31 久しぶりにパパ
「やっぱり戦闘中だね!」
角を曲がった先は少し広めの部屋になっており、5人パーティーが亀のような魔物と戦闘していた。
魔物は乗用車くらいの大きさだったが、亀っぽい見た目とは裏腹に素早い動きを見せていた。甲羅が宝石のようにキラキラと輝き美しい。
こういうのを、ゲームで見たことがあるな。
「コイツ、魔法を弾くとか物理耐性が強いとかか?」
「違います、甲羅で魔法を吸収します!それ以外の部位は魔法にも物理攻撃にも弱いですから!知識ないなら余計な事はしないでくださいね!」
眼鏡をかけた、インテリ風のウサギ耳女性に怒られた。
俺にはゲーム知識チートもなかったようです、すみません。
「ヨシ!」
危なげなく戦闘は進んだ。インテリ眼鏡の魔法によって足元を凍らされた亀魔物の動きが止まった所に、戦士の大剣がトドメを刺した。数秒後、亀魔物の甲羅の輝きが失われた。
「ふう……あなた達は?私たちはここへ調査のために参りました。ここは危険だと止められませんでしたか?」
インテリ眼鏡が責めるような視線を寄越した。
「わたしは冒険者のユーリカ。ここには極秘任務で参りました。一緒にいらっしゃるのは大魔王様です」
よそ行きの声で、ユーリカが言った。まるで大魔王の極秘の指令で動いているかのように聞こえるな。
「あなたがユーリカさん……!」
インテリ眼鏡が目を見張った。
「怒らせると辺り一面焦土に変えるっていう煉獄のユーリカにゃ?」
猫娘が尻尾を膨らませて距離をとった。
「違うし、聖女ユーリカ様っしょ!有名だし」
やたら露出の多い回復士が、ギャルっぽく言った。
「常勝のユーリカだっけ、もっとムキムキかと思ってたぜ!」
戦士が大剣についた魔物の体液を振り飛ばしながら笑った。
「全ての生物を絶望と希望の狭間に誘いし、神と悪魔に愛されし存在……」
フードを被った魔族の女性が呟いた。
ユーリカの方を見ると、視線を逸らして聞こえないふりをしていた。変な通り名多くね?
コホン、と咳払いをしてインテリ眼鏡が仕切り直すようにエミルに敬礼をした。
「大魔王様自らいらっしゃるとは。後ほど書類にして改めて報告いたしますが、この先が魔力溜まりになっていますね。魔物の発生源はここで間違いなさそうです」
「でもでも魔物が生まれるペースが思ったより遅い感じなのにゃ。なんであんな一斉に大量に迷宮の外に出てきたのかにゃ?」
「俺たちが突入してから、大した数を相手にしてないしな。いち、にい、えーっと4匹くらいだったか?」
「3匹っしょ」
戦士は脳筋なのか?ギャル回復士が呆れている。
この調査団パーティー、戦士の男以外は皆女性のハーレム状態だった。
しかし俺のパーティー(暫定)だって一見ハーレムだ。塩対応の美少女エルフ娘に、ツンツンロリババア大魔王、魅惑のケモ耳オネェ!あれッ、羨ましい要素が少ないような……。
まあ、家族でハーレムも何もないんだが。
「通路に詰まってたんじゃないか?」
ふと思いついた事を口にしたら、インテリ眼鏡が目を丸くしてこっちを見た。
「え、詰まって?」
「うん、大きい魔物だと1匹ずつしか通れないような狭さだったから、移動速度の遅いやつが先頭にいたら……」
「あぁっ、そうですね、可能性は高いです!」
「ポコポコ生まれまくってるわけじゃなくて、時間をかけてみっちり詰まってたのがブリッと一気に出てきたんだな!」
戦士の言い方だとまるで便秘の話のようだな。
「引き続き調査は必要ですが、早いうちに対策できる芽が出てきました。我々は一旦報告のために戻りますね、今回は魔力溜まりの場所の特定目的でしたので」
「わたしたちは、やる事がありますので、お構いなく」
ユーリカが残る宣言をする。
「今は危険度が下がっていると思われますし、大魔王様と貴女なら数匹程度は余裕でしょうしね」
インテリ眼鏡が頷いた。
俺とサリーナの事はお供だと思っているんじゃないかな、これ。見くびるなよ、お荷物は俺だけなんだぜ!
「お疲れさまぁ」
サリーナが手を振ると、
「油断は大敵ですよ、またどこかで!」
最後まで気づかいを忘れないインテリ眼鏡と4人が転移魔法のエフェクトに包まれながら、消えた。
エミルはさっきから俺の後ろに隠れている。
大魔王様、人見知りなの?魔王城の関係者とは変なキャラ作りつつも、割と普通に話せてる風なのにな。
内弁慶だった妻は、変わっていないんだな。
多分俺よりはるかに強い大魔王様なんだろうけど、守ってやりたいな、と思った。
「魔力溜まり、そこなんだろ?特に何も見当たらないよな?」
半分ほど白い床に吸収された亀魔物の死骸を避けて、奥を覗き込む。壁は自動修復したし、魔物の死体は勝手に片付けてくれるし、とにかくこの白くて何もない空間を保ちたいようだな、この偽迷宮は。
「パパ危ない!」
ユーリカが焦ったように叫んだ。刹那、俺の体はサリーナの手で後ろに引っ張られていた。
久しぶりにパパ呼び聞いた!
感慨にふける間も無く、さっきまで俺のいた場所に、黒い大きな獣のような魔物が現れた。
「もうわいたのか!?」
「こいつ普通じゃない!SクラスじゃなくてSSクラスだよ!」
「アタシだけじゃキツいかしら!?援護お願いするわぁ!ハルっちは安全そうな距離をとってねぇ!」
「魔法はぶっ放しちゃダメ系?」
はいはーいとエミルが挙手して言う。
「周りを巻き込まないやつならいいけど、できる?」
「巻き込まないという自信はない」
エミルの手が下がった。顔はショボーンとしている。
「んじゃお母さんも下がってて!」
冒険者をやっているユーリカとサリーナは、すぐ構えをとって戦闘態勢に入っていた。さすがだな。エミルは緊張感なさそうだが。
ユーリカは近接戦は得意じゃないのか、サリーナの援護のためか、後ろの方に下がった。
俺はポテポテ歩いているエミルの手を引いて部屋の出口側に走ったが、急にエミルが足をとめた。
「おいエミル、なんで止まった……?」
エミルを振り返ると、焦点の合わない赤い瞳でこちらを見ている。次の瞬間、膝から崩れ落ちた。
慌てて俺もしゃがみ込みながら支える。
「おいユーリカ!エミルの様子がおかしい……っ!?」
ユーリカを見ると、同じく焦点の合わない目で座り込んだ状態から、床に倒れる所だった。そして
「えっえっ、みんなどうしたのぉ?嘘ぉ、ハルっちまで───」
サリーナの声が遠くなっていく。
サリーナ、逃げろ。それは声にならなかった。
意識を失う間際、光る手が見えた気がした。