二十話〜血縁〜
*1*
少年は施設で育った。身寄りのない子供として。そこには同い年くらいの少年や少女がいて、ちらほらと歳の離れた者もいた。
「先生!また佐藤くんが居眠りしてまーす!」
少女が手を上げて発言した。
そしてその声に反応した少年は、むくっと起き上がって辺りをキョロキョロしだす。
「まったく仕方ないわね、佐藤くんは。」
周りのみんなの笑い声が聞こえて、少年はその恥ずかしさに我慢出来ず教室を飛び出した。
少年は一人、施設の公園のベンチで座っていた。
しばらくすると、さっきの少女がやって来たて、隣に座った。
「な、何だよ。こっち来んなよ。」
「あら、冷たいのね。何でいつも授業中に寝ちゃうの?ちゃんと勉強しないと、良い学校行けないよ?」
少女は少年を案ずるかの様に話をしていた。だが、少年は余計なお世話だと言わんばかりに、そっぽを向いた。
「うるせーな。由里子には関係ないだろ。」
「まぁひどい。関係ないって…そんな事ないじゃん。エイジはお医者さんになりたいんでしょ?私は学校の先生になりたいの。だから一緒に頑張って勉強しようよ。」
少年の名前は佐藤エイジ。昔の記憶はほとんど覚えていないらしい。両親の事も、どこから来たのかも。
「お前は別に勉強出来るし、頭いいからいーじゃん。俺なんか、勉強はさっぱりでちんぷんかんぷんだよ。」
「そんな事言わないで、一緒にがんばろ?ね?」
エイジは顔を伏せた。ほんのりと耳が熱くなって赤らめていた。
「ま、まぁ由里子がそこまで言うなら、勉強してやっても、い、いいけど。」
照れてるエイジを見て、由里子はニッコリ笑った。
「じゃあ、一緒にみんなの所に戻ろ!」
エイジは由里子に手を引かれ、教室に戻ってきた。
ーーそれから十数年後、エイジは医者に
なり、由里子と夫婦になっていた。
「あなた、今日もお仕事頑張って下さいね。くれぐれも、無理はしないで。」
「あぁ、ありがとう。由里子も無理するなよ?何かあったらすぐに連絡するんだぞ?」
「えぇ、ありがとう。あなた。」
由里子は少しだけ大きくなったお腹を優しくさすりながら、幸せそうな笑顔でエイジを見送った。
「それじゃあ、行ってくるな。」
「行ってらっしゃい、あなた。あ、そうだ。この子の名前、決めたの。」
エイジは振り返り、由里子に聞いてみた。
「そうか、どんな名前だい?」
「男の子なら賢治、女の子ならサエ。」
エイジはニッコリと笑い、由里子に言った。
「そうか、いい名前だな。」
*2*
エイジは家を出て、車で自分の勤める病院へ向かった。
赤信号でぼんやりといつもの風景を眺めていると、遠くでクラクションの鳴る音が聞こえた。
そしてそれは、すぐに近くまで来ていた。
異変を感じたエイジは、車のサイドミラーで背後を確認した。その時、大型トレーラーが物凄いスピードで迫ってきた。
「なんだ!?」
そう思った瞬間、身体が吹き飛ぶ程の衝撃を感じた。
ーーそしてエイジは、病院のベッドで寝ていた。
「あなた…どうして…。」
エイジの寝ているベッドの傍で、由里子は泣いている。
その由里子の腕の中には、産まれたばかりの赤ん坊がスヤスヤと寝息を立てていた。
エイジの車は、故障したトレーラーに追突され無残に大破したが、奇跡的に命は助かった。しかし、もう半年程目を覚ましておらず、いわゆる植物状態なのであった。
由里子は赤ん坊を見つめていた。
「賢治、あなたのお父さんよ。今、お父さんは夢を見ているから、早く起こしてあげてね…。」
エイジは本当に夢を見ていた。
大きな木の元、大勢の人間が次々と倒れて行き、叫び声を上げている。
身体を動かそうとしても、一向に動かない。恐怖を感じる。
ゆっくりと真っ白な女が近づいてきた。
そしてその女の目は、恐ろしいほどの恐怖と、すがりたくなる程の優しさに満ちていた。
*3*
エイジはその後、由里子の前で目を覚ました。
「由里子…。」
由里子は咄嗟にエイジの手を握る。
「あなた…あなた!」
由里子は急いで医師を呼び、エイジの容体の回復を確認する。
「何てことだ…奇跡としか言いようがない。」
医師は無いものを見たかの様に驚いていた。
「奥さん、もう大丈夫です。安心してください。エイジさんは、還って来ました。」
由里子は泣き崩れていたが、本当に嬉しそうだった。
「あなた…よかった。本当によかった…。」
そんな由里子を尻目に、エイジはぼんやりと天井を見つめていた。
「俺は…。」
奇跡的とも言える回復力で、エイジは意識を取り戻した。
そして、自分が父親になった事を知る。
「あなた、賢治よ。男の子。あなたの子よ。」
エイジはそっとその赤ん坊に手を差し出し、頬に触れた。
その時、エイジの身体に稲妻が走る様な感覚が巡った。
「ぐあぁぁっ…。」
由里子はたじろぎ、焦っていた。
「あなた!一体どうしたのっ!?」
エイジはまた意識を失ったが、すぐに戻って来た。
「いや、大丈夫だ。少し身体が攣っただけだよ。」
やけに落ち着いた表情をしていたエイジを見て、由里子は一瞬異変を感じた。
そしてエイジは退院し、また由里子と暮らす事になった。
再度一緒に暮らし始めて三年程の月日が流れた頃、由里子は感じていた。以前のエイジとは”何か”が違う事に。
由里子は”何か”に問いかけていた。
「あの人、事故の後から何かが違うの…あなたなら何か知っているかと思って。」
ーー何かって、具体的にどんな事かはわからない?例えば、変な事を言い出したりとか、身体の一部が変わったとか。
「いえ、特に無いわ。でも、感じるのよ。得体も知れない、その、恐怖とか怒りとかを。」
ーー恐怖…怒り…。もしかして、あなたの旦那さん、昔の記憶はある?ほら、小さい頃の記憶とか出身とか。
「それが、昔からそんな話を聞いた事がないの。両親の事とか故郷の事とか…記憶喪失って言ってたけど…。」
ーーもしかしたら…由里子。これは凄く危険な事になるかもしれない。由里子の旦那って、本当は……
「由里子。そんな所で何をしているんだ。」
由里子はビクッと振り向き、作り笑顔をしてみせた。
そこにはどこか違う、エイジが立っていた。
「う、ううん!何もしてないよ。ただちょっと、ボーッとしてただけ。どうしたの?」
由里子がそう言うと、エイジは由里子の頭にそっと手を置いた。
すると由里子の意識に、得体も知れな映像と記憶が一気に流れ込み、激しい恐怖に駆られた。
「な、何…何なの…これ。」
「俺の、記憶だよ。由里子。」
エイジは不敵な笑みを浮かべ、由里子に言った。
「俺の力になってくれ。向こうの世界と繋がっている、お前の力が必要だ。」
由里子は背筋が凍った。
「む、向こうの世界?何を言ってるの?あなた、どうかしたの?」
誤魔化しは通用しなかった。エイジは更に力を集中して、由里子の体から力を吸い取った。
「うっ…あなた…。」
かろうじて立っていられる程の体力で、由里子はエイジの袖を力いっぱい掴む。
「ダメ…行かないで。」
エイジは由里子の手を振り払った。
由里子はその場に倒れこみ、エイジは見下ろす様に由里子を見ていた。
「俺の邪魔をするな。由里子。」
そしてエイジはその場でスッと消えた。




