第五話「ラノスの町」
―カミル視点―
気がつくと、窓から日が差していた。
結構疲れていたからな、食後すぐ眠ってしまったのだろう。
怠い体を起こし、ふあーっと伸びをする。
服も変えてないし、風呂に入ろうと立ち上がり、バックパックから着替えをとった。
浴槽に水魔法で水を満たし、小さな火玉をぶち込んでお湯を張る。
水道もあるのだが、このやり方が一番手っ取り早い。
俺は脱衣所で服を脱ぎ、浴槽へダイブした。
ああ、気持ちいい。
さて、とりあえず最短ルートを進むことになったのだが、魔獣がうろついている可能性が高い。
危険だが、うまくいけばカレンに実戦を経験させつつたどり着けるだろう。
双剣は専門外だが、俺は二刀流も使えるので、ある程度の指南は出来るかもしれない。
…あのカレンが素直に俺の言うことを聞く訳がないのだが。
そんなことを思いながら口まで浸かってブクブクやっていると、ドアを叩く音がした。
「カミル、そろそろ出発しましょうよ!」
カレンの声である。
そういえば、食事を一緒にと誘ってきたのは彼女だったな。
会話はあまりなかったが、少しは嫌悪を薄めてもらえただろうか。
「ごめん!すぐ行く」
俺は慌てて浴槽から出て湯を抜くと、タオルで体を拭いた。
「何やってるの?早く!」
とその時、カレンがドアを開けて部屋に入って来た。
彼女は開けっ放しの脱衣所に目をやる。
そこには裸の俺がいた。
「…………………」
「…………………」
目と目を合わせる二人。
「キャァァァァァァ!」
「ちょっと待ってごふっ!」
カレンは顔を真っ赤にして叫びながら、俺を右手でぶん殴った。
俺はそのまま吹っ飛び、浴槽へ再びダイブ。
カレンはすぐ部屋から出ていった。
…言わせてほしい。
逆だろ!と。
起き上がってさっさと着替えて部屋から出ると、依然として真っ赤な顔のカレンがしゃがみ込んでいた。
「見ちゃった…見ちゃった…」
そこまで気持ち悪がられると、さすがの俺も凹む。
「えっと、カレン?」
声をかけると、カレンはビクッとしてこちらを見た。
そして慌てて立ち上がると、こちらに背を向けた。
「い、いくわよ!」
そう言って、さっさと行ってしまった。
俺もバックパックと武器を背負い、慌てて追いかける。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「そこで踏み込んで!…ブレスくるぞ!右に避けて!」
俺は風属性魔法で自分の声の音速を上げ、数メートル離れたカレンへ指示を出す。
宿から出て暫くすると、草原で魔獣に遭遇した。
最短ルートを選んだので、この先もバンバン出てくるだろう。
そう思った俺は、わざとカレンに相手させ、彼女の経験値を貯めることにした。
彼女はDランク魔獣を相手に、双剣のみで戦っていた。
俺がそう指示したのだ。
彼女は現在Cランク、年齢にしては十分な魔力を持っている証拠だ。
なので敢えて双剣のみで相手をさせ、剣の腕を上げる作戦である。
カレンは予想に反し、俺の指示を素直に聞いてくれた。
「はあっ!」
カレンは掛け声と共に、両手に持った剣で魔獣の首をかき切った。
返り血を浴びぬよう、その後慌てて距離を取る。
その足でこちらへ走ってきた。
…筋がいい。
剣術はからっきしと言っていたが、才能は十二分にある。
「はあ、はあ…どうよむぐぅ!」
嬉しそうなカレンの顔には少し返り血がついていたので、タオルで拭き取ってやる。
「ほらほら血がついてる。せっかくの顔が台無しだよ」
「…!?な、何言ってんのよバカッ」
「ごふっ…」
素直に褒めた筈なのに、なぜかみぞおちに拳が飛んできた。
褒められるのも嫌なのか…俺どうすればいいの?
「げほっ、げほっ…でも結構筋がいいよ。ちゃんと鍛えれば立派な魔法剣士になれる」
「なんか上から目線で腹が立つわね…」
そろそろ素直に喜んでくれまいか?
その後も、魔獣に遭遇してはカレンに相手させた。
彼女はめきめきと腕を上げていき、最終的には俺の指示無しでCランク魔獣を倒せるまでになった。
馬に餌をやりつつ馬車を進め、暗くなったら歩を休めてテントを広げる。
宿がないので、こうして野宿するのだ。
風呂は風魔法で空気を入れて膨らませるタイプのもので、それに湯を張って使う。
残念ながら、俺の魔法では家や小屋、道具は作れない。
野ざらしの風呂になるが、入れないよりはマシだろう。
「絶対に見ないでよ!」
「見ないって。これ以上嫌われるともうパーティとして厳しくなる」
睨むカレンに対し、俺は冷静に応えた。
いや、自分だって今朝見たじゃん…
湯冷めをするといけないので、風呂からテントまでの道には温水を引いてある。
勿論シャワーを即席で作るのは難しいので、湯船だけの風呂になる。
カレンの入浴中、俺はカレンの指南計画を練っていた。
次はこういう動きを覚えさせようとか、そういうものである。
暫くすると、隣のテントに人が入って来る気配がした。
「終わったわ。あんたも入ってくれば?」
「そうしようかな」
では、お言葉に甘えて。
今朝はドタバタしていたので、のんびり入れるうちに入っておこう。
寝るときは交互に見張りをした。
草原のど真ん中、かつ夜なので、いつ魔獣に襲われるか分からないのだ。
夜は魔獣が活発になるので、カレンに相手をさせて経験値云々と言っている余裕はない。
基本は俺がまとめて塵にしていく。
結局、その日の夜は二回ほど魔獣に襲われた。
塵にしてやったが。
旅は順調そのもので、現れた魔獣はある程度カレンに相手をさせ、十分だと思ったら俺が片付ける。
カレンに訓練を積ませるのも大事だが、それだと彼女ばかり疲労していく。
全員相手をさせていた頃はなかなか辛そうだったので、このやり方に変えた。
そしてネメシアを出てから1週間強、ようやくラノスに辿り着いた。
町はかなり荒れており、家が崩されているのもしばしば見かける。
人々は皆暗い目をしており、活気もなかった。
「なんか…気味の悪い町ね。それに私達、すっごい見られてる」
同意である。
俺たちをジロジロ見るのは、恐らく格好が珍しいからだろう。
二人ともそこそこ派手な服を着ていた。
町が淀んでいるのは、キメラが出現したから…ではなさそうだ。
もっと違う理由だろう。
町をキョロキョロしながら歩いていると、老人に声をかけられた。
「もし、君たちは何者かね?この町の人間ではないだろう?」
「僕等は、グランハルト王国から来ました、ギルド『エッジオブイーリス』の者です。先日キメラが現れたという事で、調査に来ました」
俺は可能な限り丁寧に応える。
「おお、そうじゃったか。私はこの町の町長、タンドラ=アルバートと申す」
あちらもペコリとお辞儀をした。
「しかし見たところ、二人とも随分幼く見えるが?」
「僕、カミル=フォスキーアが9歳で、彼女、カレン=セフィリアが10歳です」
タンドラの顔が曇る。
「大丈夫なのか?少し危険な依頼をしたかったのじゃが…」
「問題ないです。僕はSランクですし、こちらのカレンもなかなかの才能の持ち主ですので」
そう言うと、カレンは少しだけ頬を染めた。
やめろ、可愛い。
「そ、そうか。なら安心じゃな。どれ、ついて来なさい」
あ、信じてないな、この爺さん。
まあいい。
タンドラに案内されるままに町を歩くが、やはりどこをに行っても人々の表情は変わらない。
まるで死んだ魚のような目で、商人は淡々と物を売り、客は淡々と物を買う。
大人は皆俯きながら歩いており、子どもは不安そうな顔をしている。
「酷いわね」
「そうだな。皆生きる気力をなくしているみたいだ」
「そのことも含め、今から案内するところで全てを話す。まあ少しだけ我慢しておくれ」
そう言うタンドラの後に俺たちは無言で着いていく。
歩くこと15分、到着したのは古臭い小屋であった。
「私の家だ。上がってくれ」
「お邪魔します」
タンドラの後に家に入ると、中はかなり綺麗だった。
初日に泊まった宿よりは少し下か。
「さあ、座ってくれ。今紅茶を入れるでの」
俺たちは荷物を下ろし、遠慮がちに椅子に腰掛け、タンドラが台所から戻ってくるのを無言で待った。
2分ほどして、俺たちの目の前にティーカップが置かれた。
この町の雰囲気とは程遠い、オシャレで純白のティーカップだった。
「あ、ありがとうございます」
「まあ固くならんでもよい。それより、今はキメラ事件についてじゃ」
そう言うと、タンドラはこの町について語り始めた。
要約すると、昔、この町は活気に溢れていたらしい。
名産品の陶器は王国でも有名で、わざわざ買いに来る観光客もいたくらいだ。
しかし数年前、陶器市場の独占を狙った集団が、この町を占拠してしまった。
武力が皆無に等しいこの町は即座に堕ち、それ以来、悪党共の卑劣な嫌がらせ、暴力に耐え続けている。
そして2週間前に起こったキメラ事件により、働き手であった成人男性の多くが死んでしまった。
その後、代わりとしてその妻子が囚われ、働き続けているという。
奴らは町の北にある建物を占拠し、アジトとして利用しているらしい。
「なんてことを…」
カレンは顔をしかめた。
「それに、奴らは子ども等を利用して、新たな兵を作ろうとしておる。幼いうちから人を殺させ、心を壊し、兵士として無茶な教育を行おうとしているらしい。何も出来ない自分が腹立たしい」
子ども…無茶な教育…
「えっと、国は何をしているのですか?」
カレンは訪ねる。
「陶器が手に入ることに変わりはないし、兵力が上がると喜んでおるよ」
「…っ!許せない!当然行くわよね、カミル!」
子ども…無茶な教育…
子ども…
「カミル?」
突然だった。
俺は椅子から崩れ落ち、そのまま倒れた。
「カミル!カミ…」
カレンの声がぼんやりと聞こえる。
俺の意識はそこで途絶えた。
―カレン視点―
いきなりだった。
話を聞いた途端、カミルが倒れてしまったのだ。
「あなた、まさか毒を!」
「そんな訳なかろう!私もお主も同じ物を飲んでおる!」
そう言うと、タンドラはカミルのティーカップの中身を飲み干した。
「ほら見ろ、私はピンピンしておる」
毒でないとすると、何なのだろうか。
もしかして、私の知らない「秘密」とやらに関係するのだろうか。
頭がパニックになった。
組織の壊滅の話だって、カミルがいたから安心して引き受けた。
カミルがいれば大丈夫だと、無意識に依存していた。
初めはあんなに嫌っていたはずなのに。
頼みの綱は倒れてしまった。
カミルの意識が戻るまで待つのも手だろう。
だが、回復を待つ間にも、人々はどんどん不幸になっていく。
私が一人でやるしかない。
カレンは深呼吸をすると、カミルを抱きかかえながら、タンドラに言い放った。
「町長さん、あなたはカミルの面倒を見ていて下さい。私が一人で行きます」
「無茶な!こんな幼い子一人で、太刀打ち出来る訳がなかろう!」
タンドラの叫びを無視し、一人準備をする。
回復薬と解毒薬をポーチに詰め、双剣を背負う。
「やめんか!せめてこの子が起きるまで…」
「待ってる間にも、また不幸な人が生まれます。子どもが傷ついていきます。それなのに、黙って待てと言うのですか」
それだけ言うと、カレンはタンドラの家を後にした。
私がやるしかない。
カミルは、才能があると言ってくれたのだ。
私にだってできるはずだ。
無理に自分を鼓舞しながら、組織のアジトへと向かった。
キャラクターの外見イメージ
タンドラ=アルバート:ヨボヨボ、ガリガリの爺さん