40 好きだよ
エミルをおぶった俺は、メイドの一人に案内されて客室へ向かっていた。エミルはスヤスヤ寝息を立てている。
カーペットの敷かれた廊下を、呪いのかかっていないごく普通のショートブーツで歩く。これはユーリカのマジックバッグにあった既製品だ。
「口がクサイ人と食事したくないから!履けば?」
とそっぽを向いたユーリカに投げつけられた。
ありがたく受け取ったが、どうも態度がおかしいんだよね、あいつ。何かを言いかけては、キツイ態度でごまかしているような……。なかなかゆっくり話す時間が取れないままなので、突っ込めない。
ザギィルが俺たちの関係性をどこまで知っているのかはわからないが、積もる話もあるだろうと、城内に集まってゆっくり話せるよう客室を用意してくれた。
遅くまで話し込んでもそのまま泊まれるようにと、エミルの分の部屋もある。
「こちらが大魔王様のお部屋です。右隣はハルトルット様のお部屋です。ご用の際はそちらの呼び鈴を鳴らして下さいね」
失礼致します、とメイドが下がっていった。
さすが魔王城の客室、広い部屋にセンスの良い高級そうな家具が置かれている。ここも塔と同じく星空のような灯りで照らされているが、光量は控えめだ。
調整の仕方がよくわからないし、エミルも寝てるから暗めでもいいか。
奥の部屋が寝室になっていたので、ふかふかの絨毯の上を進む。
「食後に色々話そうと思ったらこれだもんな」
小柄なエミルをダブルサイズほどの大きなベッドに横たえて、俺もその脇に腰かけた。
エミルの白い顔は、すっかり赤くなっている。普段から酒を嗜んでいる風には見えなかったなぁ。ジュース感覚で一気にかぱかぱ飲むからだよ……。
「ハル、ハルぅ」
目を覚ましたエミルが手を伸ばしてきた。そっとベッドに降ろしたつもりだったが、起こしちゃったか。
「はいはい、水か?」
ベッド脇のテーブルに水差しが置いてあったな、と立ち上がろうとしたが、服の裾をキュッと掴まれた。
「どうした?吐きそう?」
振り返ってエミルの顔を見ると、潤んだ瞳でこちらを見上げていた。
「いなくなったらヤダよ。近くにいて、ねえ、ハル……あなた」
そのまま、エミルは俺の首に抱きついてきた。
前世の妻と同じ匂いを感じた。違う体のはずなのに。
急に体の中の熱量が増えた気がする。顔が熱い……。
「エミル」
抱きしめ返したほうがいいのかわからない。ガーッとわーっといっちゃえ!というイケイケ祭りが俺の脳内で絶賛開催中であるのだが、体はドキドキが最高潮で硬直している。
くそっ、これだからチェリーなボディーは困るんだ!俺の体なのにままならない。前世では中年になって、違う意味でままならない事もあったが。
「あなた、私のことはもう好きじゃなくなっちゃったの?」
涙声でエミルに問いかけられた。好きかどうか?
「好きだよ」
エミルに会った時、好意を抱いた。好きだという事は間違いない。前世の妻はもちろん愛している。そしてここにいるエミルの中身が妻である事は間違いなさそうだ。
これは、もう今世も俺の嫁でいいって事だよね?ズッ友ならずズッ妻って事だよね?
動け、俺の体!今こそ開戦の時!
「よかった。私もずっとずーーっとハルの事が大好きだよ。3億年前から大好きだよぉ〜」
ぐりぐり、とエミルは頭を俺の肩口にこすりつけてきた。
「ん?」
やっと起動して、抱きしめようとしていた俺の手が止まった。三億年前からってなんだ。前世で歌ってたアニソンか何か?
「ハルが勇者で私が魔王だった時から愛してるんだよぉ〜うへへ、もう封印しちゃイヤだよ!」
エミルは俺の耳元で囁きながら、耳たぶを齧ってきた。官能的なものではなく、穴があきそうな強さでガジガジしている。痛い!酔っ払い!酔っ払いに耳を食われる!
「食うな!」
「良いではないか良いではないか〜」
うへへへへ、と変な笑い方をしながら俺を押し倒してきた。
「一般人レベルの腕力じゃ大魔王には敵わないというのか!くそう!お代官様め」
なんて言いながらちょっと期待してる自分がいる。
「ハル……」
「エミル」
見つめ合う二人。そして。
「おえうえろろろろろ」
「俺の顔に吐くなぁぁぁうぎゃあああ」
呼び鈴を鳴らしてメイドさんを呼びました。




