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女神様の名前

 わたしの住んでいる家の隣には大きな教会が立っています。

 でかい建造物ですが、実をいうと平屋です。わたし自身がちっちゃくなったせいかもしれませんが、首が痛くなるほどの角度で見上げなければ、全容が見えません。

 最初見たときは威圧感みたいなのがあったんですよね。

 デーンという効果音とともに立ってるような感じがしたというか。

 いまでは確かに感じる神聖さ。

 なんというか清らかな感覚を受けるんですよね。

 なんでだろう。神様に造られたボディだからかな。

 かわいいからお得とか言ってたけど、正直意味がわかりません。

 わかるのは、確かにこの教会は荘厳だという感覚だけです。

 大きいのは、やっぱり荘厳さにつながるのかなぁと思います。

 実際に女神様住んでるしね。


「というわけで。来ちゃった」


「来ちゃった。じゃないわよ! あんた何しに来たの?」


 いやぁ、ノリがよくて助かります。

 わたしを転生させてくれた女神様なんですが、実をいうと、前にここで話したときにすっかり忘れていたことがあるんですよね。


 つまりは――


 女神様の名前。

 わたし、女神様にお世話になりっぱなしなのに、なんのお礼もお返しもできていない。

 お祈りすらできてないんですよ。

 お名前を知らないので。


「ふぅん……」


 女神様はあいかわらずとんでもなく美少女してました。

 青いツインテールが教会の高いところにある窓からの光を反射して、宝石のように輝いています。

 そして、魔法少女な服装。

 台座っぽいところで足を組んで、こちらを豚のように眺めてくる様はなんとも言いがたい気分になっちゃいます。いや、変態じゃないです。変態じゃないですよ。

 ただ、それだけ、神様の威光というかオーラがすごいんです。

 わたし、一応、女神様の信徒みたいなものですし、逆らえない雰囲気あるんですよね。


「あんたの考えてることはわかったわ」

「じゃあ……」

「でも教えてあげない」


 教えていただけるのかと思ったら、そうではないらしかった。

 なんでだろう。

 神様的なよくわからない制約なのかな?

 残念だけど、わたしは女神様のことを本当にありがたい存在だと思ってるんだ。だって……うん。まあ月並な言葉だけど、この世界に来て本当によかったと思ってるから。

 たくさんの大好きな人に出会えたから。


「また、かわいらしいこと考えちゃって。まるで、あたしが悪者みたいじゃない」

「あぅ」


 女神様は基本的に身体が透けている。

 物理的に干渉することはあまり長時間はできないらしいけれども、短時間であれば、こんなふうにほっぺをのばしたりできる。なんだろう。ほっぺ好きなのかな。

 お餅みたいに、けっこうよく伸びるほっぺだとは思うけど。

 って、痛い、痛い。


「いたいれふ」

「まあ、教えてあげてもいいけれど、条件があるわね」

「条件、ですか?」

「そう条件よ」

「ど、どんな条件ですか」


 蛇が獲物を狙うような目になっている。

 正直言って怖い。

 女神様には心の中もつつぬけで、いま考えていることも当然丸わかり状態。

 不敬なことはできるだけ考えないようにしているけれど、心の動きは止めようがないから、まさに祈りをささげるしかない。


「そんなに怯えなくてもいいわよ。それに難易度もイージーモードよ」

「イージー……」

「好きでしょ。イージー。人生ハードモードとか思っちゃってたあなたにとっては」

「まあ、イージー好きですけど……」

「条件は簡単、この世界の言葉で、わたしに名前を教えてくれるように誠心誠意お願いしてみなさい!」


 なん……だと。


 と、驚いたふりをしたが、実をいうと簡単だ。

 わたしは既に『名前』も『教える』という単語も知っている。

 こんなの、本当にイージーだぜ!

 わたしはキッと視線をあげて女神様を見つめ、この世界で覚えた『言葉』を解き放つ!

 これがわたしの誠心誠意だ!


『名前教えて!』


 と、その瞬間。

 スパーンと頭を叩かれた。めんたまから星が飛び出るぐらいの衝撃を受けた。

 なんだなんだと思ったら、女神様が手に持っているのは、由緒正しいハリセンだ。

 白くてでかいハリセン。なんで、ハリセン。なんで?

 これが女神的教育!?

 軽く混乱していると、女神が怒気をにじませた声をあげる。


「あんたねぇ。女神様に向かって『名前教えて』とか、不敬にもほどがあるでしょ!」

「うう~。でもですね。わたしが今知ってる単語力だと、この程度が限界なんですけど」

「本当にぬるい環境にいたみたいね。あたしが地球にいたことからもわかると思うけど、この世界の言語体系はアーリアとかハムとかそこらあたりとそんなに変わらないわよ」

「アーリア? ハム? おいしいんですかそれ。って、あべしっ」


 また叩かれました。

 暴力反対です。最近は暴力ヒロインは人気がなくなるんですよ。いますぐやめましょう。


「あんたがアホなことばっかり言ってるからじゃないの」

「すいません」

「はぁ。ともかく、ここの言葉にもあるわよ……"敬語"が」

「けい…ご……だと」


 もし、それをマスターすれば、幼女力が120パーセントあがり、一撃悩殺確率も63パーセントアップするという、あの敬語ですか?


「あたしはあんたがよくわからなくなったわ……」

「教えてください」


 わたしは全力で女神様にお願いする。

 この異世界の言語はわたしにとっては難易度が高く、わからないことはあまりにも多い。

 でも、女神様は今わたしと話していることからもわかるとおり、両方の言葉を使えるバイリンガルだ。

 こんなに貴重な機会を逃したくない。

 どうか。どうか!

 お願いします!


「……アンタ、その格好、完全に幼女してるわね」

「えっ……ハッ!?」


 いまのわたし、完全に幼女してたかもしんない。

 両の手を軽く重ねて、瞳はうるうる。

 上目遣いで女神様を熱く見つめる様は、さながら祈りをささげる乙女……。

 ぐふ。

 なんだろう。

 冷静に考えると恥ずかしいを通り越して死にたくなってくるな。

 敬語を介したコミュニケーションで『大好きな人たちに全力で媚びよう』とか考えてたくせに、いざとなると幼女力を発揮するのが恥ずかしいとか、本当に度し難い。


「あんたって本当に難儀な性格よね」

「申し訳ございません……」

「まあ、いいわ。その路線でいきましょ」

「え?」

「だから、そういうふうにかわいらしくお願いしてみなさいな。気が向いたら敬語のうち、比較的簡単な丁寧語くらいは教えてやるわ」

「あ、ありがとうございます?」


 あれ?

 なんか変じゃないか?


「なにが変なのよ」

「いや、わたしがなんでかわいらしく幼女みたいにお願いするということになってるんですか?」

「あんた、いまの見た目を考えなさいよ」

「ふぇ?」


 いまの見た目。

 それはクリスタルブルーの髪が神秘的な、控えめに言って超がつくほどの美少女だ。

 ギリギリ小学五年生程度の容姿なので、見方次第では幼女に分類されるのもやむをえないところである。

 でも、見た目が幼女だからって、なぜ幼女らしくしないといけないのかがわからない。


「えー。そっちのほうがおもしろそうだから?」

「なんですか。それ」


 もしかして女神様って幼女趣味なのかな。

 そういえば着ている服もファンシーだしな。似合ってるけど。


「なんですって?」

「いや、なんでもないです……」

「で、やるの? やらないの?」


 怒りのオーラをにじませながら迫らないでください。

 実質パワハラですよ。

 やりますけど。


 そして――、わたしは考える。

 幼女として自ら何をするべきなのか。

 神代の時代……、我らが最高神アマテラス様はなんやかんやあって引きこもりになられたそうな。

 そんな折、アマテラス様を引きこもりから解放したのは、アメノウズメノミコトという踊り子な神様だったらしい。いつの時代も神様の心を開かせるには、楽しませるほかない。

 全力で、『かわいい』を作れ!

 やれ! やるんだ!

 わたしの全存在を懸けて、幼女力をひきあげろ!

 限界を超えるんだ!

 いけええええええええええええええええええええ!


「おねえちゃん! わたしに、てーねーご、おしえてください」

「ぐふ……」


 背中に手をまわし、少しだけ上半身を突き出して、小首を少し傾ける。

 口調は少しばかり舌足らずな、されど必死さを忘れない。真面目さんな感じ。

 はっきり言おう。

 これこそが、


――ぼくがかんがえたさいきょうのようじょ。


 である。

 女神様はご自身のスカートの端を握って、しばらくぷるぷると震えていた。


「し……」

「し?」

「しかたないわねぇッ!」


 おお……。

 女神様が天の岩戸を開きなさった。

 わたしを直視しないで、耳まで真っ赤とは、恥ずかしいことした甲斐あったかな……。

 心の中の何かがなくなっちゃった気がするけどね。


 ともかく、これで……丁寧語ゲットだぜ!


 それからしばらくして。

 わたしは再び女神様の前で祈りをささげる乙女状態だ。

 結論から言うと、『丁寧語』はさほど複雑ではなかった。

 ただ、日本語でいうところの『です』か『ます』かは、いまのわたしの語彙力では判別がつかないみたいなので、そこは勘で使うほかなさそうだ。

 そして――、

 わたしは当初の目的を達成する。

 

『おなまえ。おしえてください』

「しかたないわねぇっ!」


 なんで恥ずかしがってるんですか。

 こっちも恥ずかしくなってくるんですけど!


「うるさいわね。そんな態度だと教えないわよ!」

「ひどい。ちゃんと言えたら教えてくれる約束じゃないですか!」

「……ヴァーチェ」

「え?」


 なんですか。その蚊が鳴くような細い声は。


「ヴァーチェよ」

「綺麗な名前じゃないですか。なんで、そんなに教えたくないんです?」

「名前を知るってことはねぇ。いろいろと、ほら、支配されたりするじゃないの!」

「あー、言霊思想的な?」

「あたし、言葉の神様だし」

「でしたねぇ……」

「そういうの恥ずかしく感じるの。防衛本能ってやつよ」

「ヴァーチェ様」

「ひぃん」

「ヴァーチェ様。ヴァーチェ様!」

「やめ、やめてってば……」

「なんでです? かわいらしいお名前ですよ。ヴァーチェ様ぁ」


 ねっとりボイスである。

 言っておくが、わたしはきわめて冷静だった。

 女神様を貶める意図なんてこれっぽっちも存在しない。

 敬虔な信徒として、女神様の美しい御名を唱える。

 なにもやましいところはないのだ。


「や、やめなさい。ナイの馬鹿ぁ!」

「ぐへえ。首が。首がぁ」


 最後はハリセンでぶったたかれて、ヴァーチェ様は神様の世界に消えていかれました。

 正直、調子にのりました。すいません……。


 ☆


 そして、お家に帰還する。


「ただいま」


 わたしの最愛の人、クインはすぐに出迎えてくれた。

 いつのまにやら時間が経っていたのか、もう夕日がゆっくりと地平線に沈んでいこうとしている。

 少しだけ心配させてしまったのかな?

 いまこそ、覚えた力を使うとき。


「クイン。クイン」

『ん? ナイ。どうしたの?』

「ありがとござます?」


 ちょっとだけ語尾に自信がないのは愛嬌だ。

 ともかく、わたしは伝えたかったんだ。

 いまのわたしの気持ちを。

 どれだけ感謝してるかって。

 言葉が唇をつっついて飛び出してしまいそうなくらい感謝している。

 大好きが溢れてる。

 ただそれだけなんだよ。

 クインは少し驚いていたみたいだけど、それからいつものように頭を撫でてくれた。

 よかった。伝わってる。

 今日もがんばりました。はい。



『です』『ます』調を覚えた。←NEW!

 

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