第八話「ラノスでの生活」
「カミル、朝よ」
朝はカレンの声で目を覚ます。
彼女は早起きだ。
傷も順調に回復しており、内臓の修復もほぼ終わっているらしい。
寝ぼけ眼のまま体を起こす。
タンドラの家には寝室が二部屋ある。
恐らく亡くなった奥さんのものだろうが、触れないことにする。
療養中は信頼できる人間が側にいた方がいい、というタンドラの意見により、俺とカレンで同じ寝室を使うことになった。
流石に同じベッドで寝るわけにも行かないので、俺はバックパックから寝袋を取り出してその中で寝ているのだ。
伸びとあくびを一回ずつやると、俺は起き上がって洗顔に行く。
タンドラの家で出される食事はあまり良いものではない。
アジトを壊滅させたとはいえ、囚われていた人々が仕事に復帰するには時間がかかる。
そのため、暫くはまた貧しい暮らしが続いていくのだそうだ。
次に訪れるときには、もう少し裕福な生活になっていることを願った。
素直な優しさもあるが、次回来た時もまたこの食事ではたまらん。
食事を済ますと、カレンはベッドに戻り、俺はタンドラと共に外へ出かける。
カレンに行ってきますを言うと、少しだけ寂しそうな顔をして「行ってらっしゃい」と応える。
彼女も仕方がないと割り切ってくれているのだろう。
カレンとは仲良くやっていけそうだ。
家を出ると、俺とタンドラは町の北東部へ向かう。家が崩れているのは主に町の北部なので、東から西にかけて順々に修理をしていく作戦である。
現場には、タンドラが集めた町の男共が数人いた。
まだ稼ぎに出られる体ではないが、家の修復くらいならと名乗りを上げてくれた人々である。
「えっと、よろしくお願いします」
俺がペコリと頭を下げると、男たちは口々に「おう」とか「任せとけ」と言い出した。
「昨日いらっしゃった方は分かると思いますが、僕が必要に応じた建材を用意・精錬して形状を整えますので、皆さんは建築物の修復にあたってください。では始めましょう」
俺は土属性の魔法で石を作り、それを火属性の魔法で精錬していく。
流石に吸魔石や耐魔石は作れないが、ある程度頑丈な物なら作れる。
精錬が終わると、男達の指示通り風属性の魔法で綺麗に切断する。
別に刀を使ってもよいのだが、刃こぼれが激しそうなのでやめた。
俺はまだ9歳なので、大きな石材を抱えて運べるほどの力はない。
そこからは、村の男達の出番である。
現在就活中の皆様は、手際よく石材を運んでいき、崩れた壁にはめ込んでいく。
その作業が終わると、俺は風魔法で表面を平にし、火魔法で溶接していく。
体力も魔力も消費が激しい作業となるが、この重い石材をせっせと運ぶ男に比べれば大したことはないだろう。
化物だろ、あの人たち……
一通り石材を作り終わると、暫く暇になる。
この暇を利用して、少し魔法の説明をしよう
そもそも魔法とは魔力の性質・形態をそれぞれ変化させて行う攻撃や治癒などの事である。
魔力を貯蔵、利用するための器官を持つ人間は全体の3分の1ほどであるため、地域によっては誰も魔法を使えない、ということもある。
ここ、ラノスがいい例だ。
魔法には火、水、氷、土、風、雷、木、光、闇の九属性がある。
使える属性は人それぞれで、一つの属性しか使えない者もいれば、9つ全てを使いこなせる者もいる。
3つ以上使いこなす人間はかなり稀だ。
因みに、俺は闇以外の全ての属性の魔法を使える。
火+水→湯のように、魔法を混合することも可能だが、光と闇の魔法は、一般的には混合出来ないとされている。
魔導士の能力次第で、一度に3つ以上の魔法を混合することもできる。
しかし、光と闇を除く七属性を混合した、俗に言う「虹の魔法」を使えたのは、イーリスの初代マスターだけである。
そして、属性魔法以外にも、血によって引き継がれる特殊な魔法も存在する。
エストラ=マートゥスが常に使用している、魅了もその一種である。
「おーい坊主、石材追加してくれ!」
呼ばれてしまったので、続きはまた今度にするか。
「はい、今行きます!」
俺は腰をあげると、声のした方へ向かった。
……そういえば、加工やら整形やらは町の人がやるって言ってたんだけどな。
まあ俺がやった方が効率いいし、別にいいか。
家の修理は、一軒につき大体一時間弱で終わる。
魔力、体力の面から考えて、一日のうちに六、七軒が限度だ。
滞在中に全て終わらせるのは不可能なので、最終日には、ありったけデカい石材を置土産にしなければならないだろう。
石材さえ用意しておけば、あとは町の男たちがやってくれるだろうから。
昼食を挟んで数時間、今日は八軒の修復が終わった。
「今日はこれくらいにしましょう、お疲れ様でした」
俺は男達を解散させると、タンドラと共に家に戻る。
え?タンドラは何をしていたかって?
現場監督という名の見物客だよ。
「お帰り、遅かったわね」
へろへろになって帰って来ると、カレンが出迎えてくれた。
「なんか町の人が張り切っちゃってさ……もう疲れたよ」
あの人達体力おかしいって。
何で石材を片手で軽々しく運べるのん?
ため息をつくと、カレンは薬と笑いながら言った。
「お疲れ様、今のカミルの顔、結構面白いわよ」
え、何それ傷つくんだけど。
冗談よ、と俺の額にデコピンをすると、カレンは寝室へと戻って行った。
和んだ。
でもデコピン痛かった。
風呂に入って一日の汗をサッパリ流すと、俺も寝室へ向かう。
カレンは、ベッドの上で俺が作った魔法についてまとめた本を読んでいた。
魔法をもっと覚えたいというので、俺がメモみたいな感覚で作ったものを渡したら、それ依頼興味津々で読んでくれている。
カレンは俺の姿に気づくと、パタンと本を閉じた。
俺は外に出られないカレンの為になるべく多くの話をしてやる。
男達の体力が化物じみてるとか、
タンドラが相変わらず役立たずだとか、
魔力の調子が良くてより上質の石材が作れたとか、
昼ご飯は相変わらず不味いとか、そういう話である。
「へえ、日によって魔法の調子が変わるのね」
「体調が悪いとうまくいかないし、その逆もまた然りだよ」
今日はちょっと胃の調子が悪いな、ということがあるように、
今日はちょっと魔力の性質・形態変化がうまく行かないな、ということもあるのだ。
「それで、囚われてた人は全員無事だったの?」
「やっぱり死んじゃった人もいるみたいだね。まああんな劣悪な環境で生き残ってること自体凄いと思うけど」
「そう……」
子どもと男達が囚われていたのは、アジトの地下の地下であった。
熱気と悪臭に包まれたそこは、地獄のような環境だった。
男達は手足に枷をつけられ、来る日も来る日も働き続けたという。
一方、子どもは一人一人檻に入れられており、男達の話によると、毎日洗脳を受けていたそうだ。
カレンが奴らを片付けたため、その洗脳は綺麗さっぱり解けたという。
このことを放置したことを国に文句したところ、形だけの賠償として、町に多額の金が入ることになった。
町人全員で分けると、一人につき300万Jくらいになるらしい。
かなりの額だ。
「ギルドの他のメンバーは、もう戻ってるのかしら」
「さあ……一山越えなきゃいけないルートもあったみたいだし、どうだろうね」
例えばクレハ=シャーロットが指定された行き先は、大陸の北に連なる「北神山脈」を通らなければたどり着かない町だったらしい。
いくらクレハといえど、パーティメンバーを守りながらあの山脈を越えるには時間がかかるだろう。
……北神山脈がクレハによって真っ二つに割られた、という話を聞くのは、少し後になる。
「カミル、今夜同じベッドで寝ない?」
「カレン、その言い方はいろいろと誤解を招くからやめた方がいいぞ……」
「?」
カレンは「何を言ってるのかわからない」という顔をしているが、俺には一応知識がある。
そりゃあのギルドにいれば誰だって知識つくわ。
エロい事大好きなおっさん共に入れ知恵されたのだ。
他愛もない雑談を済ませ、夕食を終えてしばらくすると、俺とカレンは同じベッドに入った。
かなり大きめのベッドなので、俺とカレンが寝てもまだ余裕がある。
少し経つと、隣から静かな寝息が聞こえてきた。
ちらりと右隣を見ると、カレンはこちらを向いて寝ていた。
うん、やっぱり可愛い顔だよなあ。
いい友達を持った。
そして一週間が過ぎ、町を去る日がやって来た。
町の人間がほぼ全員見送りに来てくれた。
「カミル=フォスキーア、そしてカレン=セフィリア。アジト壊滅から町の再建まで、本当に世話になった!」
タンドラが代表して深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、頭上げてくださいよ」
「いや、それでは私の気がおさまらない」
結構頑固な爺さんだなあ。
「あの……」
一人の女性がカレンの元へ近づいていく。
カレンはハッとして口を開く。
「あ、あの時の」
「はい、貴方に助けて頂いた者です。あの時は本当にありがとうございました!まだ貧しいですが、お陰で旦那も帰ってきて、娘も喜んでいます」
女性は深々と頭をさげた。
カレンは「自分には何もできていない」と言っていたが、なんだ、ちゃんと人助けをしたんじゃないか。
アジトの連中を吹き飛ばしたのもカレンだし、報われて良かったと心から思う。
「お主等は、この町の英雄じゃ。ずっと讃えられ続けるだろう」
いやいや、アジト一つ潰したくらいで大袈裟な……
「それより、石材はあれで足りますか?広場を一つ占領しましたけど」
一応、可能な限り大きな石材は用意しておいた。
切り出しやら整形は……まあ頑張れとしか。
「十分じゃ。何から何まですまんの」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました」
そう言うと、俺とカレンは町を背に歩きだした。
感謝、賞賛の言葉を背に浴びつつ、俺達は歩く。
帰ろう。
みんなの待つ、ギルドへ。