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ゲートアレイの花篝  作者: 久麗ひらる
始まりの名は
13/51

兄弟


「――そうではないかと」

 レイエスが「恐らく」の冒頭を付けず、事務的に応じたことによって。捲瑠まきるは鋭き眼光を光らせた。

「してやられたままで良いのか?」

 鋼鉄の魔女が感情と憎悪の激昂型であるのに対して、捲瑠女帝はあくまで虎視眈眈な法と秩序の取り締まりクイーンであると世間は評している。

「レイエス・フォル・トゥエルヴ」

 その名を呼ばれるのに久しき守護騎士は、こめかみをぴくりとだけ反応させた。その口元はものを言いたげにして、言い出せないもどかしさを噛みしめてから、ようやく。「法の改正が必然かと」と述べるに留まった。


 捲瑠は、レイエスがそう告げるのを予期していたのだろう。

「しかしながら。さんには、その動議を出す権限がないであろうに?」

 沈黙を通した男は紛うことなくトゥエルヴ本家の血筋にして、現当主の兄である。けれども継承権は家を出る時、すなわち騎士になる際に自ら放棄していて、肩書きはルナザヴェルダを取り仕切る一団長に過ぎない。

 トゥエルヴ家の事を取り計らおうにも、決定権の一つも持たない面が如実に浮き彫りになってしまった。


 捲瑠は、その場に居合わせる誰でもない宙に視線を忍ばせた。

「ヴルヴ家が。聖なる領主であるトゥエルヴ家を、根絶やしにしようと長きに渡って画策しているのは何も、今に始まったことではない」

 それこそ分厚い歴史を語る教科書の、冒頭からヴルヴ家の名は登場している。それが歴史的転換期を迎えたのは、中期より前のことであった。


 偉大なる先人たちを軽々しくも冒涜し、権力と暴力で弱者圧政を敷いたヴルヴ家の悪行は、当然の如く民から猛反発を受けた。

「意に反する者と、死者に対しても敬意を払わず。力こそが全てだとする野蛮なヴルヴ家を、このファージアから永久追放して幾数世紀……」

 故郷を追われたヴルヴ家は一方的な恨み、妬みを募らせた。

 やがて、独自のリベラル主義を御旗に掲げては鉄鋼騎団を結成し、己たちこそがファージア星の正統な統制者だとして、幾度となく強制軍攻、衝突行為を勃発させている。

「時が経てば経つほどに怨恨、憎悪の闇も深かろう」


 対するファージアは全うなる騎士の星である。

 ファージア星王率いる星軍とて精鋭揃いの猛者騎士ばかり。母なる星を脅威あるものより守っては、排除するに必要な国力も軍力も備え持っている。

「しかしながら。ヴルヴの魔女が率いる鉄鋼騎団も、これがなかなかに強かでしぶとい」

 一団は常に辺境惑星を転々とするジプシーのように。行く先々で傍若無人に略奪上等、最新の技術も取り入れ、違法な生業で得た軍資金も豊富となれば。それに同調して傾倒する若者も増える加勢力もプラスされ、ファージア星軍とて手を焼いているのも実状であった。


「トゥエルヴ家とヴルヴ家は相容れぬ。我が天鳳院てんほういん家もマシュトロン家も、如いてはファージア民とて、ヴルヴ家の行いを決して許さぬだろう」

 歩んで来た通路を引き返すべく歩み出した捲瑠は、口数の少ないレイエスとすれ違ったところで歩みを止めた。

「とは言え。これで長らく、当主が家長を担ってきた悪しき慣例も取り払えるであろうて?」

 レイエスは先代の父に似た鋭い眼で、捲瑠を無言で眺めている。

「現状、当主が何の意志も示せぬ状態であるのなら。事実上、実兄である貴さんが、トゥエルヴ家を仕切らねばならん」

 実の兄、という部分にレイエスは敏感にて実に神経質だった。


 レイエスの脳裏に、類まれなる祈りの力を持ち、暁の黎明王と呼ばれる弟の兄、というだけで好待遇された騎宿学校の思い出が甦った。

 望まない手厚い処遇を受けたレイエスは、この時から騎士になるまでの間は己の名を封じ。周囲にも、自分をトゥエルヴ家の人間だと思ってくれるなと、広く口外するようになっていた。


 公家の者であるとする区別を嫌い、差別は受け入れ。淡々と修行に打ち込み、実力重視の騎士の世界で、レイエスは自らの力だけで頂点を掴んだ。

 真面目一辺倒で責任感は人一倍強く、気配りも隅々にまで及ぶ好紳士が。ルナザヴェルダへ入団してから団長に成り上がるまで、そう時間はかからなかった。


 そんなレイエスであったからこそ。実兄と呼ばれる事も、兄としての席を用意されるのも忌み嫌う話は当然、捲瑠の耳にも入っている。

「――のう、レイエス」

 互いに顔色を一つと変えずとも、その腹の内は読めているようだった。

「貴さんの思いもさもあらん。が、暫定的に貴さんが動かねばなるまいて?」

 レイエスは先に視線を外して頭を下げていた。

「心得ております。我らがマスターが眠りより覚めし時。物事が恙無く進むよう、万事取り計らうのも我らの役目」

 その物言いは事務的であって、感情はこもっていなかった。


 それが務めだとしても、もう少しくらい温情を表わしてもいいのに――とアニーは思った。

 不器用だ。この兄も、弟も。


「……そうか。ならばよい。その意志を確認したかったまでじゃ」

 捲瑠はそれ以上の口は噤み、カツカツとヒールを打ち鳴らしながらその場を去って行った。


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