五話〜軸〜
*1*
夜はほとんど人通りのない路地の街灯の下、俺は奇妙な喋る影「サエ」の話を煙草を吸いながら黙って聞いていた。
サエの話は10分程度で終わった。
「で、何か質問は?」
「いや、大丈夫。」
まさに信じがたい話ではあったが、自分の影が喋る今、もはや信じる他ない状況である。
サエの話をまとめると、こう言う事だ。
俺の生きて過ごしている世界と、違う時間軸で廻っている世界、つまり”パラレルワールド”が存在している。
そして俺の生きる世界での”俺”と、別世界の俺は全く違う人物だと言う。
その別世界の”俺''に当たる人物がこのサエなのだと。
それぞれの世界の時間軸は違えども、常に全ての物がリンクしており、生存している生物の数や人口までも同数だと言う。
俺の世界で誰かが産まれれば別世界でも産まれ、誰か死ねば死ぬのである。
つまり、俺が死ねばサエも死ぬ。
そして俺の世界と別世界を繋ぐ物こそが”影”であるという事だ。
影は全てに存在してあり、人間や動植物に限らず建造物や自動車などの人工のもの、道端にある石ころや砂利の他、微生物に至るまで両世界と繋がっている。
しかし俺とサエの様に姿や形、性別や年齢は両世界でリンクしておらず、一個体数のみが両世界の同一性なのであると。
そして何故、影として俺の世界に別世界のサエが来れたのか。
ーーそれは長くなるのでまた今度にすると言われた。
*2*
俺は少し疲れていた。今日一日、斎場での奥さんとの話、そしてサエのとんでもない話を一気に聞き入れたので頭がボーっとして来た。
サエはまた話をし始める。
「あ、そうだ。あのね、この世界の誰もがアタシ達みたいに影を通して話ができる訳じゃないのよ。」
確かに気になっていたところだ。
他の人も影と話をしているのかと。ましてや別世界の方の影になって、向こうで話をしているのかと。
「じゃあ、俺もそっちに行けるのかな?」
「うーん、それはまだちょっと難しいかも。とりあえず、アンタには影と話す能力があって、アタシにはアンタの影になれる能力があるってこと。」
「あ、影になれるって言ってもアタシの意識だけをアンタの影にリンクする程度だけどね。」
ーーなるほど。と言いたい所だが少し引っかかる。
「ちょっと気になってたんだけど、俺が子供の頃から影になってたよね?どうして今まで話しをしてくれなかったんだい?」
影の姿をしたサエのまん丸の目が少し細くなる。
「アンタは分かんないだろうけど、こうして話しが出来るようになるまですっっごく大変だったんだからねっ!」
ーーそりゃ、分かるわけないさ。
「今みたいに話しをしてるだけでも、すごく体力使うのよ。意識を集中してなきゃすぐ影から追い出されちゃうからさ。昔はアタシの意識をアンタの影に移すことだけで精一杯だったの。」
「そっか。…何だか悪かったね。」
俺は怒られたような気がして、思わず謝ってしまった。
「まぁ、いきなりだから分からないことばっかだろうけど、とにかくこうして話せるようになる為に、血の滲むような努力をして来たって訳よ!」
ーー何だか、色々大変だったんだな。でもどうしてそんな大変な思いをしてまで俺の世界に来たんだ?
俺はサエに疑問を問いかけた。
「あ、あのさ。そんな血の滲むような努力をしてまでこの世界に来た理由って、一体何があったんだい?」
と、突然影のまん丸目玉がぼやけて行く。
「あー…ゴメン。そろそろ限界かも。アタシの体力じゃまだあまり長くリンクしてられないのよ。」
ーーなるほど、常に影になっていられる訳じゃないのか。
「そうなんだ、大丈夫かい?」
「あらま、気ぃ遣ってくれてありがと!あ、ちなみにアタシ達みたいな別世界の自分と影を通して話が出来る人の事を”シャドウ・スピーカー”って言うの。覚えておいてね!」
「シャドウ…スピーカー?」
ーーいかにもそのまんまのネーミングだが、何だか映画や漫画の中の人物になった様で少し恥ずかしい。
「それじゃ、そろそろ戻るね!あ、体力戻るまでちょっと時間かかるからしばらくはリンク出来ないかも。」
「そっか、大丈夫。話しが出来て良かったよ。ゆっくり休んで下さい。」
「うん!それじゃあねー……」
影のまん丸目玉がゆっくりと消えて行き、またいつもの俺の影になった。
俺はまたアパートへと歩き出した。
街灯に照らされた俺の影は、ゆらゆらと少し寂しい表情をしていた。