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プロローグ

12/11改稿

 ストーリー展開の都合上、冒頭に新たな描写を加えました。

 少しだけ怖いかもですけど、全体的に明るい話にしていくつもりなので、よろしくお願いします

 カシャン、カシャンと金属音が響く。


 何度も、

 何度も何度も何度も聞いた音だ。

 

 嫌だ。

 怖い。

 辛い。


 囚われて2年、友人を何人手にかけたか、もう覚えていない。


 少年の目に、希望の二文字はない。


 もう何も聞きたくない。

 見たくない。

 感じたくない。


 今日もまた、人体実験が始まる…


 

ーーーーーーーーーーーーーーー



 イディル村。

 スクルディア王国の西側に位置する、とても小規模な村である。


 村の大部分はのどかな田園風景が広がっており、王国で消費する米の半分以上がここで栽培されている。

 秋になると稲穂が黄金色にその穂首を垂らし、村の辺境にある丘から眺めるそれは絶景そのものだ。


 勿論、牛や豚、馬等の畜産も盛んである。

 人口は少ないが土地はかなり大きいため、畑を数カ所所有するなんてこともざらである。


 そんなイディル村のある夫婦は珍しく農業に携わっておらず、夫は王国の兵士、妻は村唯一の医者として働いている。


 そんな特殊な家に、今まさに新たな命が生まれようとしていた。


「だ、大丈夫なのか!?何か出来ることはないか!?」


 苦しむ妻の手を握り、わたわたして騒いでいるこの男。

  名をクラウス=フォスキーアという。

これでも王国の兵士である。


「旦那様、煩いです。あと邪魔です。部屋の外にいて下さい」


「えっ…」


「あなた、大丈夫よ。だから外に出ていてちょうだい?煩いし」


「おいお前もか…分かったよ、外で待ってるな」


 妻と医者に邪魔者扱いされたクラウスは、苦笑いを浮かべながら、しかし内心ではほっとしつつ部屋から出る。

 妻、リリカが思ったより平気そうだったからだ。


 どうやら、出産時は男より女の方が頼れるというのは正しいらしい。

 自分はただ慌てていただけだ。


 暫くすると、リリカの呻き声が更に大きくなった。

 我慢だ、我慢。今俺が入ってもただ邪魔になるだけだ。

 クラウスは自分に言い聞かせる。


「奥様。あと二回ほどイキんでみましょうか」


「ふっ………んんんんんーーーー!!」


「いいですよー奥様、もうすぐです!」


 部屋の中から、医師の声が聞こえた。


 「リリカ!?」


 クラウスはいても立ってもいられず、勢い良く部屋に入った。


「もうすぐですか?」


「旦那様、邪魔だと申し上げたのに…はい、もうすぐです」


 胡散臭そうな顔をしながら、それでも医師は答えた。

 一方リリカは激痛に顔をしかめ、「痛い、痛い」と呟いていた。

 

「はい奥様、深く息を吸って…はい、もう一度イキんで!」


「すうぅぅー、んんんんん!!」


 リリカがイキんだその時、ついに赤ん坊の頭が見えた。


「痛い痛い痛い痛い!」


「もう少しですよ奥様!もう一回いけますか?」


「はい…んんんんんんん!!」


 その後、数回イキんでもまだ体が出てこない。

 リリカの体力も限界に近づいていた。


「リリカ…」


 クラウスは愛する妻の手を握ることしかできなかった。

 

「奥様、もう一度!次で出ますよ!」


「んんんんんんんーーーー!!」


 その時、赤ん坊の全身が母体からドロロロロッと出てきた。

 部屋中に産声が響き渡る。


「産まれました!産まれましたよ奥様!元気な男の子です!」


「はあ、はあ…」


 医師は素早くへその緒を切り、タオルに包んでリリカの側に近づけた。


「産まれた…良かった」


 リリカは両目から涙を流しながら、泣いている赤ん坊に額を寄せた。

 辛かった。

 痛かった。

 でも産むことができたのだ。


「旦那様、赤ちゃんを産湯で洗ってあげて下さい」


「は、はい」


 クラウスは医師から赤ん坊を受け取ると、たどたどしい手つきで洗い始めた。


「耳を塞いでくださいね、お湯が入ってしまうので。それと頭は高く上げてください」


 医師に言われるままにガーゼを動かす。

 いつの間にか赤ん坊は泣き止んでおり、心なしか、気持ち良さそうに表情が緩んだ気がした。

 

 ちゃぷ、ちゃぷとお湯の音だけが部屋を満たす。


「えっと、こんなもんで大丈夫ですかね?」


「大丈夫ですよ、お疲れ様でした」


 医師は赤ん坊を受け取り、リリカが寝ているベッドの隣のベビーベッドに寝かせた。


「いえいえ、そちらこそ本当にお疲れ様でした」


 クラウスは深々と頭を下げた。

 そしてリリカの手を握り、話しかけた。

 

「リリカ、お疲れ様。…リリカ?」


「眠っているだけですよ」


「良かった…」


 気づけば、クラウスの目からは大粒の涙が溢れていた。

 初めての子である。

 リリカが産んでくれたのだ。

 想像を絶する痛みに耐えながら、それでも産んでくれたのだ。



 泣きつかれたのか、産湯が気持ちよかったのか、赤ん坊はすやすやと眠っていた。


 特別な力なんていらない。

 弱くてもいい。

 ただ元気に、そして優しい子に育って欲しいと、クラウスは心から願った。


 子はカミルと名付けられた。


 これがカミル=フォスキーアの人生の始まりだった。

 この幸せが溢れる家庭で、カミルは育っていくのである。

 



  そして、7年の月日が流れた―



ーーーーーーーーーーーーーーー



 少年が目を覚ますと、そこはギルド「エッジオブイーリス」の医務室だった。

 二年間まともな暮らしをしてこなかった少年にとって、ベッドに寝るというのは大きな安らぎであった。


 残虐非道な行為に耐えてきた体も、親しい友を手にかけた罪悪感や悲しみを限界まで味わった心も、既にボロボロだった。

 何より目が死んでいた。

 希望も夢もなく、自分の運命を呪った目だ。


 少年は再び眠ろうと、目を閉じた。


「マスター、どうしましょうか?」


「記憶を消すしかないかのう…身も心も衰弱しきっておる。この状態で生きていくのは辛かろう」


 医務室の戸が開き、老人と若い女性が入ってきた。

 記憶を消すという話が出ているが、少年にとってそんなことはどうでも良かった。


 ただ眠っていたかった。

 何も考えたくなかった。


「でもいずれ思い出すことになります。その時またこのような状態になっては…」


「ギルドに入れよう。その時が来ても、耐えうる心を養えれば…」


「でも、こんな幼い子供の記憶を消すだなんて!それも本人の承諾無しでやろうというのですか!」


「儂だって好きでやるんじゃない!このままだとこの子は死んでしまう!それとも見殺しにしろと言うのか!」


 それっきり会話は途絶えた。

 ようやく静かになったので、少年はゆっくりと眠りに落ちていった。


 老人―ギルドマスター、ジル=ギルフォードは、多大なストレスで脱色してしまった少年の髪を撫でた。

 白髪の中に少しだけ明るい茶色が混じっている。

 一部分だけ短くなっているのは、きっと掴んで振り回された時に抜けてしまったからだろう。


 ジルは少年の右腕に魔法陣を発現させ、ギルドの紋章を刻んだ。

 刻んだと言っても、焼いた刺青をした訳ではない。

 消えないスタンプのようなものである。


「マスター…?」


「レイラ、儂だって辛い。記憶を消したことを悔やむ日が来るかもしれん」


 ジルは少年の手を握りしめながら、ぽつりと言った。


「でも」


 若い女性―レイラ=セルクスの方を振り返り、諭すように語る。


「例えリスクを伴おうと、ギルドメンバーの、いや、家族の命は守る。それがマスターの役目ってもんだろう?」


 レイラは何も言えなかった。

 黙って俯くことしかできなかった。


「自分が何者かさえ分からなくなる。こんな幼い子がそのような状態で耐えられるのか不安なのも充分分かっている」


 ジルは続ける。


「他にいい方法があるのかもしれん。でも時間がない。こうするしかないんじゃ、分かってくれ、レイラ」


 言い終わると、再び少年の方へ振り返る。


「マスターの思いは理解しました。納得もしています。でも…でも私は反対です」


 先程ジルの怒声を浴びたせいか、若干震えながらレイラは呟いた。

 記憶を消すなと言ってはいるが、その代わりの治療なんて分からない。


 でも。


「あと一日…あと一日だけ時間を下さい、別の方法を考えます!」


 感情だけで動いているのは自覚していた。

 それでも止めずにはいられない。



 記憶がないという恐怖は、レイラが一番分かっているから。



「それはできん」


「っ…!」


「いくら時間があっても、この子が自分で苦しみを乗り越えない限り救いはない。それを今にするか、数年後にするかの問題なんじゃ」


 レイラはそれっきり黙ってしまった。


「爺さん、魔法陣が完成したぜ!」


 ギルドメンバー、オーファス=レスタが勢い良く扉を開けて入ってきた。

 ジルは、魔法陣のスペシャリストである彼に記憶消去用の魔法陣を作らせていたのだった。

 いくら魔法陣のスペシャリストといえど、この魔法陣の作成には丸1日かかる。


「ご苦労、オーファス。だがもう少し静かにしてくれんか?この子が寝ておる」


「悪い悪い」


 オーファスはバツが悪そうに、自分のだらしなく伸びた茶髪をワシャワシャとかいた。

 魔法陣のスペシャリストと言っても、見た目はだらしないただのおっさんである。


「なんだ、やっぱ揉めてんのか」


 辛そうな顔のジルと、両目に少量の涙を浮かべたレイラを交互に見て、おっさん―もといオーファスはやれやれと首を横に振った。


「せめて説得してから頼んでくれよ、一応徹夜して作ったんだぜ?」


「すまんの。お主ならもっと簡単に作れると思っておったのでな」


「人間の脳に作用する魔法陣なんか作ったことねえよ…試行錯誤してやっと出来たんだぜ?ほら」


 オーファスは小さな四つ折りの紙切れを広げて見せた。

 手のひら程の大きさの円の中に、2つのさらに小さな円が描かれている。

 そして円と円の隙間には、砂粒のような大きさの字がびっしりと並んでいた。


「で、本当にいいのかい?記憶を選んで消去ってのはできないから、消すとしたらぜーんぶ消すことになるんだぞ?」 


 魔法陣を描いた紙をピラピラとなびかせながら、オーファスは尋ねる。


「言語能力にも身体能力にも使える魔法にも支障はないんじゃろう?充分じゃ」


 ジルは少年の頭を撫で続ける。

 少年の無垢な寝顔が、心にチクリと刺さる。


「儂が全責任を負う。始めてくれ」


「おう。じゃ、二人とも坊主から離れてくれや」


 オーファスはジルとレイラを少年から遠ざけると、ベッドの側に寄り、魔法陣を描いた紙と共に少年の額に手を当てた。

 暖かな温もりに、オーファスは何故か懐かしさを感じた。


「悪いな坊主。その代わり俺と爺さんで面倒見てやる。辛かったら頼れ。苦しかったら泣きついてこい。」


 オーファスには息子がいる。

 否、息子が「いた」という方が正しいか。

 数年前にクエストで命を落としたのだった。


「俺は息子に何にもしてやれなかったからな。せめてお前だけでも守ってやりたい」


 柄にもなく、そんなことを言ってしまった。


「記憶消去魔法陣、起動!」


 恥ずかしさを紛らわすように、オーファスは叫んだ。

 少年の額に赤い小さな魔法陣が転写され、外側へ向かって線が伸びていき、少年の頭部を覆うほどの魔法陣が描かれた。


「記憶消去、開始!!」


 少年の額に手を置いたままオーファスが再び叫ぶと、魔法陣が光を放った。

 そして次の瞬間、


 『キィィィィィィィィィン』


 といった超高周波の音が鳴り響いた。


 ジルもレイラも思わず耳を塞ぐ。


「オーファスさん!何ですかこの音!」


「少し黙ってろ!集中してんだ!」


 レイラもオーファスも、互いの声が聞こえるよう大声で会話する。


「10%……20%……」


 オーファスは目を閉じ呟く。

 この精密作業では、視覚など邪魔でしかない。


「30%……40%……50%……60%……」


 その時、少年が呻きだした。

 記憶消去という異常事態に、少年の防衛本能が働いているのだ。


「っ…!70%……80%……90%……」


 いきなりの事態に驚くも、オーファスは冷静に記憶を消していく。

 少年はうめき続け、遂には暴れだした。


「爺さん、坊主を押さえろ!」


「任せろ!神縛・ゴッドバインド!」


 オーファスは吠えるようにジルに命じた。

 支持を受けたジルはすぐさま少年に拘束魔法をかける。

 少年の動きは止まったが、依然として呻き続けていた。


「95%…99%…100%!」


 そう叫んだ瞬間、オーファスはその場に倒れ込んだ。

 少年も大人しくなり、ジルはバインドを解いた。

 

 「オーファス!」


 「オーファスさん!」


 二人が駆け寄り、腕をそれぞれの首背中にかけて抱き起こす。


「悪い悪い、予想以上に魔力も集中力も使ったもんでな」


 肩で息をしながら、オーファスは強がりの笑顔を浮かべる。


 「何にせよ、これでこいつの記憶は空っぽだ。暫くは不安定になるだろうな。俺の魔力も暫く戻らねえ、後は頼むぜ」


 そう言うと、極度の疲労に晒されたオーファスはそのまま気絶した。


「よくやってくれた、オーファス。ゆっくり休むんじゃ」


 ジルはそう答えると、ベッドに横たわる少年を一目見てから、レイラとともに別室へ運んだ。

 

 少年の7年間の記憶は、消えた。

カタカナを覚えるのが苦手な人も多いと思うので(自分もです)、新キャラの外見イメージを毎回後書きに書いていきます。


キャラクターの外見イメージ


・クラウス=フォスキーア:茶髪、空の○跡のカ○ウス的な感じ。


・リリカ=フォスキーア:金髪ロング。美人。


・ジル=ギルフォード:いかにも偉大そうなジジイ。


・レイラ=セルクス:フェアリー○イルの○ラジェーン。


・オーファス=レスタ:赤茶色のボサボサ髪のおっさん。

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