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シャドウ・スピーカー  作者: ナレソメ
21/25

二十一話〜帰還〜



*1*


 エイジは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。だんだんと体に力が戻るのを感じる。


 辺りを見渡すと、そこには高度に成長した文明が垣間見えた。以前の姿とは全くと言っていい程だ。だが、変わらない物がエイジの記憶と完全に一致する。


「大樹は今も機能しているのか。」


 エイジは久しぶりの故郷を、ゆっくりと歩いた。


「何年...いや、何百年振りか。この世界も。」


 エイジはあの大戦の時、”能力の部族”の長である女に力と記憶を奪われ、もう一つの世界に飛ばされた。そして、普通の人間として今日まで暮らしていたのだ。


 だが、あの事故の衝撃でエイジの記憶は蘇り、そして徐々にだが力も取り戻していた。


 「まさか由里子にも大樹の力があったとはな。偶然とは言え、まだ運は尽きていないようだ。」


 エイジはこの数奇な幸運に、ただ一人で微笑むのであった。そしてエイジは何かを決意したかの様に、真っ直ぐと大樹の元へ向かった。


「ここは変わらないな。待っていてくれ、父さん。もうすぐだ。もうすぐで俺達の部族の願いが叶う。」


 エイジは大樹に触れ、その力を吸い取ろうとしていた。その時、エイジはあの女の気配を感じた。


「あなたの好きにはさせないわ。」


 エイジは振り返り、その声の主の姿を見て身震いした。


「貴様...。」


 白く長い髪、淡いイエローの瞳。そしてエイジが最も恐れを感じていたのがその視線だ。


 どこを見ているでもなく、だが全てを見通しているようなその視線。そう、盲目の視線だ。エイジはあの時の恐怖を感じていた。だが、それ以上の怒りと憎しみを感じたのだった。


「貴様...あの女の子孫か。その姿とその目を見れば分かる。」


 そう、彼女は”能力の部族”の長であった盲目の女の直系の子孫だった。


「えぇ、その通りだわ。あなたの再来は予期していました。そして、彼女の意識からもあなたを感じておりました。」


 エイジは少し驚いた様子だったが、すぐに理解した。


「由里子か...。」


 そう、エイジの妻である由里子はシャドウ・スピーカーで、その影の主がこの盲目の女性なのであった。


「由里子から全て聞いたわ。あなたをここで止める。」


「以前の俺とは違うぞ...。」


 盲目の女は、意識を集中しエイジの動きを封じた。だが、エイジは笑みを浮かべた。


「さすがの力だ。だがな...。」


 そういった瞬間、エイジはスッとその場から消え去った。


「まさかっ...由里子!」


 盲目の女の力は強大で、今のエイジでは歯が立たない事は明解だった。だがエイジはこの地で大樹の力を取り戻し、影への憑依の力を手に入れたのだった。



*2*


エイジは再び由里子のいる世界へと戻って来た。だが、今回は実体としてではなく影としてだった。


由里子はいち早く危険に気付くことが出来た。向こうの世界からの知らせがあったからだ。


ーー由里子!あなたは彼に狙われてる!急いで逃げて!


「サヤ…エイジは?エイジはどこ?」


ーー彼は、私を殺す為にあなたに憑依しようとしてる。つまり、私と繋がっているあなたを殺す事によって、私も殺す事が出来る…。


「そんな…あの人が…。」


ーー由里子、聞いて。あなたにも大切な子供がいる。そして私にも、大切な子供がいる。今、私達に何かったらその子達を守るのは誰?私達しかいないのよ。だから、もし彼に捕まっても必死で抵抗して。その間、私は彼の意識を捕まえて力を奪うわ。


由里子には三歳になった息子、賢治がいる。そして、向こうの世界にいる盲目の女性、サヤにはもう少し小さな娘、サエがいた。


そして由里子は賢治を連れて家を出る。先ほどエイジに力をほとんど奪われてしまったので、賢治を抱き上げて歩くので精一杯だった。


「ママ、どこいくの?ねぇ、パパは?」


幼い賢治は、由里子にしがみつきながら不安そうに聞いた。


「賢ちゃん、急にごめんね…。ちょっとママとお出かけしようね…。」


由里子は涙ながら賢治の事を抱いていた。もう、会えなくなってしまうのかと思うと、涙が止まらなかった。


由里子は実家の両親の元へ行く事にした。自分の死の危険が迫っていると分かったので、賢治の事を頼むつもりでいたからだ。そして、死ぬ前にもう一度両親に会いたかったからであった。


そして由里子は、実家への近道をする為に、公園を横切る事にした。


その時だった。


ずんっと脚が重くなり、その場に立ち尽くしてしまう。


ーー残念だったな。由里子。


「お願い…もうやめて…。」


由里子は泣きながらエイジに頼んだ。だが、エイジは非情にも由里子の願いを聞き入れなかった。


ーー悪いが由里子、お前を殺す。だが、お前には恨みはない。せめてもの償いとして、その子は助けてやる。


「その子…?あなた…賢治はあなたの息子よ?そんな呼び方しないで!」


由里子は母として、そんなエイジを許さなかった。


ーーくっ、まだそんな力を…?いや、これは、あの時の…。


ーー由里子は一人じゃないのよ!あんたはね、アタシが許さないんだから!


サヤは、エイジの影をから力を奪おうとした。そして、二つの世界の狭間へと引き込もうと試みた。


その時だった。


「ごめんなさい…サヤ…。」


由里子はサヤの意識を押しのけた。自らエイジに憑依される様に心を開いたのだ。


ーー由里子…どうして………。


そして由里子は完全にエイジに憑依されてしまった。


ーーいい子だ、由里子。約束通り、子供は助けてやろう。


憑依された由里子は、その場へ賢治を下ろし、まるで機械の様に歩い行く。


「ママ…ママ…!」


泣き叫ぶ賢治の声は届かない。


そして由里子は、そのまま車道に飛び出した。


ーーさよならだ、由里子。


ーー………?…まさかお前…。


由里子が車に轢かれる瞬間、エイジに意識を送り込んだ。そして、最後にエイジの力を出来るだけ奪って、由里子は死んだ。


そして、向こうの世界にいるサヤも、その場に倒れ息を引き取った。




*3*


ーー由里子。俺な、ちゃんと勉強して医者になるよ。


それでな、たくさんの人を助けて、新しい薬とか発明して、それで…。


ーーそれで?その後どーするの?


ーーほら、アレだよアレ。変な事言わせんなよな…。


ーーアレとか、そんなんじゃわかんないよ私。ねぇねぇ、教えてよ?エイジ。


ーー…っばか!もう教えねーっつーの!


ーーばかぁ?エイジの方がバカでしょー!もう知らない!


ーーち、ちょっとまてよ、由里子!


ーーなになに?教えてくれるの?


ーーちっ…まあ、ホラ、なんつーかさ。お、俺が大人になって医者になったらさ…嫁さんは由里子がいいかな…とか、な、何でもねーよ!


ーー……私はね、エイジがお医者さんになってもなれなくても、エイジのお嫁さんになってあげる!




由里子は、例え自分の命が狙われていようとも、エイジを殺す事が出来なかった。


サヤの力は強大で、あのままでは確実にエイジを二つの世界の狭間へ送る事が出来た。


だが、それを由里子は拒んだ。どうしても、出来なかったのだ。


エイジの正体が誰でどんな人物なのかは、すでに由里子には関係無かった。


由里子はエイジを本当に愛していたからだ。


幼い頃からずっと一緒にいてくれて、悲し時も、苦しい時も、そして二人で笑い合って泣きあった日も、ずっと一緒だったからだ。


サヤはそんな由里子をずっと見守って来た。だから、サヤも分かっていた。由里子がエイジを守る事を。だが、サヤにも大切な娘”サエ”がいた。


生まれつき目の見えない子供を、一人にさせたくない。そんな母親としての想いと、由里子を想う気持ちでサエは葛藤していたのだ。


そして、サヤの息が耐える時、娘のサエと由里子の息子である賢治の影を繋げて死んでいったのだ。




誰かを想う気持ちは、いつか何処かで形となり、それは受け継がれ、より大きな想いとして、残された者たちの人生に多大な影響を与える。


姿や形は無くとも、それは永遠に消える事のない”愛”の形として、人の心の奥深くにひっそりと住み着いているのであろう。




ーーごめんね、賢治。


ーーごめんね、サエ。



「「二人とも、仲良く出来るかな。」」


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