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身体でおぼえさせてやるよ(物理)

 わたしはいま夢を見ていた。

 というか、この十歳くらいの容姿になってから、年相応というべきなのか、前のように徹夜とかはできなくなっちゃったんだよね。すーぐ眠たくなっちゃう。電源が落ちるみたいに。落ちたなって感じで。

 それで、絶賛お昼寝中というわけだけど……。

 いまは少しだけ覚醒しつつある、そんな状況だ。


『ナイ。かわいい寝顔です』

「む……む……」


 なにか声が聞こえるぞ。


『ちょっと、ほっぺ拝借いたしますです』


 おおう。

 ほっぺをぷにぷにされてる気がする。


『やわらかすぎず、かたすぎず。この絶妙さ加減はクセになるです』

「やぁ……ん」


 例によってわたしはこの世界の言葉を知らない。

 なので、何を言っているのかはわからないけど。

 たぶん、この声はネコミミ美少女のミニーのもので、わたしは彼女といっしょにお部屋の中で本を読んでいたら、いつのまにやら眠ってしまっていたらしい。

 

『天使みたいな無邪気な寝顔です。ナイはなに考えてるんですかね』


 さわさわと触られて、なんだかくすぐったい。

 なんだか粘土をこねくりまわすような容赦のない触り具合に、さすがに耐え切れなくなってきた。

 っていうか――わたしは跳ね起きた。


 ごつん。

 その瞬間に額に感じる痛み。


「いてー……」


 起きぬけのぼーっとしている思考では、考えもまとまらない。

 どうやらわたしの額とミニーの額が合体事故を起こしたらしい。


『痛いです……』


 ミニーはわたしが見た限りでは最強剣士ではあるんだけど、耐久力はティッシュペーパーのように脆かったらしい。額を両の手で押さえて涙目になっている。わたしのほうもそれなりに痛いんだけど……、起きたばっかりで、思考は鈍磨だ。


 まあ、なんにせよ。


「ミニー大丈夫?」

『大丈夫ですよ。ボクがナイにいたずらしてたのが悪いです』

「ミニー。なおれ。なおれ!」


 額のあたりに手をあてて、『治る』ように魔法をかける。

 この世界の魔法は、わたしの言葉によって発動する。

 しかも、わたしの場合は神様印のすごい魔法が使える幼女なので、この程度の治療はお手の物だ。


『ナイ。ありがとうです!』

「うん」


 いいってことよ。

 ネコミミ美少女の笑顔、尊い。


 しかし、それにしても――。


 わたしの語彙力は低すぎるな。もうかれこれ一ヶ月くらいはここでの生活をしているというのに、いまだ知らない単語で溢れている。


 基本的な言葉の使い方とかは、たぶんそこまで地球の言葉と変わりはないみたいだけど、なんだか、知らない言語どうしを翻訳するような経験がないみたいな感じなんですよね。


 つまるところ、子どもなんて勝手に言葉なんか覚えるでしょ的なスタンス。


 勉強という体系だった教えられ方をしないので、覚えるのが大変なんだ。


 たとえば――。


 そう。いまだって、『おでこ』という単語を知らない。

 

 いまは目の前にいるから、それとわたしの言葉の力が強いから、簡単に治せたけれど、なんというか非効率的な感じがするんだよね。

 もっとスマートに『おでこ、なおって』的な治し方をしたいというか。


 べつに、バケツでポーションガブ飲みさせるような治し方でも、悪くはないんだろうけど……。


『む。ナイが何か考えこんでるですね』

「んー」


 とりあえず、知らないことは教えてもらうに限る。


「ミニー。ここ教えて」


 人差し指でミニーの額をちょこんとつく。


『ん』


 ミニーはしばらくわたしの指を視線で追ってた

 そして唐突に――パクっとその指をくわえこんだ。

 な、なにしてるんです。ミニーさん。

 白魚のようなとか、よく小説では表現される美少女の指ですが、わたしの指はおいしくないですよ。

 中身おっさんですもんっ。


『いいこと思いついたです』

「え……イヤ」


 反射的に否定の言葉を発してしまったわたしはまったく悪くないと思う。

 それほどまでに――。

 ミニーの顔は邪悪でした。

 そして、あいかわらずの素早さ全振りの超スピードでわたしに迫る。

 防御とか守るとか、そんな言葉が無意味なほどにミニーは早い。

 反射で目をつぶっちゃう。


 そして、暗闇の視界で感じるおでこへの圧。

 しっとりと少しだけ湿った感触に目を開けてみると……。

 近い! 近いです。

 ミニーに……キスされちゃった。おでこだけど。


 そして、ニマニマしながらミニーは言う。


『おでこ』

「?」

『おでこ』


 両の手をがっしりホールドされて、今度もまた同じところにキスされちゃった。

 いや。そんな……、猛烈に恥ずかしい。

 わたし、こんなにイチャイチャしたことありませんもん。

 でも、わかりましたよ。

 もしかして、いまさっきの言葉って。


『おでこ』

「おでこ?」


 そっと自分の額に指を当てて、言葉を重ねると、ミニーは満面の笑みを浮かべてうなずいた。

 どうやら当たりらしい。

 しかし、これはいったいどういう遊びなんだろう。


『いいこと考えたです。いまからボクはナイのいろんなところにキスするです』

「ふぁー?」

『ナイが覚えるまで繰り返すですよ!』

「ふぇー?」

 

 なにいってんのかわかんない。

 でもなぜだろう。

 とても危険な感じがする。

 わたしの中の幼女としての経験値が、いま目の前にいる肉食系ネコミミ少女を危険だと告げていた。

 早く逃げろ、とも……。


――しかし残念ながら。


 いたずらを思いついた子猫さんの前では、わたしはしがないネズミさんに過ぎないのでした。

 手始めに、中指あたりをそっとつままれた。

 重力に逆らって指を少しあげるカタチになる。そのままチュっと軽くキス。


『ゆび』

「??」

『ゆびですよ? ナイ。覚えましたか?』

「どうしたの? ミニー。どうしたの?』

『教えてるんですよ。ナイに。身体のこと』


 教えるという単語が聞こえる。

 教える。わたしに。

 なにを。

 身体を!


 そのとき電流がわたしの脳内を貫いたかのように思えた。

 え?

 も、もしかしてですけど、身体の部位にキスして、それで覚えさせようとかいう高度なプレイを要求されてるんですか。


『さぁ。ナイ。覚えるですよ。ゆび』


 中指あたりにそっと口づけされて、また繰り返される同じ単語。


「ゆ、ゆび」

『そうです。その調子です』


 え、これって何?

 わたしの人生の中でも、ネコミミ美少女に身体キスされまくるとか、世界がひっくり返ってもありえませんでした。

 うれしくないわけではないんだけど、なんだろう。

 ものすごくこっぱずかしい。


「や。やだ。ミニー。やだ」

『え? なにがいやなんですか?』


 何がイヤなのか聞かれている。

 こういうときにわたしの語彙力の低さがネックになる。

 どうしてイヤなのか伝えきれないんだ。

 でもやれるだけのことはやらなきゃ。

 ヤられる。どんな意味かはあえて考えないけれど。


「ナイ。かわいくないよ?」

『え。ナイはものすごくかわいいですけど?』


 あ、ダメだ。

 なんかわたしの言葉がすぐに否定された感じがする。

 そして、ゆっくりと指をワキワキさせながら、わたしに近づいてくるミニー。


「ヤダ。ミニー。ゆび。ヤダ」


 覚えたての単語で反撃を試みるも。


「そうやって怯える姿に何かが目覚めちゃいそうです」

「ひゃー」


 両の腕で、しっかりとわたしの右手は固定された。

 そして、二の腕あたりに唇が落とされる。

 感覚的には指先のように鋭くはないけれど、これはこれで恥ずかしい。


『うで』

「うう……っ」

『覚えるまで、何度でもするですよ』


 わたしが身もだえしていると、ミニーはやれやれといった感じで軽く嘆息して、また再び唇を落とした。

 どうしてだろう。蟷螂の鎌がふりおろされているような気分になるのは。

 ミニーはわたしが覚えるまで、何度でもキスをするつもりらしかった。

 わたしはちょっと涙目になりつつ同じ言葉を繰り返す。


「うで。うでぇ!」

『さあ、次に行くですよ』

「だめ。ナイ……んん。ねむたい! ねむたいから!」

『さっきまで寝てたですよね?』


 だめだ。とまってくれない。

 わたしはころころと床を転がり、はいつくばって逃げようとする。

 お部屋の中は幼児向けのふわふわ絨毯が敷かれているので足は痛くない。

 でも、そんな芋虫のようなスピードで当然逃げられるはずもなかった。


 ガシっと足首をつかまれて――。


「ひゃぁぁぁ」


 ちょうど膝裏の敏感なところにチューされちゃった。


『あし』

「やぁ……」


 ミニーは離してくれない。

 さきほど想定したルールは、どうやら当たりらしい。

 わたしが反復するまで、解放されない。


「あ、あし……」

『おぼえたですか?』

「ナイ、おぼえた」


 覚えたも覚えた。

 でも、そんなのはどうだっていい。

 ミニーさんは這い寄る混沌のように、わたしの足をのぼってくる。


『せなか』

「せなか!」


『おなか』

「おなか」


 ころりんとひっくり返されて、おなかにキスされるわたし。

 この単語は知ってます!

 おなかすぐ痛くなるからね。


『くび』

「ひゃん。く、くび」


『髪』

『かみ』


『あたま』

「あたま」


『耳』

「み、みみみみ……ひゃぁぁぁっ」


『鼻』

「ちかい。ちかい」

 

 近いは地球の言葉で話しているので、ミニーには伝わらなかった。

 伝わってもとまらない気がするけど。


『ほっぺ』

「う……」


 美少女にほっぺにキスされるという事案発生。

 冷静に考えれば、ものすごくラッキーなことなのかもしれないけれど、捕食されてる気分なわたし。

 ミニーの琥珀色をしたキレイな瞳が、ぐるぐるうずまいている気がする。

 わたし……、たべられちゃうんですか。


『ひひ。じゃあ、最後にくちびるですよ……なんだかイケナイことしてる気分です』


 緩やかなスピードで近づいてくるミニー。

 桃色のつややかな唇が向かう先を、わたしは予想して戦慄する。


「だ、だめ。ミニー。だめ」

 ミニーの顔を両の手でつかんで、おしのける。

 だめだ。

 力が違いすぎる。

 基本的に魔法少女系であるわたしと、剣士系なミニーじゃ力の差が段違いだった。

 ぐぐぐっと押しこまれていってる。

 このままじゃ――。

 このままじゃ、わたしの貞操が危ない!

 それに、ミニーにとっても、なんというか……。

 そういうのは大事にとっておくべきだと思います!


「ミニー!」

『ん?』

「部屋の外、行って!」

『の、のわあああああっ』


 風が巻き起こる。

 かなり、概念的な言葉の『行く』だが、前にも使ったときには、念動力でモノを動かしてどこかに移動させるような感じだった。『石の中にいる』みたいなワープ事故は起こらないから安心だね。

 ミニーにはあんまりこういう攻撃的な魔法は使いたくないんだけど……。

 やむをえないのだ。

 ミニーは最初、絨毯にしがみついて抵抗していたけれど、既に言葉は発している。『行く』ことは決定しているのだから、抵抗は無意味だ。


「にゃーあああっ!」


 部屋のドアも自動的に開いた。

 抵抗むなしく、ミニーは部屋の外に吐き出されてしまう。


 だが――、

 冷静に考えて、これからどうすればいいのだろう。

 当然のことながら、部屋の外に追い出されたミニーは、数秒もかからないうちに戻ってきた。


『うっふっふ。まだまだ覚えたりないようですね。さあ、復習の時間です』


 ど、どうする。

 さすがに攻撃系の呪文は使えない。

 村の外に追い出すのも、後が怖い。

 じりじりと迫るミニーに、わたしはあとずさる。


『じっくり身体でおぼえてもらうですよ』

「いやあああああああっ」


 覚えた単語。


「おでこ」「手」「指」「肩」「せなか」「足」「髪」「あたま」「ほっぺ」「首」「ひざ」「うなじ」「ひじ」「わき」「耳」「鼻」「唇」「覚える」


 もうお嫁にいけない……。←NEW!

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