二十二話〜崩壊〜
*1*
賢治の父であるエイジは、自らの父とその部族を殺された恨みを果たすた為、残りの三部族の子孫である者の殺戮と、その三部族が築き上げたこの世界を全て破壊しようとしていた。
賢治は父にに問いかける。
「聞いてるか?」
ーーああ、何か用か?
「お前が復讐の為に世界の崩壊を狙う理由は知っている。でも、世界を崩壊させてお前はどうする?お前も一緒に死ぬっていうのか?」
賢治は疑問だった。例え復讐の為とはいえ、自分が死ぬ事に意味はあるのか。今何処かで生き残っている自分の部族をも殺す言うのか。
ーー俺が死ぬだと?笑わせるな。いいだろう。説明してやろう。
ーーまずは、世界が二つしかないと思っている事がそもそもの間違いだ。
俺たちはその言葉に耳を疑った。だが、その言葉で奴の目的も飲み込めたのであった。
ーーこの世界とお前たちの世界は、大樹の力によって”偶然”繋がっただけに過ぎない。つまり大樹とは、世界と世界を繋ぐ為のバイパスの様な物だ。
ーー俺は長い間、大樹のエネルギーに触れ、そして感じ、そのエネルギーの真相を知った。大樹エネルギーは全ての世界に繋がっていて、その各々の世界の様々な知識を有している。
ーーお前たちの世界の歴史や文明の発展は、こちらの世界の知識を基盤とした物になり、こちらの世界の歴史や文明は、また違う世界の知識によるものだ。
ーーすなわち、お前たちの文明より劣っている世界もあれば、この世界の文明を遥かに凌駕している世界もあるという事になる。そこに住まう者が人間だとは限らない、または生物の存在すら無い世界でもある。
ーーそう、俺たちの様な特殊な能力は、大樹エネルギーを通して、また別の世界から来た高度な知識だという訳だ。人間とは愚かな物で、発明や発想と言った物を、あたかも自らの功績だと言わんばかりに生きている。
ーー電気が生まれたのも、空を飛ぶ飛行機が生まれたのも、核爆弾や宇宙船が生まれたもの、全ては他の世界の知識によって生まれたものなのだよ。
ーーそして俺は、大樹エネルギーを利用し、また新しい世界を見つける事が出来た。もちろん、俺のこの力があればその別の世界にも行ける。つまり、この二つの世界が崩壊しようと、俺はまた違う世界で生きて行ける。
ーー長かった。実に長かった。この力を手に入れるのに、由里子達の”犠牲”無くしてはならなかったからな。俺はそいつらから、少しずつ力を奪って行き、そしてシンが作ったあの濃縮大樹エネルギーのお陰で完全体と成り得た。
賢治はエイジの言葉に反応し、怒りを覚えた。
「犠牲…だと?母さんも、ご主人やシン、そして社長まで…。お前の目的の為だけに殺したって言うのか?」
ーーそうだ。だからどうした?どうせこの世界は終わる。遅かれ早かれ、死ぬ運命だという事だ。そして俺たちの部族を壊滅に追いやった貴様らの作ったこの世界などに未練もない。
ーー俺は大樹に俺のエネルギーを逆流させる事によって、その大樹を破壊できる。試しに他の国の大樹を一本破壊してみたが、どうだ?その力を味わえただろう。
賢治達は、その強大な力になす術なく立ち尽くすだけであった。世界の崩壊を目前にし、自分たちの力の弱さを思い知らされたのだった。
ーーさて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ始めようか。
*2*
エイジは一人、大樹の元にいる。そして大樹の幹を触れた。その手に大樹のエネルギーを感じ、自分と同調させる。
大樹の鼓動に、自らの鼓動を合わせ、エイジは大樹にゆっくりとエネルギーを流し込んだ。
すると、大樹に触れているエイジの手が、幹と同化して来た。じわじわと木の皮が手の皮と融合して行き、既に苔の様な物まで芽生えて来た。
「流石にこれ程の力を使うと、俺の身体にも負担が掛るな…。」
そう言いつつも、エイジは更にエネルギーを大樹に流し続ける。
既にエイジの片腕は大樹から伸びる枝の様になっていた。だが、エイジはそれでも止めなかった。
「まだ足りないと言うのか。ならば仕方ない。もう少しエネルギーを頂きに行くとするか。」
そう言うとエイジは静かに目を瞑り、意識を集中し始めた。
ーー出来るだけ効率の良い奴にするか。
エイジは狙いを定めた。そしてエイジは影として賢治達のいる世界に舞い戻ってきた。
「なんだ…この感じ…。」
賢治はいち早く気配に気付いた。そして土岐田とエミにエイジが来る事を知らせた。が、時は既に遅かった。
土岐田はその場でピクリとも動かなくなり、遠くを見つめる様な表情をしていた。
「まさかお前…土岐田に何をするつもりだ…。」
ーー油断し過ぎたな、賢治。
エイジの言葉が賢治の意識に流れた時、賢治は後頭部に鈍い衝撃を受け、それと同時にガラスの割れる音が聞こえた。
賢治は不意の衝撃に対応できず、その場にもたれ込んだ。
「な、なんだ…くそっ…。」
咄嗟に後頭部を抑えた賢治の手は、生暖かく湿った物を感じ取った。
賢治の後頭部から流れ出る血。そして意識が朦朧として来た。痛みと痺れを我慢して、賢治は振り返った。
そこには、片手に割れたドリンクボトルを持ち、遠くを見つめているエミの姿があった。
「お前…エミさんまで…うっ。」
ーーお前はそこで大人しくしていろ。
土岐田とエミは、その場でガクリと膝を折り曲げ、身体から力が抜けた様な体勢になっていた。
「土岐田…エミさん…。」
賢治は徐々に意識が遠のいて行き、ぐったりとした土岐田とエミを見つめる事しか出来なかった。
すると、薄れ行く賢治の意識に力強い声が響き渡る。
「大丈夫、アタシに任せて。」
サエの声だった。賢治はサエに縋る思いだったが、相手が恐ろしく強大な力を持っている事を知って、サエの事を案じていた。
「サエ…無理するな…奴は危険すぎる。」
「アタシだって、みんなの事が心配なんだよ!みんなが命がけなんだもん!」
サエのその言葉に、賢治は薄れ行く意識を必死で取り戻そうとした。そして、賢治とサエはイメージを同調させる。
「サエ、ありがとう。行くぞ。」
「うん!行くよ!」
賢治は持てる力を限界まで引き上げた。そして、賢治とサエは”壁”のイメージを土岐田とエミに投影した。
「土岐田…エミさん。戻って来てくれ!」
すると、土岐田とエミは僅かだが体の自由を取り戻した。
ーーなかなか良い力を持っているじゃないか。だが、あと一歩遅かったな。
すると、土岐田とエミは何かに解放された様にその場に倒れた。
「土岐田!エミさん!」
賢治はヨロヨロと二人の元へ歩み寄った。
「…賢治…悪い、油断しちまった。」
「ご、ごめんなさい…私まで…。」
二人の体力はもう既に限界そうだったが、何とか命の危険はなさそうだ。
「二人とも…良かった…。」
賢治は安堵の声を漏らす。だが、更なる危険を知らせるかの様なサエの声が賢治の脳裏に囁きかけた。
「全然良くないよ…アイツ、二人の力を奪って行っちゃった…。全部持って行かれる前に止められたけど、きっと充分過ぎる程取られちゃったかも知れない。」
サエと賢治の力で何とか二人の命を救う事は出来たが、エイジは大樹を破壊するに充分な程の力を手に入れていた。
つまり、二人の命を救ったにも関わらず命の危険が去った訳では無かったのだ。
そしてエイジは、再び大樹にエネルギーを流し込んだ。
「これで充分だ。さぁ、大樹よ。お前の終わりの刻をその身で味わうがいい。」
エイジは奪ったエネルギーを一気に流し込む。そしてその腕は、急速に同化して行き腕から肩へと侵食して行った。
そして、エイジは方半身に力を込め、勢い良く自身の肩から腕を引きちぎった。
「ぐっ…。まぁ、これくらいの代償なら構わん。片腕くらいくれてやる。」
すると、大樹は大きく唸り声を上げる様に振動し始めた。
大樹の幹に、亀裂が走り、樹皮は剥がれ落ち、鳥たちは逃げ惑い、そして枝や葉が雨の様に降って来た。
エイジは大樹を見上げ、嘲笑した。まるでこの世の終わりを楽しむ様に。そして、永きに渡って受け継がれてきた復讐と憎悪の終焉を迎える高揚感に満ち溢れていた。
「これで…これで終わりだ。長かった。実に長かったぞ。だが、俺は成し遂げたのだ。部族の願いを…そして父さんの願いを!」
大地は揺れ、呻きを上げた。そして蜘蛛の巣の様な巨大な亀裂が至る所に走る。その亀裂はやがて谷の様になり、その漆黒の底へ全てを吸い込むかの様に、様々な物を飲み込んでいった。
*3*
それは賢治達の世界でも始まっていた。
先ほどより大きな地響きが街を、そして世界を襲う。所々でビルや高速道路が崩れ始めていた。
「とうとう始まったか…もう、どうする事も出来ないのか…。」
賢治は絶望の眼差しで外の様子を見ている。その光景は、まさにこの世の終わりを示していた。
人々は悲痛な声を上げ、あたかも視力を失ったかのように右へ左へと不規則に逃げ惑う。
土岐田とエミは、まだ起き上がる事も出来ない様だが、この異変に意識を集中して最善の策を練っていた。
だがそれも虚しく、もうどうする事も出来ないと言う絶望感から、ただ呆然と終わりを待つ事しか答えは出せなかった。
賢治達のいる建物も、既に崩れ落ちる寸前だった。土岐田とエミはやっと体を起こした。
「大丈夫か?二人とも。このビルももう危ない。ここから出よう…。」
賢治はそんな二人を連れ、何度か転びながらも階段を下り、外へ出た。
「済まない、賢治。俺たちがこんな事になっちまって…。お前の怪我は、大丈夫なのか?」
もう賢治の服は血まみれだったが、痛みは其れ程感じていなかった。
「あぁ、傷は何とか小さくなった。だけど、まだダメージが残ってて…ちょっと視界が悪い。」
そう、賢治は自ら怪我の治癒のイメージをしていたのだ。だが、エミ程の力は無かったので治癒が遅く、ダメージの蓄積も多かった。
「一体これからどうなるんだ…俺たちは、この世界は本当に終わってしまうのか…。」
賢治は空を見上げた。そこには、今まで見たこともない様な、赤茶色の雲が空一面を覆っており、灰の様な物が降り注いで来た。
それはまるで、絵に描いた地獄の様な光景だった。
「そ、そんな…そんな事って…。」
賢治は落ちて来た灰様な物を手に取った。それは黒く焦げた様な布で、薄っすらとウサギのキャラクターの様な物が描かれているのに気づいた。
そう、その灰の様な物の正体は、子供用の洋服の一部だった。そしてその洋服の一部に、赤黒シミがあったのだ。
賢治は咄嗟にその服の一部を投げ捨て、吐き気を感じた。
「そんな…どうしてこんな物が…。」
賢治はその服の一部を持っていた手の震えが止まらず、必死に抑えていた。
そして遠くから、耳を塞ぎたくなる様な轟音がして来た。
賢治はその轟音の聞こえる方へ目をやった。そして、その光景を目の当たりにして賢治は立ち尽くした。
轟音が段々と大きくなって近付いてくる。高層ビルの向こう側に、煙と炎を吐き散らし、ゆっくりとその身を傾けて落ちて来る旅客機があった。
その旅客機からは、人間が空中に投げ出される姿が度々見えた。
もちろん、パラシュートなど付けているわけも無い。旅客機の窓から機内が肉眼でも確認出来る距離になる。中で人が燃えながら暴れている。そして、生身で空中に放り出された人間が、両手足をバタバタと動かしながら落ちて来た。
その空中に放り出された人間が、勢い良くビルにぶつかり今度はぐったりとしながら落ちて行った。
「もう…何もかも終わりだ…本当に終わりなんだ…。」
賢治は大きな絶望を感じたが、ふと脳裏にサエの姿が浮かんだ。
「サエ!サエはどこにいる!?」
ーー賢治…ごめん。アタシ、もうここで死んじゃうかも…ごめんね、賢治。」
「どうした?サエ!そっちで何が起きてる!?」
ーー賢治…怖いよ…怖いよ、賢治…。
サエは目が見えないのだ。だから、異変を感じる事が出来ても、逃げる事も動く事も出来ない。まさに、サエは一人きりで盲目の恐怖を感じているのだ。
「サエ!…っくそ!どうすればいい!どうすればいいんだよっ!…サエ。」
賢治は、サエの事だけを強く念じた。
”サエの声…サエの姿…サエとの約束…サエ…サエ…サエ……。”
すると、賢治の体に電気が流れた様な衝撃が走り、一気に体が重くなった。
そして賢治は、一瞬でその場からスッと消えた。




