表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャドウ・スピーカー  作者: ナレソメ
7/25

七話〜覚醒〜


*1*


ご主人の白いスポーツセダンは、生気を取り戻したかの様にエンジン音を響かせる。


「奥さん、ご主人が亡くなる前にどこか行くとか、何か特別な場所について話をしてしましたか?」


俺は窓の外にいる奥さんに問いかけた。


「いえ、特にどこに行くとも言っておりませんでした。それが主人となにか関係があるので?」


「そうですか…。いや、ちょっとこれを見てくれますか?」


奥さんは助手席に乗り込み、俺はカーナビのルート案内を見せた。


「ほら、これです。ご主人が亡くなる前に行き先を設定しているのですよ。普通、自殺を考えてる人がカーナビで行き先を設定する事って、ちょっとおかしいと思いませんか?」


奥さんは不思議そうにカーナビを覗き込み、思い当たる節を考えているようだ。


「そうねぇ、確かに変ね。でもあの日、主人は出掛けてくると言っていたわ。もともとあの日に、何処かに出掛ける用事があったのかしら…。」


奥さんは少し俯いたまま、悲しげな表情をしている。また、あの日の事を思い出してしまったようだ。ましてや、ご主人が亡くなられたこの車のこの車内にいるのだから、尚更辛いであろう。


俺はそんな奥さんを見て、話を切り出した。


「すみません、奥さん。また辛い思いをさせてしまって。あの、今日はこれくらいにしておきましょう。」


奥さんの顔が上がり、俺を見て笑みを浮かべてくれる。


「えぇ、そうですね。そうしましょう。佐藤さん、わざわざ気を使ってくれてありがとうございます。もう主人はいません。だから、これからは少しずつ前を向いて主人の分までちゃんと生きなきゃね。」


その奥さんの言葉から、ご主人が遺して行った物の大きさを感じた。


最愛の人の死。そして残された人は死を受け入れ、その人の分まで生きなければならない。奥さんは受け入れる事で強くなっていく。そして俺は、忘れようとする事で逃げ回っていただけだった。


「はい、そうですね…。ご主人の分まで、しっかりと生きましょう。逃げてばかりでは、いけませんしね。」


俺と奥さんは、また少し強くなれた気がした。最後にご主人と会った朝、ご主人は笑っていた。だから俺も、もっと強くなってご主人の様に、奥さんの様に、そして土岐田の様に辛い事に正面から向き合える人間になろうと思った。


「俺、このカーナビの行き先を調べてみます。何か手掛かりがあるかも知れませんので。」


俺はカーナビの目的地の住所をメモした。


「東京都、千代田区…ここって…。」


俺は意外な目的地に驚いたが、思いの外近場だった事に疑問を感じた。


何故なら、このご主人のお店からは車はともかく、自転車でも5分程度で行ける距離だったからだ。


俺は思った。これは、この車で向かう為に目的地を設定したのではないのだと…。



*2*



俺はご主人の車のエンジンを切り、奥さんとこの車を後にした。まだほのかに温かいボンネットを、軽く触れて俺はご主人と奥さんにその日の別れを告げた。


翌日、俺はカーナビの目的地である場所に行ってみる事にした。


電車を乗り換え、JRの改札を出る。


「何か、久しぶりに来た感じだな。」


そう、ご主人の残したその目的地は秋葉原だった。


奥さんの話では、ご主人は普段から秋葉原などに出掛ける事はなく、むしろ一人で出掛ける時は大体が、近所のスーパーやコンビニエンスストア程度の所だったと言う。


そのご主人が、何故秋葉原に用事があったのか。しかも、何故カーナビで目的地を設定し、その後自殺したのか。


その答えが、ここ秋葉原にあると思えて仕方ない。俺は目的地の住所が書かれたメモを握りしめ、その場所へ足早に歩いて行った。


「ここか…。」


それは様々な人で賑わっている通りを抜け、少し日の当たりにくい路地の雑居ビルであった。


その雑居ビルには、どうにも俺には受け入れ難い配色の看板があった。その看板は雑居ビルの2Fにあり、見る限り営業はしているようだった。


他の階はテナント募集の看板が貼ってあるだけで、外からでも人気が無いことが分かる。


そして俺は、意を決して雑居ビルの階段をのぼり、2Fの店へと足を踏み入れた。


「おかえりなさいませっ、ご主人さまっ。」


生まれて初めての経験だった。フリフリのメイド服を着た、まだ10〜20代くらいの女性達に声を掛けられ、俺は表情が固まり額と背中…いや、全身から汗が吹き出るような感覚だった。


メイド喫茶とは、また未知なる世界だったのだ。


俺は言われるがままに、席に着く。そしてやたらと高いオムライスとコーヒーを注文した。


「何でご主人がこの場所を…。」


俺は一瞬自身が無くなった。


ーーあのご主人がまさかこんな所に行く用事があったとは到底思えないし、しかも自殺する直前にだ。


ーーちょっと待てよ、本当にこの住所で合ってるか?もしかしたら、あのテナント募集の空室の方だったか?


俺はとりあえず人のいる方の階を勝手に選んだが、それが正しいとは言えない。しかもそれがメイド喫茶たる店だったので、尚更間違えて入ってしまったと後悔し始めた。


俺はとりあえず、注文した高いオムライスを食べた。


味は、そこそこ美味しかった。



*3*


俺はオムライスを食べ終わり、コーヒーを飲んでいる。が、非常に目のやり場が困る。しかし嫌な気分では無い。


俺はコーヒーで心を落ち着かせ、ダメ元でメイドさんに話をしてみる。


「あ、あの!す…すみません。す、す、少し伺いたい事がありまして!」


メイドさんはニッコリとした笑顔をし、チョコチョコっとした足取りで近づいて来てくれた。


「はい!ご主人さまっ。何か御座いましたでしょうか?」


顔から火が出そうになった。思わず目を逸らしてしまう。


「あの、その、何だっけ。あ、そうだ。実は…人を探していて、ここに50代後半から60代前半くらいの、白髪混じりで短髪の男性って最近来られましたか?」


俺がそう話した時、メイドさんの表情が一瞬変わった様な気がした。


「少々、お待ちください。店長に伺ってみますので…。」


俺は確かに感じた。それまでは常にニッコリとしていたあのメイドさんが、俺の話を聞いた瞬間、何かを悟る様な表情を見せたのを。


しばらくすると、奥から店長らしき男性がゆっくりと俺をめがけ歩いてくる。おそらく40代くらいだろうか。身長は180㎝程で痩せ型だが、一般的にはいい男と思える。


「お客様、ウチのメイドさんに手出さないでもらえます?」


「えっ??」


俺はガタっとコーヒーカップを置いた。


「い、いえ!なにもしてませんよ!た、ただ人探しをしていて話をしただけです!本当です!」


周りの視線が痛い。他のメイドさんや客も、ルールを破ったとされている俺を睨んでいる。


「言い訳はいいから、ちょっとこっち来てもらえるかな?なんなら警察呼んでも良いんだけど?彼女、奥で泣いてるし。」


俺はパニックだった。やっても無い事をやったと言われ、そして”警察”と言う言葉を聞いた俺は、素直に店長の言う事を聞くしかなかった。



*4*



俺は店長の後につき、店の奥へと連れられる。一枚ドアを開き、その奥にさらに大きく頑丈な扉があった。


何やら物々しい雰囲気の扉を、店長は力を入れゆっくり開けた。俺はそこへ招き入れられる。


俺は今にも泣き出しそうだった。


薄暗い部屋に案内され、俺は簡素な椅子に座らされる。


俺は俯いたまま椅子に座っていた。その時、急に部屋が明るくなった。


俺が顔を上げると、さっきとは全くの別人の様にニコニコしている店長の姿があった。


「いやぁ、すみませんでした!急にびっくりなされましたよね?」


俺はキョトンとした。多分、俺の影みたいにまん丸の目をしていただろう。


「え?えっ?何なんですか?」


「すみません、あんな芝居に付き合ってもらって。」


「し、芝居?一体何の事ですか?」


慌てる俺を無視するかの様に、店長は笑顔で話を続けた。


「実は、この世界には私たちの様な者を狙う連中がそこら中にいるのです。あなたは気づかなかったでしょうが、先ほどの店の客の中にもいます。ですから、普段からなるべく私たちは能力を隠し、奴らに悟られない様にしなければならないのですよ。ですので、あの様な芝居を。」


「単刀直入に聞きます。あなた、影と話が出来ますよね?」


俺は言葉を詰まらせた。いきなり核心を突かれたもので、素直に返事が出なかった。


「大丈夫、安心してください。私も、影と話が出来るシャドウ・スピーカーです。」


俺は分からなかった。何故、俺がシャドウ・スピーカーだと分かったのか。そして何故、ご主人の示した場所にシャドウ・スピーカーが居るのか。


「あ、あの。何故僕の事を?ここは一体、何なんですか?」


店長はゆっくり椅子に腰をおろす。


「あなたは気づいていましたね?ではあなたは何故、ここへいらしたのですか?」


「それは、僕の知り合いが亡くなり…」


俺が言いかけた瞬間、店長は俺の話を制止するかの様に掌を俺に向けた。


「本村さん、亡くなられたのですね。おそらく、自殺でしょう。」


「本村さんって、ご主人とお知り合いだったのですか?」


俺は驚いた。亡くなったご主人、つまり本村重之さんの事を知っているからだ。


「いえ、直接会った事は御座いません。ですが、私は影に影響されている人間を感じ取り、少しだけその人間の影にアクセス出来る力を持っているのです。」


ーーなんという事だ。普通の人間でも、そんな力を持っているだなんて。信じられ……いや、もう何が起きても信じられる。そう、俺だって影と話が出来るのだから。


「あ、もう二つの世界の事は彼女から聞いていますよね?」


「彼女って、サエの事ですか?」


「えぇ、あの子ちょっと騒がしかったでしょう。」


店長がそう言った瞬間、店長の影がむくむくと起き上がり、それに合わせ店長の力が抜けていく様に椅子にもたれかかっていった。


さすがに俺は驚いた。とうとう影が立体になって動いているのだから。


「初めまして、佐藤賢治さん。私はシンと申します。もちろん、普通の人間ですよ。」


俺は驚きながらも、挨拶を交わした。


「は、初めまして。佐藤です。あの、店長はどうしたんですか?」


「店長は、”私その物”です。まぁ、これについてはまた後ほど説明しましょう。」


俺は今にも聞きたい気分だったが、とりあえずシンの言う事を聞いて黙って頷いた。


そしてシンはゆっくりと話し始めた。


「亡くなられたご主人、本村重之さんの事についてです。」


シンはゆっくりとした口調で話し始めた。


「まず、本村重之さんはシャドウ・スピーカーではありませんでした。ですが、一度心に傷を負った時、心の傷を私と同じ世界の者に読まれてしまったのです。」


「そして私は、その本村さんの影を感知し、出来るだけ早くここへ来るようにと、何度か交信してみました。シャドウ・スピーカーでない木村さんの場合、直接会話が出来ないので、夢の中や意識として彼の記憶に映像を投影する程度でしたが…。」


「でもこうして、あなたがここに辿り着いた。本村さんの最後のメッセージを受け取ったのですね。」


シンはゆらゆらと動きながら、話しを続ける。


「ですが、遅かったようです。本村さんは奴らに殺されてしまいました。」


俺は驚いた。ご主人が”殺された”と言う事に。


「こ、殺された?って、ご主人は自殺だったんですよ?一体、どう言う事ですか?」


するとシンは、ゆっくりと影で出来た椅子の様な物に腰を下ろした。


「それでは、順を追って私たちの世界の事、そして今起きている事の説明をしましょう。」


シンはそう言うと、ゆっくりと話し始めたのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ