転生して幼女になっても前世の妻に猛アタックされるお話
「ねえ、あなた。生まれ変わっても私を愛してくれる?」
それが妻の最後の言葉だった。
何のことはない。寿命による別れだ。
いつかは訪れると知っていた別れが来ただけ。
「大丈夫。僕もすぐにそっちに行くよ」
だから、僕は二度と目を覚まさぬ妻にそれだけを告げた。
その5年後、僕も妻の後に続き覚めることの無い眠りについた。
はずだったのだが。
「あなた、今度はあの店を見てみましょうよ」
僕は今、妻と共にショッピングを楽しんでいる。
しかもどちらの体も若返って、見た目が孫と同じぐらいになった状態でだ。
信じられないことだが、どうやら僕と妻は転生というものをしたらしい。
最初は天国か夢ではないかと疑ったものだが、最近では疑うのをやめて楽しむことにしている。そもそも、ここが夢なのだとして僕にはそれを確かめる手段がない。例え、胡蝶の夢だとしても楽しめるのならばそれでいい。そんなことを考えながら妻に声をかける。
「まだ見て回るのかい? もう君の分は十分買っただろうに……」
「あら、今から見て回るのはあなたの分よ。せっかく来たんだから色々試してみないと」
「……僕の分は別に今すぐに買う必要はないんだけど」
軽くため息を吐きながら告げるが、妻はニコニコと笑いながらこう返す。
「ダメよ。あなたは女の子なんだからもっとお洒落にしないと」
女の子。前世ならば僕に対して使うのは明らかにおかしい言葉だ。
だが、悲しいことに妻の言葉は何もおかしくない。
そう。僕は生まれ変わった際に女性へと性転換していたのだ。
まあ、二分の一の確率なので何もおかしくはないのだが、今穿いているスカートなどには中々慣れない。
「また、着せ替え人形になるのは勘弁なんだけどなぁ…」
「だってあなたが小さくて可愛らしいんですもの。誰だって綺麗にしてあげたくなるわ」
しかも、妻よりも5歳も年下の見た目で、幼女と呼ばれても頷くことしかできない。
そんな姿だからか、妻は僕をまるで着せ替え人形のように着飾らせる。
唯一の救いがあるならば、妻はれっきとした女性なので変な目で見られないことぐらいだろう。
もしも、妻まで性転換していたら完全に事案ものだ。
「さ、時間が少ないんだから早く行きましょ」
「はぁ…分かったよ。君が満足するまでつき合うから、そんなに引っ張らないでくれ」
「フフフ、ありがとうね。あなたのそんな優しいところが好きよ」
そう言って、結んだ指を恋人つなぎにして絡ませてくる妻。
こういうところからも分かるように、妻は僕のことを愛してくれている。
生まれ変わろうとも、性別が変わろうとも、妻の愛は変わらない。
だというのに僕は。
「どうしたの、あなた?」
「……いや、なんでもないよ」
「そ、じゃあ行きましょ」
妻の「愛してくれる?」という言葉に答えを返すことが出来ていない。
綺麗な夕日が雲をオレンジ色に染め上げる時間帯。
僕と妻は誰もいない公園のブランコに並んで腰かけていた。
「ねえ…あなた」
「なんだい?」
「どうして愛してるって言ってくれないの?」
真っすぐな瞳。だけどその瞳は不安気に揺れている。
出来ればすぐに愛していると言って、不安を取り除いてあげたい。
でも、僕はただ黙って彼女の瞳を見つめることしかできなかった。
「やっぱり、女の子同士だから? だったら、大丈夫よ。今の世の中には性別転換手術なんて便利なものもあるのよ。あなたが元の男の子になっても、私が男の子になるのでも、どっちでも構わないわ」
「いや、そういう訳じゃなくて…」
「じゃあ、憲法の問題? だったら、私が総理大臣になって同性でも結婚できるように変えてくるわ! 任せて、愛のために国を変えるなんて燃えるわぁ」
「いや、だからそうじゃなくて」
何やら暴走した様子で語っていく妻を慌てて止めようとする。
そう言えば昔からこんなところがあったなと思い出していると、突然妻の顔が凍り付く。
「もしかして……私以外に好きな人が出来たの?」
まさにこの世の終わりと言わんばかりの表情を見せる妻。
その姿に流石に不味いと思い、慌てて首を振る。
「違う違う! 誓ってそういうのじゃない!」
「……本当に?」
「僕が嘘をついたことがあるかい?」
「夜中に隠れてつまみ食いをしているのを誤魔化したことがあったわよね」
なんで妻はそんなことまで覚えているのだろうか。
妻の記憶力に思わず慄いていると、不意に彼女はクスリと笑みを見せる。
「フフフ、でも……大切なことはどんなことでも嘘はつかなかったわよね」
「……信じてもらえて嬉しいよ」
「あら、それはあなたがちゃんと話してくれていたからよ。勿論、今回も話してくれるわよね?」
ほんの少しだけ目が座った状態で問いかけてくる妻に、僕は頷くことしかできなかった。
いや、別に言いたくないわけじゃない。
ただ単に僕の中でも答えがしっかりと出ていなかったのが一番の理由だ。
でも、今ならばしっかりと答えを出すことが出来るだろう。
「……生まれ変わってからずっと考えてたんだ。前世の僕と今の僕は本当に同じ人間なのかって」
「私にも言えることね、それは。それで、あなたはどういう答えを出したの?」
興味深そうな顔をして頷いてくれる妻に、僕は考え抜いた末の答えを告げる。
「今の僕はきっと……前世とは別の人間だ」
僕の答えに悲しげな表情を見せる妻。
そして、縋るように問いかけてくる。
「でも、私にもあなたにも前世の記憶があるわ。これは2人で確かめたことでしょう?」
「ああ、僕もそれは否定しない。というか、前世と今の僕はつながっていると思う」
「だったら、同じ人間じゃないの?」
「いや、厳密には違うんだ。前世の君を愛したのは前世の僕だけだ」
妻を愛した。その素晴らしい事実を持っているのは今の僕ではなく、前世の僕だ。
「そもそも“人間”は“人”の“間”と書く。これはきっと人と人の間。つまり周りの人との繋がりがあるかで、その人間が構成されていくと思うんだ」
「今の私達は前世の人達以外の繋がりがある。……だから、別人って言いたいの?」
「大まかに言うとそういうことかな」
僕の説明に妻は少しだけ納得したように頷いてくれる。
しかし、彼女が本当に聞きたいのはここではない。
だから、僕はジッと彼女の問いかけを待つ。
「じゃあ、今のあなたは誰を愛しているの?」
「前世同様に君を愛したい。でも、そこでどうしても心に引っかかることがあるんだ」
妻の視線がそれは何なのかと問いかけてくる。
その視線に本当に応えて良いものかと、悩むが彼女には隠し事はしたくない。
なので、覚悟を決めて伝えることにする。
「もしも、君が前世の君と同じ人間だとしたら……君を失った痛みはどこに行くんだろうってね」
「……え」
考えたこともなかったという顔を見せる妻。
それを見ながらも、僕は止めることなく語っていく。
「僕は未練がましい男なんだ。君から貰ったものは全て大切に残している。
初めて君から貰ったプレゼント。結婚20周年記念に贈り合った物。
そして、君を失った痛みや悲しみでさえも……。
僕は全てを捨てることなく死ぬまで持ち続けた。
君を同じ人間だと認めてしまえば、喪失の痛みや悲しみはきっと消えてしまう。
だから、僕は君を前世と同じ人間だと認めない。認めたくないんだ」
彼女を前世の妻と同じ人間だと認めてしまえば、喪失の痛みはたちどころに消えていくだろう。でも、それじゃあダメなんだ。僕は彼女から受け取ったものならば、地獄の苦しみですら捨てたくはない。だって、それが僕にとっての愛なのだから。
「……そうね。あなたは私と違って取り残されたものね」
「もし、僕が前世と同じ人間だとするのなら、僕は“妻”以外の女性を愛せない」
「フフ…自分のことのはずなのに焼けちゃうわ」
僕の答えに妻は面白そうな顔で笑う。
その顔に僕もつられて一緒に笑ってしまう。
しばらく、2人で笑いながら見つめ合っていたが、やがて同時に口を開く。
『でも、今の僕は別の人間』
「別の人間なのだから、他の人を愛することも出来るわよね」
「うん。過去の君を愛した証を捨てずとも、今の君を愛することは出来る」
前世の自分達とは違う。
前世の妻は僕だけを愛して死んだ。
前世の自分は妻だけを愛したまま死んだ。
このどこにでもある陳腐な物語に続編を書く必要はない。
ただ、新しく別の物語を始めればいいだけだ。
きっと、僕達はそのために生まれ変わったのだから。
「改めて名前を教えてくれないかな? 今ここに居る君の名前を」
「いいわ。私の名前は―――よ」
目の前の少女が名前を教えてくれる。
それは前世で自分の名前よりも口にした愛しい響きではなく、新鮮な名前。
「それじゃあ―――。よく聞いて欲しい」
僕は、その名前を噛みしめるようにして呟く。
そして、真っすぐに彼女の目を見つめながら告げる。
「あなたのことを愛しています」
やっと言えた本当の気持ち。
何度も言ったことがあるはずなのに、何度言っても顔が赤くなってしまう言葉だ。
そんな僕の一世一代の告白に対して彼女の反応と言えば。
「私も愛してるわよ! ああーもう、やっと言ってくれた!」
「きゅ、急に抱きしめないでくれ!」
「だーめ。女の子を待たしたんだから、このぐらいの罰は受けないと」
ギューッと全力で抱きしめてくる妻。
思わず苦しくなって離そうとジタバタと足掻くが、体格差のために効果がない。
なので、仕方なく口で抵抗を見せることにする。
「ぼ、僕だって今は女の子だよ?」
そう言うと、僕を抱きしめた状態で妻の動きがピタリと止まる。
何か怒らせてしまったのだろうかと、思わず冷や汗をかいてしまう。
しかし、その心配は杞憂に終わることになる。
「そう言えば、結局性別の問題は解決してないわね。あなたはどっちがいい?」
「どっちって言われても……別に変わる必要もないと思うけど」
「よし、分かったわ! 私、同性でも結婚できるようにこの国の憲法を変えるわ!」
「え? ほ、本気かい?」
「本気も本気よ。私とあなたの前にある壁は全て壊して見せるわ。愛に不可能はないんだから!」
何やら、燃え上がる妻の姿にどうしたものかと悩むが、結局放置することにする。
別に、日本でなくても海外に移住すれば同性婚はできるので、思いつめることはない。
妻も落ち着けば現実的な案を受け入れてくれるだろう。
その考えが甘かったことを、20年後に妻が総理大臣となったことで思い知らされるのだった。
短編らしくいつもより短めに仕上げてみました。
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