第四話「旅立ち」
―カミル視点―
「聞かれた…」
俺は頭を抱えていた。
話し込んだり考え込んだりすると、すぐ時間を忘れて没頭してしまう。
悪い癖だ。
俺は嫌われるより、哀れみを受けることを嫌う。
哀れみというのは、ただの侮辱に過ぎない。
あいつは可哀想だとか、大変でしょうにねえとか言われると、見下されているようで腹が立つのだ。
ひねくれてるのは自覚しているのだが、考え方は急には変えられない。
真相を話してしまおうか?
その考えは即座に消した。
同情を受ける可能性がある上、最悪の場合「だから何?」と言われて終わる気がする。
実際、俺がやっているのは、自分の能力をひけらかしているのと変わらないのだ。
カレンに言われてはっきり自覚した。
やめる気はないが、このままだとカレンと仲良くするのは難しそうだ。
パーティとしては致命的なのだが、まあ今回だけだし、何とかなると信じたい。
ウジウジ考えていると、武器庫からアンリとカレンが戻ってきた。
カレンは若干ニヤけ顔で双剣を眺めていたが、俺の視線に気づくと慌ててしかめっ面をした。
え、何ちょっと今の可愛い。
恐らくタダで武器を貰えたのだろう。
俺の時も、初めて武器を作ってもらった時は無料だった。
とにかく人の役に立ちたいという、アンリの営業スタイルなのである。
「終わりましたか?」
二人の方を振り返って俺は尋ねた。
今気づいたが、カレンが購入した(貰った)のは、アンリが一番気に入っていたものである。
鞘もこれまた高そうなのを…
「まあね。彼女も気に入ってくれたようだし、何よりだよ」
「また代金は取らないみたいですね。大丈夫なんですか?」
少し不安になったので聞いてみた。
「まあ、お客さんに喜んでもらえるのが一番だからね。それに私は利益を求めてこの仕事やってるんじゃないんだ。好きなんだよ、精錬とか加工とかがね」
アンリは恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
なんていい人だ。
「じゃあ俺はそろそろ帰ります」
「えっと、じゃあ私もそろそろ。アンリさん、ありがとうございました!」
カレンは少し残っていくかと思ったが、意外だった。
「はいよ。またおいで」
笑顔で手を振るアンリを背に、俺達は鍛冶屋を後にした。
「あんたさ、なんでそんなに自分をアピールするの?」
帰り道、大通りに出たところで、カレンは突然口を開いた。
「稼ぎも十分ありそうだし、ギルドの人達もいい人ばかりだし、これ以上何を望むの?」
やはり聞かれていたのだろう、咎める口調ではなかった。
単純に疑問をぶつけて来ているのだ。
…応えたくないな、カレンには悪いが。
今の彼女が俺に向けているのは、単なる好奇心だろう。
話したところでどうせ同情されるか嫌われるのなら、特別話す理由も見つからない。
ここは断っておこう。
「ごめん、アンリさん以外には話さないって決めてるんだ」
「パーティとして信頼関係がどうのって、アンリさんも言ってたじゃない。互いをもっと知れって」
分かっているのだ。
これは彼女なりの歩み寄りだと。
間接的に町を案内し、アンリと出会わせたことの感謝のつもりなのだろうと。
でも、話したところでどうなる?
俺の記憶は戻るのか?
相談相手なら、既にアンリがいる。
彼女に話す理由は…ないだろう。
「パーティなんて今回限りのものだし、それにカレンに話したところで俺の問題が解決する訳じゃない」
これが、俺の出した結論だった。
カレンは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐしかめっ面に戻った。
「…バカ。もう本当に知らない」
ああ、これで完全に嫌われたな。
「私、まだ簡易テント買ってないから」
カレンはそう言って、走っていってしまった。
空を見上げると、灰色の雲が空を覆い、今まさに大粒の涙を垂らそうとしているようだった。
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次の日は特に何もせず、ベッドでゴロゴロとしていた。
カレンが買い揃えた物を預かり、一つの大きなバックパックに詰めただけである。
受け渡しの際も、カレンは常にそっぽを向いていた。
…そして、出発の日が来た。
「では、これより遠征を開始する!」
「「おおーっ」」
爺さんの掛け声と、それに対するメンバーの声が酒場に響き渡った。
爺さんによるありがたい注意話が繰り広げられる。
背に5本の刀を背負い、両手で大きめのバックパックを持った俺は、カレンの方をじっと見ていた。
カレンはつまらなさそうに爺さんの話を聞いており、時折、こちらを向いてはそっぽを向く。
そんな最悪の雰囲気で、遠征は始まった。
俺達が目指すのは、グランハルト王国の北西に位置する、ルーディア王国の辺境「ラノス」という町である。
ルートは予めチェックしてあるので、その通りに馬車やら徒歩やらで移動するだけである。
問題は、片道だけで2週間かかるということだ。
仲悪い二人が、二人きりで、2週間。
…身から出たさびとはいえ、気まずすぎる。
「くれぐれも無茶だけはしないように!以上じゃ!」
爺さんの長ったらしい話も終わったので、早速旅立とうと俺は席を立つ。
カレンが立ち上がるのも同時だった。
互いに無言でギルドを出発し、ギルドのある通りを運河に沿って歩き始めた。
バックパックと肩の鳴らす「ギイ、ギイ」という音と、二人の足音、そして背負った武器がたてる「カチ、カチ」といった金属音だけがあたりに響いていた。
途中で左に曲がり、いつもの大通りに出る。
馬車のレンタルサービスを行っている店は、ここから10キロ程進んだ王都ネメシアにある。
魔力で動く車「魔動四輪」を使う手もあるが、あれは少々荒っぽい製品で、都市の大通りを走るのには向かない。
どちらかといえば、荒野や草原を駆け抜けるためのもので、用途がかなり限定されてくる。
そんなこんなで、歩くこと約40分。
「お、見えてきたな」
俺が正面を指をさすと、カレンも俯いた顔を上げた。
ネメシアの中央にそびえ立つ城、ウォルイス城が、巨大なその姿を見せ始めていた。
純白の色をした巨大なそれは、王国の権力を象徴するがごとく、堂々とそびえ立っている。
外壁にも窓にも耐魔性のある素材が使われ、落とすのはまず不可能と言われたこの城。
過去の戦乱中にも、誰も傷をつけることすらできなかったという。
よく他の地へ出向く俺でさえ、何度見てもその素晴らしさには心を動かされる。
そしてさらに歩くこと20分、ついに王都への関所へ辿り着いた。
ここを抜ければネメシアに着く。
そこで馬車を借りれば、このクソ重い荷物を背負うこともなくなるのだ。
「止まれ!貴様らは何者だ!」
関所の役人が尋ねる。
尋ねる…というか、もっと乱暴だが。
「エッジオブイーリスの者です。先日、他の地でもここ同様キメラが現れたそうなので、調査に出かけるところです」
俺は右腕の紋章を見せながら言う。
「ふむ…紋章に偽造はなさそうだな。よし、通れ!」
役人はそう言うと、道を開けてくれた。
―カレン視点―
「さて、早速馬車屋を探そう」
ネメシアに着いたと思ったのもつかの間、カミルは早速馬車を借りようと付近を調べ始めた。
ネメシア…噂には聞いていたが、本当に綺麗な都市である。
関所を出てすぐのところには大きな噴水があり、道という道の両脇には沢山の花が咲いていた。
そして道の真ん中には、桜の木が一列に並んでいた。
「どうした?ボーッとしてると置いてくぞー」
カレンは慌ててカミルの後を追う。
つい見とれてしまっていたようだ。
「そういえば、お風呂とかはどうするのよ?毎日宿に泊まる訳にもいかないでしょう?」
これが本日の初会話かもしれない。
カレンは気になって訪ねてみた。
「空気で膨らませるタイプの簡易風呂ならあるから、心配はしなくていいよ。野ざらしなのが欠点だけどね」
そう言いつつ、カミルは地図に目をやって店を探している。
カミルといえど、木や土属性の魔術で小屋を作るのは難しいらしい。
土だと崩れるし、木はそもそも木材に加工して組み立てる作業があるから大変なのだそうだ。
暫くして馬車レンタルの店を見つけると、カミルが交渉に交渉を重ね、結局二週間につき5万Jという超安価で借りれることになった。
「じゃあ借りてくね、おっちゃん!」
カミルは元気に手を振りながら歩いているが、一方店の人間は泣いていた。
…ごめんなさい、全部こいつが悪いんです。
カレンは謎の罪悪感でいっぱいだった。
馬車に乗り関所をくぐると、さっきまでの華やかさはなくなった。
そこからさらに進むと、次第に店や家の数は減っていき、草原が広がるようになった。
馬車の乗り心地は良く、カミルも重い荷物を床に置いて一息ついていた。
風が心地よい。
「とりあえず、今日はこの辺で宿を探そう」
カミルはふいに馬車を止め、そう言った。
「え?でもまだ日は高いわよ?」
「これ以上進むと宿を見つけるのが大変になる。初日くらいのんびりしよう」
その後、カミルは適当な宿を見つけると、二部屋を予約した。
「流石に同じ部屋って訳にもいかないし、多少高くても仕方ないね」
そういうと、カレンの分まで代金を支払った。
こういう優しさがあざとくて苦手なのに…
「じゃあ、明日の朝まで自由時間かな。あと今晩ルートの確認をしたいから、俺の部屋に来て」
「わかったわ」
二人はそれぞれの部屋に別れた。
ドアを開けて部屋に入ると、直ぐ右手にトイレと脱衣所、風呂がある。
部屋は大体8畳くらいだろうか。
大きめのテーブルが一つ、椅子が2つ、ベッドが一つ置いてある。
閉じたカーテンを開けると、草原の中にところどころ家がある。
なかなか良い眺めだ。
荷物は全てカミルの部屋に運ばれているため、余計広々としている。
カレンはベッドにごろんと寝転がり、目を閉じた。
休めるうちに休んでおこう。
その夜、カレンはカミルの部屋を訪ねた。
コンコンとノックをすると、眼鏡をかけた彼が出てきた。
こころなしか、目が充血しているように見える。
「どうぞ、入って」
「お、お邪魔します…」
部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、テーブルの上に積まれた紙の束である。
手にとって内容を見て見ると、カレンの体力や宿の値段等を考慮に入れたうえで、どのルートが適切かを考察したものだった。
すぐ終わる作業でないことは確かだった。
…まさか、ここに来てからずっと?
驚いていると、カミルがティーカップを2つ持ってやってきた。
「紅茶は飲める?」
「え、ええ」
「良かった。じゃあ始めよう。まずはこのルートなんだけど―」
それから、それぞれのルートの特徴が次々と解説された。
「こっちは道が荒れてるけど最短距離で着く」とか、「このルートは遠い上に森が近くにあるから危ない」とか。
この量をたった数時間で調べきってしまうカミルに改めて関心しつつ、カレンは話を聞いていた。
「ならこのルートが良さそうね」
カレンが選んだのは、最短距離を行くルートだった。
「でも馬車が揺れるから、無駄に体力を使うかもしれない。それでもいい?」
「私の心配より、自分の心配しなさいよ…あんたずっとこの作業やってたんでしょ?」
無意識に、カレンはカミルを気遣っていた。
最初に会った時程の嫌悪感や憎しみは、もうなかった。
全く無いわけではないのだが。
「大丈夫だよ。体力には自信があるんだ」
カミルは笑ってみせたが、明らかに疲れている様子だった。
「Sランクのあんたが体調崩したら私も大変だし、少しは休みなさいよ」
「はは、じゃあそうさせてもらうよ」
その後、二人はカミルの部屋で共に食事をした。
通信用の魔力結晶でロビーに注文すると、部屋まで持ってきてくれるのだ。
食べ終わり少し経つと、カミルはテーブルに突っ伏して寝てしまった。
カレンは思わず寝顔を見つめる。
(顔は…いい方よね。優しいし、真面目だし、私が思っていた人とは少し違うのかも?)
そう考えたところで、ないないと首を振った。
コイツは自分の強さをひけらかす、嫌な奴なのだ。
同情を誘うために、アンリさんとの会話をわざと私に聞かせた、あざといやつなのだ。
必死に否定した。
そしてカレンはすぐ部屋に戻り、ベッドに横になった。
カミルの寝顔、疲れた様子の笑顔が頭から離れず、なかなか寝付けなかった。
「入って、どうぞ」とは言わせない