第九話「帰路」
用事が終わり、さあ帰ろう!と叫んだところで、ギルドにワープできる訳じゃない。
当然、行きと同じ時間をかけて帰らなくてはならないのだ。
無論、来るときのように大変な道は通らない。
急ぐメリットは馬車のレンタル料が安くなるくらいで、体力と魔力と精神力を犠牲にするほどのものでもない。
「交渉」の末、超安価で借りたからね!
そんな訳で、帰りは少し遠めのルートを選んだ。
道も整備されており、宿もしっかりしている。
俺もカレンもかなり疲れているので、帰りくらいのんびりしたい。
それに、寄りたい場所があるのだ。
カレンもきっと喜んでくれるだろう。
「とっとと帰らなくていいの?」
いや疲れてるんじゃないんすかカレンさん……
「ギルドは別に手が足りない訳じゃないし、急ぐ理由はないよ。それにいちいち魔獣退治をしながら帰るのはめんどくさい」
「でも……」
カレンはちょっぴり残念そうな顔をしている。
どうしたのだろう、今すぐ会いたい人がいるのだろうか?
なんてこった、カレンはもう既に恋する乙女だというのか。
「それより、もう傷は大丈夫なのか?」
「若干痛むけど、だいぶ良くなったわよ。ただ眼は暫く使わない方がいいわね」
カレンの瞳の色は、戦闘以来青に戻っていた。
魔眼は、発動しているだけで魔力を消費していく。
10歳の魔力総量では、使い続ければ1時間も保たないだろう。
「それなら尚更危険なルートを行く訳には行かないだろ、戦闘はなるべく避けなきゃ」
「そう……よね」
一応納得はしてもらえたようだ。
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遠回りするだけあって、このルートは比較的平和である。
魔獣にもまだ遭遇していないし、一定間隔で宿が建っている。
行きは初日の宿からほぼ一直線のルートを強引に通ったので、魔獣の出現するポイントもお構いなしに突っ切った。
今回は一度南下し、ネメシアとルーディア王国の中心とを結ぶ長い通りに出て、東へ向かいネメシアへ戻るというルートで、このままいけば魔獣のまの字も気にせず帰れるだろう。
道が比較的平で楽なためか、馬も若干嬉しそうだ。
行きはぜえぜえ息を吐きながら馬車を引っ張っていたからな。
少し可哀想なことをした。
「お、君可愛いねえ!そんなチビ無視して、俺達といいトコ行かない?」
特に何もなく、ほぼ毎日宿屋に寄りながら一週間移動し続け、あと半分という頃、チンピラもどき4人に絡まれた。
奴らは馬車を無理やり止め、俺達を中から引っ張り出した。
はあ、こういう奴等面倒くさいんだよなあ……
魔法なり剣なりで塵にしてやってもいいのだが、俺は平和主義だ。
カレンをいたぶってくれたラノスの悪党は根絶やしにしてやったが、ちょっと絡まれた程度で人を殺す程、俺は残酷じゃない。
こういうのは無視に限るな。
「カレン、行くぞ」
俺はカレンの手を取り、馬車へ戻ろうとした。
途端、腕に後ろ向きの力がへグッと力がかかる。
おそらく、チンピラの一人が俺の腕を掴んだんだろう。
「……何ですか」
「ガキ、無視してんじゃねえぞ。そこの女置いてとっとと消えろ。死にたくなけりゃな」
俺の腕を掴んだチンピラAは、服の袖をまくって腕の紋章を見せる。
……馬鹿なのかこいつ、闇ギルドの紋章をサラッと見せて来やがった。
闇ギルドというのは、国に認められていないにも関わらず、勝手に活動するギルドである。
今チンピラAが行ったのは、「ほら、俺の悪事の履歴だ。無罪の人間殺したんだぜ!しかもまだ捕まってないんだぜ!」と言っているも同然の行為である。
恐らく怖がらせたかったんだろうが、こちらは曲がりなりにもSランク魔導士である。
こんな小悪党ごときにビビる理由はない。
「そうですか、では失礼します」
踵を返すと、また腕を掴まれた。
何だよ、面倒くさいな。
「コイツ腹立つな、どうするよお前ら?」
チンピラAは他の三人に問いかける。
「とりあえず、ボッコボコにしちまいましょうよ!」
とチンピラB。
「いや、寧ろ殺しちまいましょうよ!」
とチンピラC。
「そうだな、四人がかりで潰しちまおうぜ!」
とチンピラD。
「よし、四人がかりでボコボコにした後殺しちまおう!そんで女だけ攫っていこうぜ!」
「「おおーっ」」
チンピラ四人は、全員上着を脱ぎ捨てて手をボキボキ鳴らし始めた。
意見がまとまったようで何よりだ。
紋章を見たところによると、チンピラAがBランク、他がCランクらしい。
うわあ怖いな、四人がかりでボコボコにされた挙句殺されるのか。
というか、殺すって宣言されたから抵抗していいよね。
よし、やってしまおう。
「カレン馬を連れて、ちょっと離れてて。巻き込まれるかもだから」
俺はカレンの手を離し、なるべく遠ざかるよう指示する。
「じゃ、やりますか。どなたからでもどうぞー」
少しおちょくってみると、チンピラ共の顔は怒りでみるみる真っ赤に染まった。
おうおう、トマトみたいだねえ……
チンピラは宣言通り、四人同時に襲いかかってきた。
「風魔・天神の舞!」
俺は巨大な竜巻を発生させ、チンピラ四人を吹き飛ばした。
さて、行くか。
俺は何事もなかったかのようにカレンの待つ馬車に戻った。
……カレンは若干怯えていた。
しかし、あいつらが見せてきた紋章、かなり有力な闇ギルドのものであった。
『グリモアオーガ』
いずれこのギルドとは決戦を強いられることになるのだが、それはまた別のお話である。
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また暫く移動すると、右手に広大な花畑が見えてきた。
『虹の花畑』とも呼ばれるそこの土は栄養価が高く、様々な花が植えられているのだ。
虹と名にあるが、イーリスが所持しているものではない。
カレンに見せたかったのは、この景色である。
「うわあ、凄いわね!」
馬車からが身を乗り出し、カレンは目を輝かせて言った。
喜んでもらえて何よりである。
「このルートをえらんだのは、花畑を見せたかったからなんだ。ちょっと降りてみようか」
そう言うと、俺は馬車を止め、馬を土属性魔法で作った石柱に繋ぐと、カレンとともに花畑へ足を踏み入れた。
花畑は段々になっており、入り口から登っていく構造に鳴っている。
また区画毎に植えられる花が分けられていて、色のコントラストが鮮やかだ。
はしゃぐカレンがいつか転びそうなので、一応手を繋いでおく。
「ちょっと、何で手を繋ぐのよ」
「いや、だって絶対転ぶじゃん」
「転ばないわよ、バカにしないで」
そう言うと、カレンは俺の手を振り払っ手走って行った。
嫌がられたかな?まあいいや。
宿もすぐ近くにあるし、今日はここでのんびりしよう。
そう思った時、ズザザッと音を立て、カレンが段差
に躓いて転んだ。
ほーら、言わんこっちゃない。
俺も後を追いかける。
「あら、あの花綺麗ね」
カレンはそう言って紫色の花を指差す。
「ああ、ライラックだね。香水の材料になるくらい香りがいいんだ。嗅いでご覧よ」
カレンはたたたっと側まで走って行き、しゃがんで鼻を近づけた。
俺も慌てて後を追う。
「あ、なんか懐かしい香り……お母さんの香水と同じだわ」
そう言うと、カレンは少しだけ寂しそうな顔をした。
そっか、カレンの両親は亡くなっているんだったな。
思い出してしまったのだろう。
その後も、あれは何だこれは何だと聞いてくるカレンにいちいち説明しつつ、花畑を回った。
気がつくと、日はすっかり傾いていた。
「そろそろ宿に戻ろうか」
「うん……」
俺は声をかけたが、カレンはしゃがんだまま動かない。
ライラックの花壇をじっと眺めていた。
「早く行こう、いいもの買ってあげるから」
「いいもの?」
なんとか気を逸らして、花畑の入り口へ戻って来る。
「今買ってくるよ、待ってて」
そう言うと、俺はカレンをベンチに座らせ、出店へ向かった。
数分後、若干オシャレな小袋を抱え、カレンの元へ戻る。
「はい、プレゼント」
カレンは不思議そうに袋の中身を取り出すと、首を傾げた。
「これは何?」
「ライラックの香水。お母さんとの数少ない思い出なんでしょ?」
カレンは驚いた表情で俺を見る。
「ご両親が亡くなった話は爺さんに聞いたよ。辛かっただろうし、その辛さは忘れちゃいけない。カレンがいつも強がってるのは、俺も感じてたよ」
言いながら、俺はカレンの横に腰掛ける。
「でも俺は、その辛さも補い合えるのがギルドの仲間なんだって信じてる。辛かったら頼っていいんだよ」
完全にブーメランだけどね、と俺は付け加える。
柄にもないことを言ってしまっただろうか。
カレンは無言で頷くと、両目から涙を流した。
「あ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃった?」
俺はさっきまでの若干格好良い雰囲気を台無しにするかのごとく、わたわたしてしまった。
カレンはゆっくりと首を横に振ると、綺麗な笑顔をこちらに向けた。
「いいえ、今日は最高の誕生日だなって思っただけよ」
そっか、そりゃ良か……え?
懐中時計には、5月9日と表示してある。
「た、誕生日?初耳なんですけど」
「あら言ってなかった?今日までにギルドに帰って、カミルとどこかに出かけたいなあって思ってたのよ」
ああ、だから遠回りのルートを選んだ時にゴネていたのか。
いや聞いてないから!知らなかったから!
「でも良かった。こんな綺麗な花畑に来れて、プレゼントも貰って」
あの香水はそこそこ高価なもので、若干懐が寂しくなってしまったのだが、誕生日プレゼントと考えるなら妥当だ。
いや、この笑顔を見れただけでも十分すぎる。
普段はツンツンしているが、時々見せるカレンの笑顔は本当に可愛い。
ほっこりした。
「喜んでもらえてよかったよ。じゃ、そろそろ宿に戻ろうか」
「うん!」
カレンは香水の入った袋を大事そうに抱えながら、スキップで宿へ向かって行った。
俺も慌て手馬車から荷物を降ろし、宿へ向かう。
……馬を石柱に繋いだまま。
ほんとごめん。
懐中時計に表示してあるのは、正確には「May Nine」です。
日本語の文字なんて無い世界ですからね(英語ならいいのかよ)。