卑怯な事考えてたんだ。お前たちが俺の事覚えてるかもわからなかったし……」
「その可能性も考えて、自由にさせてた〜んじゃ〜い」
エミルがクッションを拾って、顔をぐぐっと押し付けながら言った。なんだその話し方。
「うちらに会わないで生きたいのかもって思ったから選択肢をあげたんじゃーい。魔王領に来なかったら、私はハルが死ぬまでストーカーするだけで我慢するつもりだったもーん」
「それもどうなんだよ」
大魔王にストーカーされてるって何ごとだよ。
「ユーリカにも、どうしても会いたいなら止めないけど反応を見て選択肢をあげるように、って言っておいたんじゃーい。当時は二歳児だったからあんまり反応が分からなかったみたいだけども」
「あぁ、だから直接じゃなく曖昧な伝言ゲームみたいな感じに……ってユーリカ、どうした!?」
俺はギョッとした。
ユーリカが目にいっぱい涙を溜めて、眉根をギュッと寄せて泣き出さないよう堪えているのだ。
「……ッ、だって、お父さんが……」
「おおお、俺がどうした? 何か悪いことしたか?」
娘の涙に狼狽ない父親がいるだろうか?いや、いない。
「お父さんが、いきなり死んじゃうから! わたし、お父さんに言いたいことがあったのに言えなくなったんだよ!」
「急にどうした? なんでも言っていいんだぞ」
俺はオロオロしている!
死んじゃってごめんなの言葉がマズかったか?
ユーリカのアメジスト色の瞳から涙がポロポロ落ちてきた。
「お父さん死んじゃう前の日に、大っ嫌い死んじゃえって言っちゃったからぁ……うっ、うえええええん!」
堪え切れなくなったのか、ユーリカがわんわん泣きだした。
「おどうざん死んじゃっだがらあ、ごめんねって言えなかっだあああ!」
ガシャン! 暖炉の上の壺が割れた。
「ほんどはだいすぎっで言えながったあああ!」
パリーン! 寝室の窓が割れた。
「おがあさんもわたしも悲しいの、全部わだしがお父さんに死んじゃえなんて言ったがらあああ!」
室内にほんのりと明るさをもたらしてくれていた、蛍のような照明が眩く光を放ち始めた。
ユーリカの感情に合わせるように、室内異常が起こっている。魔力の暴走なのか……?
俺は役立たずにも、オロオロしながら立ち尽くしていた。
「ユーリカちゃん、大丈夫よ。ハルっちは全然怒ってないわよぉ」
サリーナが、ユーリカをギュッと抱きしめた。魔力の影響なのか、サリーナの尻尾や髪の毛などが静電気を帯びているように広がっている。
「うううーーーー」
ユーリカもサリーナに抱きついて、子供のように泣いている。
ああ、と俺はやっとユーリカの言っている事に思い当たった。
俺が死ぬ前日、娘に言われたんだ。
「お父さん、わたしの絵が校内のコンクールで金賞だったんだよ! 参観日に掲示されるから見に来てよ」
もう精神的に余裕のなかった俺は、詳しい話も聞かないままボーッとした頭で答えた。
「たかが校内のコンクールで、仕事休めるわけないだろ」
娘は激怒した。
「 お父さんのために頑張って描いてるって言ったじゃん! 土曜参観日だから、賞取れたら絶対見に来るって約束したじゃん! サイテー、嘘つき、お父さんなんか顔も見たくない。大っ嫌い、死んじゃえ!」
多分その後娘は部屋で泣いていたのだと思う。
今思えば、娘が一生懸命にやった事を褒めもせず、それどころか馬鹿にするような言い方をしていた。
何度か、お父さんのために絵を描いているんだよと言っていた気もする。つまり、俺に見て欲しくて頑張っていたのだ。
いったいどんな絵だったのか、もう見ることはできない。
まともな精神状態じゃなかったとは言え、適当な口約束をして、忘れてしまったのは俺だ。なのに、俺が次の日死んでしまったのを自分が酷い言葉を投げつけたせいだと思い込んでしまったのだろう。恐らく自分を許せなかったんだろうな……。
なんてかわいそうな思いをさせちまったんだ、俺!
「ごめんな、俺は死ぬつもりはなかったんだよ。もちろんユーリカは全く悪くないぞ。お前は俺たちの宝物だし、ずっとずっと愛しているよ。俺こそ先に死んで悲しませるやら、しょっちゅう間違った事を言ったりやってしまうけど、許してくれるか?」
俺はユーリカの頭を撫でた。
ユーリカは、今回は拒否しなかった。
「おどうざん大好きだもん、許すし……」
ユーリカが涙声で呟いた。
ずっと、何か言いたそうにしていたのはこれだったんだな。
しかし、大好きごめんね、を言えない代わりに塩対応してくるっていうのは何なんだ。これがツンデレなのか?
「まさかアレか、前世でもさっきまでもクサイクサイ言ってたのは実は愛情の裏返しで……?」
「いやアレはホントにクサかったから」
ユーリカの鋭い切り返し、俺の心に多大なるダメージ!




