第一話「桜髪の少女」
「爺さん、クエスト終わったから報告書ここに置いとくねー」
「置いとくねーじゃないわい!儂がちょっと外に出た隙に、勝手にSSランクのクエストに出かけおって!」
グランハルト王国にある魔道士ギルド「エッジオブイーリス」。
魔道士ギルドと銘打ってはいるが、中には魔力を持たず剣士として活躍する人間もいる。
王国の中心にある王都「ネメシア」より少し東側に位置しており、とこのギルドを結ぶ大通りは、商人と買い物客、また多くの観光客で賑わっている。
立地故に依頼も多く、最近では他大陸からの依頼もあるという。
このそこそこ大規模でそこそこ有力なこのギルドに、俺は二年前から所属している。
「まあいいじゃんよ。こうして死なずにで帰れたんだし」
「お前という奴は…いったい儂の寿命を何年縮める気なんじゃバカタレが!」
このさっきからうるさい爺さんは、一応このギルドのマスターである。
ギルド内では魔道士一人一人にF〜SSSまでのランクが与えられており、そのランクより上のクエストは受けられない。
ランクは、一年に一度行われる「昇進試験」に合格すると一つだけ上げることができる。
俺は入団時にBランクであり、この二年間で二回とも試験に合格したのでSランクなのである。
因みに最年少記録を更新したらしい。
まあまだ9才だからね。
で、俺はちょこちょこルールを破っているため、度々こうして爺さんに怒られる。
俺はまだSランクなので、SSランク以上のクエストを受ける資格がないのである。
別に、ギルドの仕組みを否定したいのではない。
こっちにも色々事情があるんだよ。
あんただって知ってるだろう?爺さん。
爺さん爺さんと呼んではいるが、この人は大陸一の魔道士と呼ばれる実力者である。
王国が戦争をしていた時、敵軍5000に対してたった一人で立ち向かい、勝利を収めたという伝説もある。
名をジル・ギルフォードという。
そんな化物みたいな爺さんだが、このギルドには彼に対して敬語を使う人間はほぼいない。
舐めているという訳ではなく、皆尊敬と親しみを持って明るく接しているのだ。
…爺さん本人がどう思っているかは別として。
「新しい剣作りたいし、俺はそろそろ帰るね。報告書にサインよろしく」
「おい!まだ話は終わって…」
俺はそれだけ伝えると、肩のバックパックを揺らしながらギルドを飛び出した。
道の両脇に桜が咲き乱れているのを見ると、ああ、春なんだなあと実感できる。
確かクエストに出発したのは冬だったから、四ヶ月程離れていたのか…
なんてことを考えつつ、王都への道を駆け抜けていこうとしたが、案の定市場は多くの人でごった返しており、走っていくには荷物が邪魔だった。
なのでのんびりと歩いているなう。
綺麗に敷かれた石畳も、客で賑わう市場も、四ヶ月前とほぼ変わっていない。
家が2,3軒新しく建っているかな?程度の変化はあるが、相変わらず賑やかで綺麗な町である。
「そこの坊主、安くしとくよ!見ていきな!」などとテンプレを叫ぶ市場のおっさんをサラッと流しつつ、俺は目的地に向かった。
王都への道を途中で右に曲がり、少し進んだ先に、俺の目的地『アンリの鍛冶屋』はある。
少し古臭く油の匂いが漂う扉を押すと、いつものように熱気がむやっと漂ってきた。
奥からは金属を叩くカン、カンという乾いた高い音が聞こえていた。
「アンリさん、こんにちは!」
俺は雑音に負けないよう叫ぶ。
「おおっ、来たねぇ少年!」
声の主が工房の奥から顔を出した。
アンリ=アストレア。
ちょっとボサボサした髪を後ろで結んだ、20歳前後のとても活発な女性である。
あまり有名ではないが、武器・防具の作製能力はこのあたりでもダントツだと俺は思っている。
質もよく、必要以上に金を取らないのだ。
少なくともギルドや商店街にある鍛冶屋とはわけが違う。
「お久しぶりです。で、早速加工してもらいたい素材があるんですが…」
「はは、せっかちだねぇ。見せてごらん?」
「はい、これなんですけど」
苦笑するアンリに、俺はクエストで手に入れた素材「氷河龍の心臓」を渡す。
ネーミングはまんまだが、この心臓は絶対に解けない氷で出来ており、氷点下の水を送るポンプとなっている。
加工すれば水属性の立派な剣が作れる。
「へぇー、あんたよく生きてたね。こいつにあったら逃げろってあたしの村じゃ教わったよ」
「弱ってましたし、それに無傷じゃありませんから」
そう言って、俺は腹部の包帯を見せる。
「かすった程度ですけど、凍傷を起こして大変でしたよ」
「いやいや、でも立派だよ。9歳でここまで強い奴は初めて見る。あんたが素材持ってくるたび、こっちはすっげえワクワクするんだから」
アンリは手袋をはめた手で氷河龍の心臓を持ち上げ、様々な角度から眺めている。
「こいつぁ加工するの難しそうだね、頑張らないと。お金は大丈夫?」
「お願いします。金はまあそこそこ溜まってるんで、心配しないで下さい」
高ランクのクエスト報酬はかなりのもので、しかも俺は質素な生活をしているので、貯金は人一倍ある。
少しズルい稼ぎ方だが、まあ私利私欲の為に使い尽くす気はないからいいだろう。
「あいよっ。ところでさ…」
アンリは心臓を金属製のテーブルに置くと、俺と目を合わせた。
「あんた、記憶の方はどうなんだい?」
「まだ何もわからないですね。発作がいつ起きるかもまだ…」
アンリは唐突にそう切り出した。
そう、俺カミル=フォスキーアにはギルド入団以前の記憶がないのだ。
思い出そうとしているせいか、何かの拍子に目眩、吐き気に襲われることもある。
俺はアンリにだけ相談しており、この現象は発作と読んでいる。
「そっか。まあ焦ることはないだろうけど、早めの回復を祈ってるよ」
そう言うと、アンリは再び心臓を手に持ち、ジロジロと眺め始めた。
それから、アンリとはクエストで出会った氷河龍との対決の話をして、大いに盛り上がったのだった。
話は再び武器精錬に戻る。
「まだちょっと分からないけど、多大体30万 J ってとこかな。一週間はかかるから、しばらくしたらまたおいで」
「はい、じゃあ失礼します」
そう返すと、俺は鍛冶屋を後にした。
気づけば外はすっかり暗くなっていた。
春とはいえ、まだ少し肌寒さが残る。
俺はコートを羽織ると、若干背中を丸めるようにしてとぼとぼと歩いた。
…何故記憶がないのだろう。
何度も何度も考えた。
ギルドに入団したのは二年前だから、それ以前は別の場所に住んでいた筈なのだ。
家族の顔も全く思い出せず、住んでいた場所さえも分からない。
ただ気がついたら、二年前、このギルドに入団していた。
爺さんにも入団当時怪しまれたので、一応話してある。
思い出したくない記憶ならこのままでいい。
ギルドにいる時間は楽しいし、今の暮らしにも不便はない。
ただ、家族の顔だけは知りたい。
「考えても仕方ないか」
そうつぶやいた次の瞬間、市場の方から『グォォォォォォォォ』とも『キシャァァァァァァ』つかない叫び声が聞こえた。
確実に魔獣の咆哮である。
だが、なぜこんなところに?
森からは随分離れているし、そもそも森には結界が張られているため、魔獣が人里に出現することなど不可能なのに。
咆哮の大きさから察するに、おそらくCランク級の強さはある。
ギルドの魔導士や、王国の兵士でなければ対処できない強さである。
「くそっ…!」
慌てて声のしたところへ向かう。
通りに出ると、一人の少女が魔獣と戦闘を繰り広げていた。
魔獣は見たこともない種類だった。
四足歩行する姿はCランク魔獣「マッドベアー」にそっくりだが、腕の太さも爪の鋭さも段違いだ。
恐らく合成魔獣だろうが、何故ここにいるのか。
その時、少女がキメラの突進で突き飛ばされた。
まずい!
俺は走りながら魔力を右手にこめる。
少女は立ち上がったものの全身傷だらけで、肩で息をしながら膝に手をついていた。
「下がれ!俺がやる!」
ありったけの大声で叫ぶと、少女は驚いてこちらを見た後、戦線から離脱した。
ここは市場が並ぶ通りである。
下手な魔法を使えば跡形もなく消し飛んでしまう。
という訳で
「聖球・ホーリーボール!」
掌にビー玉程の大きさの、光属性の魔力を球状に圧縮したものを作った。
攻撃は至って単調なので、右に左に揺れながら近づき、隙をついて胸元へぶち込んだ。
「グェェェェェェッ!」
残念、終わりだ。
「拡散!」
俺はぶつけた聖球に魔力を送り、拡散させた。
粒状の小さな魔法がキメラの体を破壊し、消滅させた。
辺りを見回すが、俺の魔法による目立った被害はなさそうだ。
「ふう…」
俺は一息つくと、少女の姿を探した。
何故町中に、しかもキメラがうろついていたのだろう?
その疑問を抱えたまま。
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少女は出店の影に隠れていた。
髪は綺麗な桜色のショートカットで、これまた綺麗な蒼い瞳をしていた。
かなり可愛い部類だろう。
一応治療しなければと手を伸ばすと、パシンッと弾かれた。
え、俺嫌われるようなことした?
「助けてくれたのは感謝してる。でもさっきの魔法…あんた、イーリスのカミルって奴でしょ?」
おおう、いきなり名前を当てられた。
そこそこ名が売れてきた証拠なのだろうか?
あまり評判は良くなさそうだ。
「私も今日付けでイーリスに入団したの。そこでマスターから聞いたわ」
あ、なるほど。
俺が一人納得していると、少女は綺麗な顔を悔しそうに歪めながら、俺の目を真っ直ぐに捉えて言った。
「あんたみたいな、自分の能力をひけらかしてる奴大嫌いなの!」
嫌われた。
同い年程度の少女に、しかも初対面で。
「強いのは認めるわよ。でもそれを鼻にかけて自慢してる人間なんかに、治療されたくない!」
とんでもなく嫌われた。
心が折れた。
「えっと、俺のことが嫌いなのはよく分かったからさ」
「ええ、大嫌いよ」
「分かったって…でも傷だけは治療させてくれよ」
「見放したら汚名が広まるから?なら大丈夫よ。ここには誰もいないし…」
「心配だからに決まってんだろうが!」
つい叫んでしまった。
少女は無言になった。
俺には初級クラスの治癒魔法しか使えないので、応急措置だけ済ませてギルドへ彼女を運ぶ。
少女は終始黙っていた。
キャラクターの外見イメージ
・カミル=フォスキーア:明るい茶髪、見た目爽やかな美系。
・アンリ=アストレア:ポ○モンのアスナ。
・桜髪の少女:東京○種の憂那を幼くした感じ。