揉め事への対処法~とある受付嬢の場合~
CASE 1.
ギルド職員にちょっかいを出した場合。
→通常
彼女は困惑していた。仕事を任された初日から、質の悪い冒険者に絡まれてしまったのだ。
「ねえねえ、今日の夜とか空いてるー。」
「よかったらご飯食べに行こうよ!もち奢るからさ!」
「いえ、あの、手続きをしますので、ここにサインをもらえますか?」
「あ、じゃあ、今日一緒に来てくれるならサインするよ!」
「手続きしないとか無しねー?じゃないと、「この受付嬢は態度が悪い!」って言いふらしちゃうかも?」
「や、でも…。」
「おい、休憩だ。変わるぞ。」
カウンターの奥から声がかけられる。振り向いた先にいたのは、2mを優に超える偉丈夫である。しかし、それは彼女にとっては紛れもない援軍であった。思わず、安堵の笑みがこぼれる。
「あ?なんだよおっさん。俺はこのカワイ子ちゃんと大切なお話の途中…。」
「王都ギルドマスターのエミリオだ。こっからは俺が引き継ぐ。」
「げ、ギルドマスター…。」
「あーあ、あの新入り達も馬鹿だねー。ギルドマスターに目をつけられちまったな。」
→近くにクレラオースがいた
彼女は落胆していた。仕事を任された日から、2日続けて質の悪い冒険者に絡まれてしまったのだ。しかし、生来気が弱い彼女はうまく対処することが出来ない。
「ねえねえ、今日の夜とか空いてるー。」
「よかったらご飯食べに行こうよ!もち奢るからさ!」
「いえ、あの、手続きをしますので、ここにサインをもらえますか?」
「あ、じゃあ、今日一緒に来てくれるならサインするよ!」
「手続きしないとか無しねー?じゃないと、「この受付嬢は態度が悪い!」って言いふらしちゃうかも?」
「や、でも…。」
「もし?」
その場に場違いな、涼やかな声がかけられる。
冒険者たちが横を向くと、受付嬢姿の美しい女性が立っていた。
「うわー!お姉さんゲロ美人!マジやべー!!」
「ね?ね?お姉さんも今日ご飯いかない?奢るからさ!」
この時、彼女と件の冒険者たちは全く気付いていなかった。周りの冒険者及びギルド職員が、当事者たちを除いた全員が一斉に距離を取ったことに。
それは、いつもは温かな彼女の声が、一気に冷え込んでいるその理由に気付いたから。
「困りますね・・・。」
次の瞬間、冒険者たちの姿が消えた。
「…ええ!?」
慌ててカウンターから身を乗り出せば、彼女の驚愕はさらなる驚愕で塗りつぶされた。
そこには、顔が床にめり込んでいる何かが2つ、転がっていた。
「当ギルドの運営に差し支える行為は、お断りしていますの。以後、お気を付けくださいませ。」
輝く銀の髪を垂らして、まるで貴族のご令嬢のようなお辞儀を1つ。
色物受付嬢、クレラオースの伝説が、加速した。
CASE 2
ギルド内で揉めた場合。
→通常
「その依頼はこっちが先に見つけたつってんだろうが!いいからよこせ!」
「は!早い者勝ちだよこのウスノロ!!」
「だいたい、ちゃんと先約のマーカーつけてたろうが!!」
「そんなものありませんでしたー!言いがかりはやめてくださーい!」
彼女の前で起こった依頼戦争。時々、こういった事態が発生するのだ。しかし、初めて目の当たりにした彼女はどうやって収めていいかわからずにオロオロするばかり。
「はいはーい、そこまでよー。やるならギルドの外でやってねー。」
「あ!ネリア先輩!」
気づけば、古株のネリアが止めに入ってくれた。手を叩きながら外への退出を促す。
「ああ望むところだ!今日こそ決着をつけてやるよ!」
「次の朝日が拝めると思うなよ!!」
「ま、あの二人はあんな感じで追い出せば大丈夫だから。」
「はい!ありがとうございます!!」
→近くにクレラオースがいた
「その依頼はこっちが先に見つけたんだよ!いいからよこせ!」
「は!早い者勝ちだこのちび助!!」
「だいたい、ちゃんと先約のマーカーつけてたろうが!!」
「そんなものありませんでしたー!言いがかりはやめてくださーい!」
また、次の日も彼女の前で起こった依頼戦争。しかも昨日と同じ冒険者である。
今日こそは、今日こそは止めてみせると心に誓ったものの、なかなか最初の一歩が踏み出せない。しかし、負けるわけにはいかないのだ。頑張れ私!負けるな私!」
「あの…クレオ先輩?なにしてらっしゃるんですか?」
「何って…ビビちゃんの心の声の代弁者?」
「………。」
「こうなったら…ヒッ!くくくクレラオースさんおはようございます!!」
「げ!?おおおおおはようございます!!」
「はい、おはようございます。今日はどうされますか?」
ギルドは平和であった。
CASE 3
朝方に、北門近辺で犯罪が起きた場合。
→通常
何がいけなかったのだろうか?
彼女の中で、この問いだけがずっと頭の中を回っていた。
「へへ、騒ぐなよ?まあ、こんな時間ならあのおっかない女も来やしないけどな。」
今、ビビの目の前で舌なめずりをしているのは、クレラオースに叩きのめされた冒険者の1人である。もう1人がいないところを見ると、独断行動なのだろう。
(本当に、何がいけなかったのかな?今日、たまたま早く目が覚めたからなんて、散歩に出かけたのがいけなかったのか?それとも、昨日早く寝てしまったから?というより、あの時注意して穏便に収めることが出来なかったから?)
疑問の答えが出ることは、おそらく永遠にないだろう。しかし、こんな混乱状態の彼女にも分かることが1つだけある。いや、分かりたくはなったのだが、分かってしまったのだ。
男が、血走った目で彼女の服を破き始めたからである。
(ああ、犯されるんだ。私。)
朝の澄んだ風が、暴かれた肌を撫ぜる。それがたまらなく、気持ち悪い。だが、不思議と現実味がなかった。男の不気味な吐息が、手が、足が、目が、アレが、全てが、遠いどこかの光景を切り取った魔法を見せられているのような錯覚に陥るのだ。
「くははは、前準備なんていらないよな。そんじゃさっそく…。」
無理やり開かれ、舐るように近づいてくる。
彼女は、意識を落としてしまった。
最後に見えたのは、男の醜い顔と、その後ろから差し込む白銀の光であった。
「………ゃん…ビちゃん…ビビちゃん!!」
「んぅ…あれ?クレオ先輩…?」
目の前に、怖い顔をしたクレラオースが彼女をのぞき込んでいた。
「よかった目が覚めて…どうしたの?こんなところで寝ていたら風邪ひくよ?」
「え………ひっ!そうだ私襲われて…。」
「え?襲われた?」
「そうですよ!この前の冒険者さんが逆恨みしてきて!!私を無理やり…。」
「お、落ち着いてビビちゃん!」
「だって服とか破り捨てられて…ってアレ?」
ナイフで破かれたはずの服が、破られてはいなかった。
「ね?落ち着いて?私が来た時、ここにはビビちゃんしかいなかったよ?」
「………?」
そんなはずはないと辺りを見回すが、破られた服の糸どころか、男もいない。争った形跡もない。ここにいるのは、彼女とクレラオースだけであった。
「悪い夢でも見てたんじゃない?もう、最初見た時は本当に驚いたんだからね?」
「はあ…申し訳ありませんでした。」
「いいのよ。今日、ビビちゃんは確かお休みでしょう?なんでこんな時間に外で寝てたのかは知らないけど、家できちんと寝てらっしゃい?」
どこか釈然としない。そう思いながらも、頷くしかなかったのだった。
「…さて、もういいよね?」
ビビちゃんを見送ったら、ようやく制裁の時間だ。
「まったく、嫁入り前の子になんてことをしようとするんですか?私が間に合ったからいいものの、ヘタすると一生の傷になるところでしたよ?」
魔力を抑えきれない。私の周りの空気が冷えてきらめくのが見えるが、そんなことより目の前の男をどう料理するのか決めるのが優先だ。
首から下を氷漬けにして影に転がしておいた男が、私の姿を見てかわいそうなぐらい青ざめていく。
「生きて帰れるなんて、思わないでくださいね?この短小包茎野郎が。」
1人の男が、街から消えた。
≪後日≫
「お姉さまー!!新作の服が出来ましたの、ぜひお店に試着しに来てくださいな!!」
「お、本当に?今度のお休みの日に寄るねー!!」
「………クレオ先輩、今の方、お知合いですか…?」
「うん、よく行く服屋の店主さんなんだ。」
「…すごく、個性的な方ですね…。」
1人の漢女が、街に爆誕していた。
王都クリミアは今日も平和である。
服屋【漢の娘】 裏路地にてひっそりと華麗に営業中