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ゲートアレイの花篝  作者: 久麗ひらる
始まりの名は
17/51

再会


 回復室で一週間を過ごし、その後は特別個室へ移ったレイリアは。ベッドの上で一日を過ごすのが退屈だと告げる軽口が、ぽつぽつと出始めるようになっていた。

 そんな折に、アーベルハイト家のバルドゥル卿が、事件の発端となった挙式の主役、若夫婦たちを連れだって見舞いへ訪れていた。


 質素なスーツと地味なワンピースで身を包んだ新郎新婦は、許しを得て病室の中へと歩み進むも、顔は終始俯いたままで暗い。

 上半身部分を斜めに起こしたベッド上のレイリアは、右肩に施されている治療の痕をありありと窺わせる、包帯姿も痛々しい点滴姿のままで応じていた。

「――こんなみっともない姿で、申し訳ないね」

 その表情はにこやかで。傷の奥底で強烈に疼く痛みなど、まるでないとする晴れ晴れとした笑顔であった。

「クリスティアン、マリア」

 よく来たね、と続く前に。堪え切れなかった涙腺を、ぼろぼろと崩壊させながらマリアは――白いベッドの傍に駆け寄っては、崩れ落ちるかにして縋りついた。

「あぁ公主様。どうか、どうかお許しくださいませ! そしてわたくしに、罰をお与えくださいませ!」


 ベッドのシーツに額を摺りつけながら。妻となったマリアが必死と許しを乞い、縋る姿を見た夫もその背に寄り添い、膝を折っては頭を垂らした。

 懐から取り出したのは白いハンカチーフで、妻としたマリアにそっと差し出しながら。

「大公様。我らが至らぬせいで――」

 その後は言葉にならなかったクリスティアンの肩に、レイリアは動く左手を伸ばして添えた。

「二人とも何を言っているの? そんな風に思い詰めてはいけないよ? 至らなかったのは、誰のせいでもないんだから」


 黎明王がそうと言っても。世間は、式場への凶器の持ち込みを禁じておきながらの。狂気の銃弾を許した教団共々、アーベルハイト家も八方から批難の的にした。

 そして万が一にも、その命が消えようものなら。間違いなくお家は断絶になっていただろう、危うき数日間でもあった。

「ねぇマリア?」

 レイリアは、幼馴染みである新婦の手に手を添えた。その薬指には真新しい誓い印にして、新たな門出に胸を躍らせたはずの指輪がはめられている。

「お願いだよ? そんなに泣かないで? 悲しみで染まる君を、僕は見たくて参列しに行ったんじゃないんだから」

 とは言え。新郎新婦を狙った凶弾に倒れたのは、偶然であろうとも庇った黎明王だ。


「でも……、でも!」

 悲嘆に暮れる若夫婦より視線を上げたレイリアは、二人の傍で、こちらもやはり消沈気味のバルドゥル卿に問いかけた。

「二人の挙式は、勿論やり直すのでしょう?」

 訊ねられ、この数日で頭頂部の髪が更に薄くなってしまった御仁は、首を横に揺らしながら答えた。

「陛下……。陛下がこのようなお怪我を負われたのは全て、我がアーベルハイト家の責にございます。この者たちを――」当主は若き夫婦を見下ろす。「許すな、という声も多くございまして」

 再度、式を執り行うのは不可能との意を察したレイリアは、「そんな」と嘆いた。


 あの時。飛び散った己の赤き飛沫で、純白のドレスは赤く染まったと聞く。大混乱となった挙式は中断、打ち切り。それから、関わった者たちには眠れぬ夜がやってきて、どれほど落ち付かない日々を送ってきただろうか――。

「クリスティアン」

 呼ばれた子爵は恐る恐るに顔を上げた。

「はい、陛下」

「マリアを思う気持ちは、今でも変わらない?」

 何のことか、と戸惑ったのちに。「勿論でございます」とクリスティアンが断言すれば。あの日、最後まで辿りつけなかったものを。レイリアは、今こそここでと誘い出した。


「マリア。ほら、君も」

 顔を上げてと促せば。涙で濡れる目元も頬もままにして、新郎新婦は揃って黎明王の言葉を受けた。

「僕は、例え世界がひっくり返ったとしても。君たち二人を祝福するよ? 心からね。だって、こんなに素敵なことはないもの」

 巡り会ったのも。恋をし、愛し合ったのも。時には喧嘩もして、別れる危機を乗り越えて結ばれた二人の軌跡を。誰が何をもって否定できようものか。

 そして何があっても、二人でなら乗り越えられると決意して。誓いをたてようとした。健やかなる時も、病める時も。喜び、貧しき時とてこれを愛し。

「――互いを尊び、慰め。命ある限り、最後まで尽くすと誓う?」

 問われた男女は言葉にならない頷きを、何度も何度も繰り返してから。涙ながらに「誓います」と宣誓していた。


 手続き上では、既に二人は夫婦となっている。けれども、ようやくにして真に、認められたような気がして。マリアの嗚咽は止まらない。

「公主、様……っ」

「あぁもう、ほら。マリア。僕は君の笑顔が大好きなのに?」

 泣きじゃくる幼馴染みの、涙で濡れる頬を指で拭ってやっても、また次の涙腺が筋を描いてしまう。

 レイリアは、その隣で感無量となっているクリスティアンに視線を戻した。

「マリアをお願いね? 世間が何と言おうとも。どんな事が起きようとも、君ならマリアを守ってくれるでしょう?」

「はい陛下」

 クリスティアンは目尻に溜まったものを親指で拭った後で、男として、夫としての姿勢を正した。

「何があっても。マリアを守ります」

 レイリアは澄んだ笑顔でほほ笑んだ。しっかりね、と念を押すように。

「頼んだよ? マリアは僕の、唯一の幼馴染みなんだから」


 学校へ通った経験のないレイリアにとって、友を作る機会は全くなかった。

 外部の人間と触れ合う数少ないチャンスの中で出会った、それこそ一点の星がいざ、幸福の絶頂を迎えて幸せになろうとした時に。

 あの一瞬で何ができた。何をしてやれた。答えは一つだ。


 あの日、レイリアが咄嗟の判断――とするよりも。体が自然と動いた衝動を、誰が何をもってしても止められなかっただろう。

「それに――」レイリアは、落ち着きを取り戻したマリアをにこやかに眺めた。「小さき家族の為にもね?」

 囁かれた発言を経て、アーベルハイト家の面々は一様に困惑していた。

「え?」

「は? 陛下……今、何と?」

「こここっ、公主様!」

 焦ったのは、心辺りのあった当の本人、一人だけ。

「何のことだい? マリア」

 クリスティアンが訊ねると。マリアは、涙で濡れたハンカチをもじもじとさせながら告げるのだった。

「あの……、実は。お父様、クリス。私――」


 跡取りになるやも知れない子の宿しを、ここで初めて知ったアーベルハイト家の当主とその夫は有頂天ともなり。来訪時とは正反対の、大層明るく、賑やかとなった来訪者たちは病室を後にした。


 その去り際に。マリアが密やかと「無事に誕生しましたら、公主様。この子に名を、授けていただけますか?」と願えば。レイリアは、「勿論。喜んで」と応じていた。


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