42 若気の至り
「何してんの?お父さん」
ユーリカが冷たい視線を向けてきた。
「ユーリカ、ノックしてから開けてくれ。親しき仲にも礼儀ありだぞ!」
サリーナにお姫様抱っこされながら俺は苦情を言った。うむ、全く威厳がないな!
お前も親のイチャイチャしてる場面を目撃したくないだろう?とは言わなかった。というか気恥ずかしくて言えない。子供の前でイチャつく文化は俺たちの世代ではポピュラーではなかったのだ。
とっさとはいえ、魔法で俺を盛大に吹き飛ばしたエミルは知らん顔して、また「ひぅ〜ひぅ〜」と音の出てない口笛を吹いているし。くそう。
「お母さんが吐いたっていうから、心配して薬もらってきたのにぃ」
ユーリカはちょっと拗ねている。
「ありがと、でも今はだいじょぶだよ。また調子悪くなったら飲ませてもらうね!」
エミルは隣に座ったユーリカを、いい子いい子している。その雰囲気はとても親密だ。よく、友達みたいな関係の母娘がいるけど、外見年齢的にもまさに友達みたいな感じだな。
「そんじゃー、皆揃ったので家族会議始めまーす」
コホン、と咳払いをして俺は宣言した。
前世でも、何か大切な事を伝える時や相談がある時は家族会議を開いた。
『改まった話がある』と心構えをして、それに集中する時間を取るのだ。
ながらだとついついゲームやネットに没頭してしまい、話半分に聞いた挙句相手を怒らせてしまうので、それを防ぐために開催している。怒らせてるのはもちろん俺であった。
「まず、俺は今夜寝るときに例のタブレットを見てみようと思う」
パイナップルの指輪を見せながら、二人の様子を伺う。
「正直何なのかよくわかんないし、お父さんに任せるね。明日報告お願いしまーす」
ユーリカは軽く言うが、俺だってどうすべきか全くわからない。全面的に任されたから、まあ適当に調べてくるか。
エミルはなんだっけそれ?という顔をしている。予想どおりだよ!
「サリーナには後で詳しく説明するけど、セラフィ絡みなので察してください」
「アタシは気の毒そうな顔でみんなを見守ればいい感じかしらぁ?」
「正解」
俺とユーリカは力強く頷いた。
「次に、アーティファクトの件な。サリーナに関しては特技が増えたようだが、セラフィの言うサプライズの一環なのか分からん。全員分あると言ってたが、俺個人の分は別に必要ないと思ってる。まあ、ユーリカは回収目的でまた別の迷宮に行くんだろ?」
「もっちろん!面倒だから該当地は全部埋め立ててもいいくらいだけど、それやると関係各所に怒られちゃって大変だったからね。ちゃんと探索してくる予定だよ」
「おい、すでにやった事がある口ぶりだが?」
「あー、若気の至りで?みたいな?」
また、てへぺろ☆としてるが誤魔化せてないって。
「若気の至りって……これも聞きたかったんだが、お前たち何歳なんだ?」
疑問だった事を聞いた途端、女性陣の雰囲気が変わった。
「女性に歳を聞いちゃいけないのよ!」
ユーリカが噛みついてきた。えっ、お前も婆さんなのかよ?
「うーん、多分この体は一万年くらいじゃないかな?でも日本からこっちに戻ったのはハルとユーリカと一緒だよ」
エミルが淡々と言った。
「は?」
俺はエミルを凝視した。ユーリカも、少し驚いた様子だった。
「お母さんやっぱり、元々こっちの人だったんだね?」
「なになに、どういう事だよ?エミル、日本からこっちに戻ったって言ったか?」
エミルはふうっ、と息を吐き出した。
「うん、勇者に封印されていた昔の魔王に転生して戻ってきたの。抜け殻になってたこの体に」
「おかーさんは、元々その体の持ち主だったってことかしらぁ?」
混乱して言葉が出なかった俺たちの代わりに、サリーナが聞いてくれた。
「うん。そゆことだねえ。厳密には、戻されたってことかな?セラフィに」
「お……お前、あれは冗談じゃなかったのか」
かすれ声で返しながら、俺は前世を思い出していた。
「自分が世話をする植物がすぐ死ぬのは、魔王成分が悪いんだって言ってたよな?まさか本当に、元々魔王だったせいですぐ枯れちまってたのか?」
そう、前世で妻が世話をするとどれもすぐ枯れてしまった。サボテンですらだ。だから俺が観葉植物の世話を一手に引き受けていたのだが……。
「いやそれはお母さんが大雑把すぎたせいだと思うよ。ドバドバ水あげるかずっとあげ忘れるかだったし」
「あれは冗談。元魔王だからってただの人間だった時にそんな性質はないよ、単に面倒だったんだもん」
ユーリカのツッコミとエミルの回答は同時だった。
俺はエミルの頭をグリグリしておいた。
前世の回想のくだり無駄だったじゃないか!
「じゃあユーリカは?」
俺はユーリカを見つめながら言った。十数年前から変わらない見た目。ファンタジーの定番だと、エルフは長寿で、長い間若い見た目を保つイメージだが。
ユーリカは観念したように話し始めた。
「んー、この肉体の年齢は正確にはわかんない。多分ね、この体は仮死状態だったと思うんだよね。十五年前に目覚めたら虹水晶の中だったのを、近くを荒らしてた野党の集団に見つけられてさあ」
ユーリカは嫌なこと思い出した、と顔をしかめている。
「ごめんな、嫌なこと聞いたか。その、思い出したくないことはいいんだ。年齢不詳ってことで」
俺は胸を痛めた。何か怖い目にあったんじゃないか?もし酷い目にあったのならその相手はもっと酷い目に合わせてやりたい。しかし、ユーリカの気持ちが一番だから、俺だけがここで勝手に怒り出すわけにはいかない。あとでサリーナとエミルにフォローを頼もう。
「やだ、野党連中はわたしを虹水晶から出せなくて、目の前で宴会始めただけだよ!それが汚ったない裸踊りとかでオエーッて感じで!」
酷い目にあった娘はいなかったんだ、良かった良かった。
「むかつく、やめろー!って思ってたら魔力が暴走しちゃったみたいでね、虹水晶粉々に爆ぜて、勢いで全員吹っ飛んじゃったんだよね。そのまま気絶してるうちに野党狩りに捕まってたみたいね!」
酷い目にあった野党はいた。ま、まあいいのか?悪い奴らなんだろう、野党狩りが出ていたほどだからな。
「それからはわたし、この体が持ってた冒険者証で冒険者やってたんだ。仮死状態だった間の年齢がどうなってるかわからないから正確には分からないって言ったんだよ。それなりに大きい数字の年齢でした。以上」
年を言いたくないのは、乙女心なのかね?




