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シャドウ・スピーカー  作者: ナレソメ
6/25

六話〜メッセージ〜


*1*


俺はまたいつもの様に仕事をしている。だが、仕事中も色々と考える事ばかりだ。


「お前どうした?最近ちょっと元気ねーじゃん?」


相変わらず土岐田は他人の些細な変化に良く気付く。


こう言う性格なのだろうか。それとも土岐田にしかない”能力”なのだろうか。


ーー能力と言えば、俺にもある。だが、土岐田ほど人の役に立つ能力ではないかも知れない。


「そうか?まぁ、色々あったからちょっと疲れてるだけだよ。」


と、いつもの土岐田ならここで納得した様な”振り”をしてくれるが、今日は違った。


「うーん、そうだな。お前週末空いてる?久しぶりに出掛けようぜ。お前、マジメ過ぎるからちょっと変な世界連れてってやるよ(笑)」



ーーっえ⁉︎


俺は一瞬驚いた。まさか向こうの世界の事を知っているのかと。だが、そんな訳ない。サエは土岐田の事を何も言ってなかったし…。


と、また色々と詮索してしまっている俺の表情を見て土岐田は表情を変えた。


「ほらな、どうした?一体何があったんだよ。ご主人のお通夜の日からな何か変だぞお前?」


俺は奥さんの話や影との出来事を話して良いのか迷った。信じて貰えるかも分からない。ましてやあんな迷信の様な話をして、頭がおかしくなったと思われてしまうかもしれない。


「いやほんと、何も無いんだよ。わざわざ心配してくれてありがとな。」


ーー俺はこう言う奴だ。


「…そうは思えないけどな。言いたく無い事もあるとは思うけど、お前一人で抱え込んでもどうにもならない事もあるんだぞ?」


土岐田は溜め息をつき、表情が少し柔らかくなる。


「まぁ、自分で言っておいて何だが、言いたく無い事なら仕方ないけどな。無理には聞かねーよ。ただな、俺が言いたいのは、お前もご主人と同じようになっちまうんじゃないか…って心配な訳だ。今までいつも通り元気だったのに、突然…な。お前、大丈夫だよな?」


俺は胸が苦しくなった。こんなにも俺の事を心配してくれて、いつも俺の前で明るく振舞ってくれる。


土岐田はきっと前からそうだった。俺は何となく楽しい奴で一緒にいると心地よいと感じるだけだった。それは他でもなく、”土岐田遼”と言う男が常に他人の立場になって、人の想いを汲み取りその人の為に本気で向き合える事が出来る、素晴らしい思いやりの持てる男だったと言うこと。



「土岐田…悪かった。確かに最近は色々と考える事が多くなっていて、他のことが手につかない時がある。でもごめん。今はまだ言え無いんだ。ごめん…。」


「そっか…。それなら俺もあまり聞きすぎない様にするよ。まぁ俺にもお前には言えないビッグな秘密もあるしな(笑)」


土岐田はまたいつもの様に笑いながら話す。


「なんだよそれ、ビッグな秘密ってのは?」


「ばーか。言わねーよ(笑)」



*2*



週末、俺は亡くなったご主人の奥さんに会いに行った。


実はご主人の事でまだ聞いてない事があったからだ。


ご主人の家は、自身の玩具屋の二階にあり、自宅兼店舗として経営していた。


だが今は店のシャッターは閉まっていて、営業はしていない様だ。


俺は店の横にあるドアのインターホンを押した。


「はい?」


奥さんの声だ。


「あ、急にすみません。佐藤です。」


「あ、佐藤さん?今そちらに向かいます!」



奥さんの元気そうな声が聞けて、少し安心した。


インターホンが切れた後、階段を降りる小気味良い音が外からでも聞こえる。


ドアが開き、奥さんが笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい、佐藤さん。お待ちしておりました。」


「あ、すみません。急に来てしまって。あの、これ召し上がってください。」


俺は不慣れな仕草で先ほど浅草で買ってきたお茶菓子を渡した。


「まぁまぁ、すみません。お気を遣わせてしまって。ささっ、どうぞ中へお入り下さい。」


俺はご主人のお店の中しか入った事が無かったので、少し緊張した。


シャッターの横にあるドアを入ると、すぐに下駄箱があり、そのまま二階に上がる階段があるだけだった。


二階に上がると六畳ほどの和室があり、そこへ入った。


奥さんが座布団を用意してくれて、俺はそこに座る。


「今お茶を入れますので、少しお待ち下さい。」


奥さんは奥へと行った。


俺は失礼ながらも、部屋を見渡した。そこには亡くなったご主人の遺影と後祭壇、そして奥さんとの二人の写真が幾つかあった。


よく見ると今よりもずっと若い頃の写真もあれば、結婚式の写真やお店を始めた時の記念写真のような物もある。


「お恥ずかしい写真ばかりですみません。」


奥さんがお盆に乗せたお茶を持って戻って来た。


「あ、すみません。勝手に見てしまって。」


俺は申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえいえ、いいんですよ。主人の元気な姿はもう写真でしか見れませんしね。」


奥さんは笑顔でそう言ったが、寂しさが伝わってきた一言だった。


「すみません、御線香あげさせてもらって宜しいでしょうか。」


「あ、そうですね!ありがとうございます。どうぞあげてやってください。主人も喜びますので。」


俺は線香に火をつける。


お通夜の時とは違い、部屋での線香の匂いはどうも懐かしい思いだった。


小さい頃に住んでいた祖父母の家は、毎日の様に線香の匂いがしたからだ。


ご主人の遺影は、いつものような優しい笑顔だった。




*3*


俺はしばらく奥さんと話をした。俺の小さい頃の話や祖父母の事。今の仕事の具合や土岐田の事など。


奥さんは自分の息子の話を聞いているように、ずっと笑顔で俺の話を聞いてくれた。


俺もまた、自分の母親と話すように笑顔で話していた。


そして俺は、気になっていた事を聞くために一度呼吸を整える。


「奥さん、辛いかも知れませんが少し聞きたい事があります。」


奥さんは笑顔のまま頷いた。


「あの、ご主人はその、どんな形で亡くなられたのでしょうか。あまりにも急な事だったので、未だに聞けずにいました。」


奥さんは落ち着いた様子だった。


「主人はその日、出掛けてくると言い店の裏の駐車場へと向かいました。私は主人があんな時間に出掛けるだなんて滅多に無いので少しおかしいと思いましたが、特に気にする事もしませんでした。」


奥さんの目にはうっすらと涙が滲んでいた。


「私は主人がいない時はお店の番をしており、そのままお店の中に居ました。ですが、その時ふと気付いたのです。出掛けてくると言った主人の車が、ずっとエンジンのかかったまま動いていなかったのを。」


奥さんの声が少し震え、詰まり気味で話を続けていた。


「私は店を出て、裏の駐車場へと様子を見に行きました。そこには主人の車がありましたが、様子がおかしかったのです。車の窓やドアの隙間にはガムテープが貼られており、後ろの排気ガスが出て来るところからは太いホースが伸びていて、そのホースが車内に向かってガムテープで貼り付けてありました…。」


俺は聞いた事があった。車の窓やドア、トランクやエアコンの吹き出し口などをテープで塞ぎ、マフラーからホースを伸ばして車内に排気ガスを溜めて自殺する方法を。つまり一酸化炭素中毒による自殺だった。


「私は…私は…。」


奥さんはあの悲劇を思い出し、そして早く異変に気付く事ができればあんな事にはならなかったと、また涙を流していた。


「すみません、奥さん。辛い思いをさせてしまって。あの、もう大丈夫です。お話をしてくれてありがとうございました。」


俺は深々とお辞儀をし、帰る用意をした。


「あの、佐藤さん。今日はうちでお夕飯でも食べていきませんか?もし用事がなければですが…。」


俺はありがたく夕飯をご馳走になる事にした。




*4*


久しぶりの誰かとの食事。ましてや外食などでは無く手作りの夕飯だ。


奥さんに食べられ無いものはないかと聞かれたので、俺は特にありませんと答えたが、本当は納豆が苦手だ。


奥さんの作ってくれた夕飯は、どこか懐かしくも新鮮で、非常に美味しかった。

食事をしている時、奥さんがご主人と出会った頃の話やお店を始めた話、大ゲンカして家を飛び出したと言う、今の奥さんからは想像もつかない話を聞かせてくれた。


俺は楽しかった。久しぶりの誰かとの食事の事もあったが、それだけでは無かった。俺は何故か、奥さんと俺の母親の姿を重ねて見ていた。


食事が終わり、俺は後片付けを手伝っていた。


「あら、男の人なのにずいぶんと手際が良いのね。」


奥さんは笑いながら俺に言った。


「まぁ、毎日やってますからね。掃除も洗濯も、もう手慣れたもんですよ。」


俺は少し自慢げに言ってみせた。


「あらまぁ、頼もしいこと。これなら佐藤さんの将来の奥様も顔が上がら無いわよ。」


「いやぁ、ダメですよ。だって俺には彼女もいませんし、結婚だなんてまるで夢の様な話です。」


「あらそう?佐藤さん真面目だし、すぐに彼女でも結婚相手でも見つかりそうだけど?」


ーー奥さんは何やら楽しそうだ。女性はこの手の話が好きなんだろうか?


こう言った事に鈍感な俺は、多分今後も彼女の一人も出来ない事だろう。


それに比べ、土岐田ならすぐにでも見つかりそうだな。


夕飯の片付けも終わり、奥さんと二人でお茶をすする。


時計の針は20時を回ったところ。


奥さんの淹れてくれた温かいお茶を飲み終え、俺はそろそろ帰る事にした。


「すみません奥さん。今日はそろそろ帰る事にします。美味しい夕飯、本当にありがとうございました。」


「いえいえ、とんでもない!こちらこそ無理に誘ってしまってごめんなさいね。私も主人も、本当に楽しかったわ。またいらして下さいね。」


俺は立ち上がり、帰る用意をしていたその時、ふと何かを感じた。


振り返りご主人の遺影と後祭壇を見ると、先ほどは気にしなかったがお供え物の果物やお酒の横に、車のキーがポツンと置いてあった。


俺は何かを感じた様に、その車のキーを手に取り奥さんに尋ねた。


「すみません奥さん、これはご主人の車のキーですか?」


「えぇ、そうですよ。よくあの車に乗ってドライブに連れて行って貰ってたので、思い出の品としてそこに置いておいたのです。それが、どうかなさいましたか?」


俺は鼻の奥がツンとするのを感じた。


ーー何か大事な事を見落としてる気がする。



「奥さん、すみません。最後にご主人の車を見せてもらっても宜しいでしょうか?」


奥さんはキョトンとしていたが、快く承諾してくれた。


俺は奥さんと店の裏の駐車場に行った。そこには白いスポーツセダンがひっそりと停まっていた。


すでにガムテープは剥がされ、とても綺麗に磨き上げられていた。


「これ、奥さんが?」


俺は奥さんに問いかけた。


「えぇ、まぁ。だってあのままじゃ見るのも辛いし…ほらね。汚い車じゃご近所さんも嫌がると思って。」


でも、本当はそうじゃない。きっと奥さんは、あんな悲劇のあったこの車をもう見たくなっかに違いない。


それでも、奥さんはご主人との思い出のこの車を手放す事が出来なかったんだ。だからきっと、毎日磨いているのだろう。


昨日の朝は雨だった。だがこの車にはその雨の跡や汚れがほとんど見当たらなく、きちんと磨き上げられていたからだ。


「奥さん、もしかしてこの車、毎日磨いてるんですか?」


「はい、毎日磨いていますよ。主人が大切にしていた車だったのでね…。」


奥さんはまた、寂しそうな表情をした。


「すみません、無理なお願いかも知れませんが…一度車内を見ても宜しいでしょうか?」


「えぇ、良いですよ。どうぞご覧になって下さい。」


俺は何故か、気になってしょうがなかった。


ーー何故、ご主人はこの車の中で自殺をしたのか。車が好きだったとは言え、奥さんとの思い出の車を自殺する場所に選ぶのかと。


俺は奥さんにキーを借りて、運転席へ乗り込む。


程よく硬いシートが背中と腰周りにフィットする。


本革で覆われたシフトノブとイタリア製のハンドルのさわり心地が、高級感を醸し出している。


俺は奥さんに了承を得て、車のエンジンを掛けさせてもらった。


「ブロン」と言う心地よいエンジン音が車内に響き渡り、上品なマフラーサウンドがそれと合わさり、車好きの人間なら今にも走り出したくなる事だろう。


ーー実際、俺も車が好きなので走り出したくなったが、あまりにも失礼なのでエンジンを掛けるだけにした。


「どうです?良い車でしょ?」


奥さんは運転席の窓から俺を覗き込んで言った。


「はい、とても素晴らしい車です。ご主人、本当に趣味が良いと思いますよ、ほんと。」


「ふふふ。だってあの人、お店の商品の車のプラモデルやラジコンを自分で買ってそれで良く遊んでたんですよ。」


ーーまるで子供の様なご主人だ。と、俺も奥さんもそんなご主人が大好きだった。


「すみません、ありがとうございました。」


俺はエンジンを切る為、キーに手を伸ばすその時だった。


ふと備え付けのカーナビを見ると、そこには目的地が設定されていて、ルート案内が開始されていた。


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